自動車業界でも人工知能(AI)の活用が本格化している。自動運転・先進運転支援システム(ADAS)の高度化用途のほか、新車開発や生産、販売など、幅広い分野で活用が進む。インターネット上のデータを生かして文章や画像を自動で作成し、人間のように対話する「生成AI」を利用し始めた企業も増えつつある。AIの活用で企業の競争力に大きな差が生じる時代が迫る。
クルマの開発に欠かせないAI クルマの電動化や知能化に向け、日産自動車との経営統合を検討しているホンダで、昨年9月からユニークなプロジェクトが始まっている。「AIで自動車を設計できないか」を検証するものだ。安全性能や商品性、生産技術なども考慮し、AIが車体を自動設計することにチャレンジした。初期のプロトタイプでは、車体設計で開発者が必ずチェックしなければいけない項目をAIが守った。自動設計の実現には、さらなるAIの進化が必要で、実装にはすべての車体部品やパワーユニットまで適用範囲を広げる必要もあるが「AIによるクルマの自動設計の実現可能性に手応えを感じた」(同社)という。
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一時は時価総額が520兆円を超えて世界1位となったNVIDIA(エヌビディア)の創業者でもあるジェンスン・ファンCEO(最高経営責任者)は「すでに企業はAIを導入するか、しないかではない。AIを使って何をするかだ。新しい産業革命はもう始まっている」と説く。企業が成長するためにはAIが必須のツールになっているというわけだ。
自動車部品大手のデンソーは、大規模で複雑な車載ソフトウエア開発にAIを用いている。ソフト開発のノウハウをAI学習させ、開発効率を高めることが狙いだ。クルマの電子化が進み、プログラムの規模を示すソースコードはすでに2億行に達した。車載ソフトの重要性も増しており、同社はAIで高性能な車載ソフトを短期間で開発していく考えだ。
実験の繰り返しが当たり前だった材料開発の現場では、AIが欠かせなくなっている。材料は、種類や配合量の組み合わせで性能が大きく変わる。AIを活用すれば、どの材料をどれだけ配合すれば求める性能を実現できるかを短期間でシミュレーションできる。日清紡ブレーキは、ブレーキ摩擦材の原料配合にAIを活用することで、異音や粉塵の発生を抑制できる部品の開発につなげている。日本ガイシでは、これまで蓄積してきた1万件以上の実験データをAIに学習させ、排ガス浄化用触媒担体材料の開発期間を従来の10分の1に短縮できそうだという。
生産現場でもAIの活用が進む。トヨタ紡織は、生産拠点での品質と生産性の向上を図るため、猿投工場(愛知県豊田市)のシート組み立てラインの検査工程にシートの皺(しわ)を検出できるAIカメラを設置した。これと連携することで協働ロボットがしわをなくす作業を行う。今後もAIを活用した検査設備を増やし、26年には作業負担の大きい検査工程の無人化を目指す。
次世代車では、クルマ自体にAIを搭載してADASや自動運転を高度化する動きが加速する。スバルは「アイサイト」の次世代バージョンにAIを採用する。ステレオカメラにAIを搭載し、車両前方にあるクルマや歩行者、道路環境などを検知する精度を大幅に高め、交通事故防止に役立てる方針だ。
トヨタ自動車とNTTは昨年10月、「交通事故ゼロ社会」に向け協業していくことで合意した。コネクテッドカーからのデータをAIが解析・推論して事故を未然防止する「モビリティAI基盤」の構築を目指す。電力を大量消費するAIをインフラ側に担わせることで車両側の負荷を軽くし、車体価格の上昇も抑えていく考えだ。
バズワードは「AIエージェント」 2025年は生成AIによる「AIエージェント」がバズワードになると見られている。車載向けでは、フォルクスワーゲン(VW)グループやメルセデス・ベンツが先行して生成AIを活用し、乗員との対話型のコミュニケーションを実用化している。
音声認識機能を備え、目的地の検索や設定が声でできるカーナビはすでにあるが、今は現在は生成AIを用い、対話形式で操作する。例えば「寒い」と言えば、システムが車内の設定温度を自動で上げるといった具合だ。車載カメラを使い、車両周辺などの情報も乗員に提供するアシスタントサービスなど、生成AIの活用領域は広がる。
マイクロソフトは、生成AIのエージェント機能を使い、完全自動運転車が何を認知し、どう振る舞うかを乗員に伝える技術を開発中だ。いくら技術が進歩しても、ブラックボックスのままだと人は不安や不信を抱く。AIエージェントを使い、自動運転車が何を認識し、どういう挙動をしようとしているのかを乗員に伝えれば、こうした不安を減らせるというわけだ。
このように、AIが持つ課題の一つは、その制御に至った理由が人には分からないことだ。特に事故を想定した場合、過失割合の算定や製造物責任を判断する上で、完全自動運転車にAIを搭載するリスクは高くなる。
シリコンバレーのトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)でAI研究を続けてきたギル・プラットチーフ・サイエンティストは「なぜAIがそういう決定をしたのか、その説明について研究が進んでいる国もある。AIについては技術開発を競うのでなく、情報を共有化していかなければならない」と訴える。生成AIを活用した「説明可能なAI」は、特に自動運転技術に求められる機能と言える。
もっとも「エンド2(ツー)エンド」(E2E)と呼ばれるAIによる完全自動運転車の実用化を目指すスタートアップ、チューリングの山本一成CEO(最高経営責任者)は「自動運転車は挙動を説明できないから許せないということにはなっていない。完全自動運転はルールベースでは実現できない。挙動を説明できる、できないではなく、圧倒的に安全な自動運転車にすることが重要だ」と語る。
同じくAIを活用した完全自動運転に前向きなティアフォーの加藤真平社長は「自家用車の自動運転『レベル4(特定条件下における完全自動運転)』を実現できると確信しているのは生成AIがあるからだ」と言い切る。従来のAIは予測や分類が得意だが、生成AIは〝創造〟ができる。加藤社長は「言語や画像を作り出すことができるなら運転もできるはず」という。
生成AIを活用した自動運転車は、高価なセンサー類を減らすことができる。カメラと大規模コンピューターだけで高度なADASを実現しているテスラも、こうした考え方をベースに、AIを搭載したロボットカーの実用化を目指している。
販売の現場でもAIの活用が進む。輸入車ディーラーのフォーシーズンズが運営する、比亜迪(BYD)の販売拠点(大阪府吹田市)では、3DのAIアバター(分身)「テラ」が営業員に代わり車両説明などを担当している。チャットボットが購入に関する相談にも応じるなど、接客の一部を担って従業員の業務負担の軽減を図っている。
急速に進化するAI。活用する企業は着実に増えているものの、世界的みると、日本は遅れ気味だ。
情報通信白書(24年度版)によると、国別AIランキングで日本は21年が11位、22年と23年が12位で、インドやイスラエルよりも下位だ。データサイエンティスト協会による調査では、生成AIを導入している日本企業は5.4%にとどまり、米国(27.2%)などと比べて大きく出遅れている。AIの導入や活用に二の足を踏んでいることも、日本企業が世界で勝てなくなっている理由かもしれない。
技術革新が進むAIは、利便性が高い半面、知財や人権侵害など倫理上の問題や安全保障上のリスクも抱えており、欧米を中心に規制強化の議論も進んでいる。ただ、AIが生産性を高め、人が担うべき仕事に集中させてくれることは確かだ。少子化による労働人口の不足が深刻な日本企業にとっては、これを補ってくれる可能性もある。
AIをどう活用していくかによって企業の生き残りを左右する時代は、すぐそこに迫っている。
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