走行性能や安全性、実用性を兼ね備えたモデルは雲の上の存在に
トヨタのGR「スープラ」復活はスポーツカー好きにとって胸躍らせる出来事となった。だがこんなご時世、その性能を引き出すにはサーキットへ足を運ぶしかない。しかし多くのユーザーの場合、購入前にサーキットで試乗テストし性能に納得してから購入するなんてのは無理な話だ。
スポーティってどういうこと? レーシングドライバーが定義する「走りのいいクルマ」とは
そこで我々評価ドライバーのレポートを参考にしてもらうのが有効になるのだが、プロの評価ドライバーである我々でさえサーキットで全開テストさせてもらえる機会は激減している。メーカーとしては自信を持って発売しているのだから余計な評価は無用という姿勢に変化してきている。
以前は違った。例えば月刊ビデオ媒体「ベストモータリング(通称ベスモ)」でキャスターを努めていたころは筑波サーキットでの限界走行テスト&タイムアタックそして競合車と直接競わせる「バトル」企画が人気を博し、メーカーのエンジニアの中にもベスモ信奉者が多くいて自車の性能を最大限引き出させようと積極的に協力してくれたものだ。
それが近年ではサーキットテストというと「タイヤやブレーキ代の負担ができない」とか「速さは試さないでもらいたい」などの理由で貸し出しを拒否されるケースのほうが多くなってしまった。サーキットテストされなければ「多少軟弱なクルマをつくっても大丈夫」とコストダウンに傾注してしまうこととなるのを心配していたが、実際危惧した通りとなってきている。
ざっと見渡して、サーキット走行テストでも高い性能を示し、安全安心かつ実用性も備えた国産車はほとんど見当たらなくなった。
以前にも述べた日産GT-Rニスモくらいか。それも購入費用が2500万円近くになったと聞き、もはや手の届かない存在になってしまったようだ。
かつてはサーキット専用モデルの開発が進んでいたが……
かつてはサーキット専用モデルとってもいいくらいのモデルが存在していた。レースやラリーなどモータスポーツへ参加するための改造ベース車となっていたものとは違う。それらはエアコンやオーディオ、遮音材などの快適装備を省き、スチールホイールに安価なタイヤを装着してレースカーへの改造ありきで車体価格を抑えただけのものだ。
生産車として最初に手本を示したのはやはりポルシェだろう。タイプ964の911カレラRS。通常の911に対してボンネットフードやドアパネルをアルミ製とし後席や内装を外して軽量化した。911だけのワンメイクレースとなる「カップカー」のベースにもなったのだが、その走りは素晴らしかった。
筑波サーキットを1分5秒台で何周でも走れ、そのままノーメンテナンスで帰れる。そもそもポルシェ911はサーキット走行を前提として作られたクルマであり、RSは24時間レースでも走破できる耐久性が与えられていると謳われたものだ。911カレラRSを所有しているのにサーキットを走らせないというのは宝の持ち腐れと言えるのだった。
だが、その後のRSはどんどんサーキットでの絶対的速さ追求モデルとして特化されバランスを崩していってしまう。シャシーとパワーのバランスが絶妙だった964RSはその価値が見直され、現在は数千万円以上の超高価格で取り引きされているという。中古で650万円で手に入れられた1994年ごろに購入しておけばよかったと後悔している。
ポルシェが911カップで大成功を収めるとフェラーリも348で「チャレンジカップ」をはじめ、そのベース車両を送り出した。348や355、360モデナ、F430、458、488へと連なるV8ミドシップ・フェラーリのチャレンジ仕様はポルシェ911カレラRSに遜色ないサーキットでの好特性を与えられ、その走りに魅了された。
特にフェラーリ独自のオートクラッチを用いた2ペダルの「F1システム」を用いたモデルは、パドルシフト化し始めたF1マシンを彷彿とさせ、セッティングも秀逸で魅力的だった。
国産車でポルシェ911カレラRSやフェラーリ・チャレンジに類推するクルマづくりを目指していたのが三菱のランサー・エボリューションV~VIのRSで、当時開発にも携わっていたがN1耐久レースで勝つ事とベスモの筑波バトルで強さを発揮できることが開発目標とも言えた。エボRSの速さへのこだわりは徹底していた。
ランエボにはGSRという一般向けの通常モデルがメインに設定されていたが、エボVRSではボディ外板を薄板化し重心の高いサイドガラスも薄板化していた。後にそれらは他グレードでも採用され燃費向上に役立っていくことになるが、最初はサーキットでの速さを追求した結果の採用だった。
また911カレラRSに準じて遮音材を廃し、ブレンボのブレーキシステムを装着。サスペンションアームをアルミ化してバネ下重量を軽減する一方、パワーウィンドウを採用せず手巻きレギュレーター式として軽量化を狙った。後のモデルではパワーウィンドウシステムの重量が軽減され手巻き式以下となったためパワーウィンドを採用したのだ。他にも上げればキリが無いほどにチューニングメニューが詰め込まれていた。その結果、今も世界中の走り屋が注目する「ゼロカウンター走法」が必然的に生まれ世界で唯一無二の存在となったのだ。
これらのモデルを一般道で普段乗りとしてだけ走らせるのは、まさに軟弱者の使い方だ。サーキットを走らせる勇気と志のない者はその真価を知る事無く所有しているだけと言われても仕方ないだろう。
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