■モリゾウ選手が水素GRヤリスでWRCを走った!
2022年FIA世界ラリー選手権(WRC)第9戦「イープル・ラリー・ベルギー」の競技初日、水素エンジン搭載の「GR Yaris H2」はユハ・カンクネン氏のドライブで欧州のラリーファンにその走りが披露されました。
その日の夕方、サービスパーク内のガレージでラリーカーと共に翌日の整備がおこなわれていましたが、あるエンジニアがリアクォーターに丁寧にステッカーを張り始めました。
そのステッカーには「MORIZO」と書かれていたのです。
【画像】世界が「水素の可能性」に驚いた? 「GR Yaris H2」がWRCを走った! 現地の様子を見る (68枚)
競技二日目、それは現実となりました。
SS11でモリゾウこと豊田章男社長は自らGR Yaris H2のステアリングを握って走行しました(コ・ドライバーは何とカンクネン)。
恐らく、豊田社長がWRCのステージを走ったのは筆者(山本シンヤ)が知る限り初となります。
サプライズ走行の後に直撃インタビューを実施しました。
なぜ、欧州で水素エンジンを走らせたのか、WRCのコースの印象は、そして3か月後に迫るWRCジャパンへの期待など、色々な質問をしてみました。
―― 今回、ベルギーで水素GRヤリスのステアリングを握ると決めたのは、いつ頃ですか。
豊田:本当にギリギリですよ。私はさまざまな顔を持っているので、中長期的なスケジュールを組むのが正直難しいです。
別に隠していたのではなく、「タイミングが上手くあった」といったほうが正しいかもしれませんね。
―― 2022年6月の富士24時間にラトバラ代表が来日してCorolla H2 Conceptのドライバーとしてステアリングを握ったことがキッカケだったと聞いています。
豊田:それは本当の話です。
さらに今回はサービスパークの電源の一部をMIRAIから供給しているのですが、これはS耐(ルーキーレーシング)の取り組みの水平展開となります。
これもラトバラさんの「なぜ、ここのピットは綺麗なの?」、「音がしないの?」という驚きから、アジャイルに実行しました。
今回はまだトライアルですが、この取り組みは今後も広げていきたいと思っています。
―― そんなに短い期間で実現出来るとは驚きです。
豊田:ラトバラさんと私は、WRCチームの代表とトヨタの社長と言う関係ですが、二人共にカーガイ/クルマ好き/負け嫌いな人間です。
この二人が会話をしているので、色々なことが短い時間で成り立つのです。
―― 豊田社長が海外でステアリングを握ったのは、ニュルブルクリンク(ドイツ)以来だと思いますが、そうですか。
豊田:一般公道となると、アストンマーティンの元CEOであるウルリッヒ・ベッツさんと一緒にテストドライブでイギリスを走ったのと、成瀬(弘)さんとの運転訓練でニュル近郊のカントリー路を走った時以来ですね。
もちろん、WRCのコースは初めてです。
―― 実際にWRCの道を走った感想は?
豊田:SS11は15kmくらいの距離です。
いつも参戦しているラリチャレのSSは2-4kmくらいなので、「長いだろうな?」と思っていたのですが、走らせたらあっという間でした。
ベルギーのSSはターマックのなかでも厳しいコースだと聞いていましたが、実際に走ってみるとこんなに凄いのね……と。
コースコンディションも時々刻々と変化、道が狭いので滑ったらマージンもない厳しい道でした。
そもそも、普段はトラクターなどが走る道ですからね。
ただ、コ・ドライバーのカンクネンさんの的確な道案内と私の技能に合わせたアドバイスがあったので、安心して走ることができました。
ただ、この後動画で運転のチェックをされると思います(笑)。
―― カンクネンはWRC界のレジェンドの一人ですが、横に乗せてのドライビングは緊張しませんでしたか?
豊田:実は今回が初めてではなく、フィンランドでの雪上トレーニングのときにカンクネンさんに共に色々と教わりました。なので、先生と生徒のような感じですよ。
※ ※ ※
モリゾウ選手の走行後、カンクネン氏に豊田社長のドライビングを聞くと次のように答えてくれました。
「ベルギーの道は狭くて滑りやすいので非常に難しいコースです。
そんななかでもすごくスムーズでクリーンに運転していました。
ステアリング操作もブレーキングもいうことはないです、パーフェク!」
―― そんなカンクネン氏のコメントに対して、自分で採点すると?
豊田:そもそもデモ走行ですからね(笑)。
とにかく安全第一、無傷で戻ってきたので70点くらいかな。
このコースはラリーカーは大胆にインカットしながら走りますが、私も安全な所で1度だけ試しましたが、いいですね。
運転しながら周りも見る余裕もありましたが、欧州のファンが応援してくれているのも実感できました。
■水素エンジン車を欧州で走らせた印象は? 水素の良さは伝わった?
―― 水素エンジンは2021年から日本のS耐で走らせていますが、欧州の道で走らせてみて、どのような印象でしたか。
豊田:何も知らずに乗ったらGRヤリスのガソリン車との違いは解らないと思います。
ただ、細かく見ていくと水素エンジンのほうがフィーリングは軽い感じはしますね。
それよりも、さまざまな規制、カーボンニュートラル、電動化などが叫ばれるなか、WRCの本場であるヨーロッパで水素エンジンを走らせたことで、内燃機関でも「CO2ゼロ」をアピールできたことが大きいと思います。
――欧州メディアからも「水素エンジン凄い!!」といった声も聞かれました。表向きはBEVシフトといいつつも、みんなエンジン車が好きなんですね。
豊田:私は常に「選択肢の幅を広げませんか?」と唱えてきました。
それは日本だけでなく欧州も同じです。多くの人は「水素=危険」というイメージがありますが、私が乗ることで「安心」、「Fun to Drive」が伝わってくれたら嬉しいです。
WRCには五感で感じるクルマ好きが集まりますが、「敵は炭素、内燃機関ではない」というプレゼンではなく、クルマで感じてもらえたのは良かったです。これも“現地現物”です。
―― 豊田社長はFIA評議員という顔も持っていますが、その立場で水素エンジンの話もしているのでしょうか。
豊田:評議員の役割は年4回の会議に出ることですが、それだけでなくWRCを含めたFIAのイベントで何か新しい“動き”に変えていけるといいなと考えています。
現在はそんな提案をおこなっている最中ですね。
FIA評議員の選出理由はトヨタ社長ではなくモリゾウのほうが大きいですからね。
なので、もっとモリゾウ色を活かすやり方を考えます。
■もっといいクルマづくりの今後は? さらに11月開催の「ラリージャパン」はどうなる?
―― WECもWRCもチャンピオンを獲得しています。モータースポーツに直結したクルマという意味ではGRヤリスが発売されていますが、今後もほかにも出てくるのでしょうか?
豊田:言ってもいいですが、すぐ記事にしちゃうのでダメです(笑)。
ただ、ひとついえることは、かつてのトヨタは「モータースポーツと量産車は違う」でしたが、今のトヨタは「モータースポーツと量産車は繋がっている」ということです。
競争相手がいるなかで結果を出すことでクルマは強くなります。
それはモータースポーツに特化したクルマはもちろん、この場で鍛えた機能部品は量産車にも確実に活きています。
これこそが「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」の根幹になります。
もうひとつは「ドライバーファースト」です。
WECは中嶋一貴と小林可夢偉、WRCはラトバラさんとどちらもドライバー出身。
さらにマキネンさんもカンクネンさんも普通にいますからね。そこは強いと思います。
―― 2か月後の11月にラリージャパンが開催されます。2年越しの実現となりますが、その辺りに関しての期待は?
豊田:道の細さ、路面の変わり具合、近くに民家がある……など、ラリージャパンのコースも似ている気がしました。
ただ、ヨーロッパは普通にラリーを楽しむ環境が構築されていますが、それを日本でも同じようにできるのか。
さまざまな問題や課題はたくさんありますが、どうすれば日本で安全に楽しいラリーができるのか。
皆で課題を持って準備をしていきたいです。
ただ、現時点ではあれも、これも……と欲張らず、確実に「次へと繋げる(=継続開催)」ことだと思っています。
―― ラリージャパンではサプライズはあるんでしょうか。例えば、ドライバーとして参戦するとか。
豊田:少し考えます(笑)
※ ※ ※
豊田社長がGR Yaris H2をドライブしたニュースは海外メディアからも発信。筆者が見た動画のコメント欄には、このようなコメントが書かれていました。
「水素エンジンはモータースポーツと自動車産業全体の未来になるはずだ!」、「ガソリンから水素へのコンバートキットの発売を待っています」
「この先、水素エンジンの発展を期待」、「トヨタには、ICEの絶滅を救ってほしい」
このように豊田社長の「意志ある情熱と行動」は、今回のデモ走行を通じて日本から世界へと広がり始めています。今後の展開にも期待です。
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