市民生活や街づくりも変える存在
台湾で生まれた激安の地域共通定期券「TPASS」の人気が高まっている。TPASSとは、政府主導で整備された地域共通定期券で、企業の枠を超え、地域内のほとんどの公共交通やシェアサイクルを利用できる。
【画像】「えぇぇぇ!」これが台湾の「TPASS」です! 画像で見る(5枚)
例えば首都圏をカバーする「基北北桃 生活圏TPASS」は月1200元(約5800円)で、人口約1000万人の台北都市圏4市(基隆市・台北市・新北市・桃園市)の鉄道、路面電車、路線バス、一部シェアサイクルが30日間乗り放題になる。
さらに、地下鉄が整備されていない地方では価格はさらに低い。台湾東部の観光地・花蓮県のTPASSは199元(約900円)、台東県は299元(約1400円)ほどである。安さゆえに急速に普及しており、台湾各地では「生活スタイルが変わった」と語る市民が増えている。
TPASSが生まれた背景には、日本の交通事情とは異なる台湾特有の事情がある。さらにTPASSの普及にともない、台湾ではさまざまな変化が起きつつある。
本稿は2024年まで台湾に留学していたMOTER-MAN氏との共同制作である。なお、通貨レートや運賃は2025年春時点の情報を使用している。台鉄では2025年6月に運賃が改定されている。
交通整備の遅れによる都市過密
TPASSが生まれた背景のひとつには、台湾特有の公共交通事情がある。台湾では1990年ごろまで、多くの都市の公共交通網は日本統治時代の資産を引き継いだものであった。都市が急速に過密化するなか、こうした交通網は時代遅れになりつつあった。
台北市や高雄市の地下鉄は、都市過密化に対応する形で1990年代以降に整備された。台北捷運の初路線は1996年、高雄捷運は2008年に開通した。また、日本統治時代からある台湾鉄路(台鉄)も21世紀に入り、大都市圏で運行頻度の拡大や駅の増設、快適な通勤車両の導入を進める「台鉄捷運化」を始めたばかりである。
そのため、かつて都市部であっても公共交通の利用率は高くなかった。電車よりもバイクを使う人が多かったのも頷ける。台湾の大都市圏における鉄道輸送環境は、日本の大都市圏と比べるとまだ「ひよっこ」といえる。
こうした事情から、近年まで台湾の公共交通機関では台鉄を除き定期券制度は普及していなかった。複数の交通企業をまたぐ相互乗り入れや乗継ぎ割引といった制度も、現在なおほとんど存在しない。唯一の救いは運賃の安さである。台鉄は初乗り15元(約70円)、MRT各線は20元前後(約90円)である。割引制度が不十分でも、経済的負担はそれほど重くならなかった。不便さへの批判が少なかった背景のひとつといえる。
そうしたなか、2018年、台北で「1280月票」と呼ばれる定期券が誕生した。月1280元(当時の日本円で約4500円)で台北市と隣接する新北市の台北捷運(MRT)、路線バス、一部シェアサイクルが乗り放題になる定期券である。台湾政府の調査では、この定期券の登場で車やバイク通勤から鉄道に切り替えた人が多かったという。
近年の台湾では台北や高雄など大都市への一極集中が続いている。とくに都心では地価や住宅価格が高騰し、郊外では新興住宅地の開発が活発化した。一方で、急速な郊外開発により道路の混雑も深刻化していた。
そこで台湾政府や台北市は、都市交通インフラの強化策を積極的に進めた。新しい鉄道の建設や、台鉄の「捷運化」による駅の新設や運行頻度の向上が進められたのである。
こうしたなか「1280定期票」と「TPASS」の登場は、郊外から都心への交通利便性と低価格を両立させた。結果として、都心の過密化や地価・住宅価格の高騰を抑制する効果も生まれた。
TPASS発売後、台北駅から新北市の新興住宅地や工業団地を経由し、桃園空港へ向かう桃園捷運(空港MRT)の利用客数は大幅に増加した。2023年上半期の利用客数は開業以来、過去最高を記録している。この沿線の新興住宅地では、マンションや大型商業施設の開発計画も増えており、こうした動きは他の郊外地域にも広がりつつある。
公共交通乗り放題の影響と課題
台湾の公共交通、さらには都市自体に変化をもたらしつつある激安定期券「TPASS」だが、問題も生まれている。
ひとつ目は、多額の税金が投入されていることだ。TPASSは破格の価格で提供されるため、多額の補助金が必須である。政府はTPASS事業に年間20億元(約100億円)の予算を組んでいたが、利用者数が想定を大幅に上回り、予算が不足する事態となった。
ふたつ目は、交通網が需要に追いつかなくなったことである。TPASSの登場で公共交通利用者が増えると、鉄道やバスの混雑が激化した。台北市のベッドタウン、新北市でTPASSを利用している男性は
「空港MRTは殆ど座れなくなった」
「歩ける距離でも(TPASS所有者の多くが)電車を使うようになった」
と語る。
設備面でも対応が追いつかない例が目立つ。とくに台鉄(在来線)では、TPASS利用客が多すぎるため、ラッシュ時には改札口周辺が混雑する駅がある。台鉄では改札機システムの違いからTPASS専用改札を新設したが、利用者数に対して専用改札が不足していた。専用改札は徐々に増えているが、筆者(若杉優貴、商業地理学者)が取材した際も「TPASS専用通道」と表示された緑色の改札口に列ができていた。
こうした供給不足は台湾各地で見られる。しかし、都市圏内の移動がスムーズになり、人の流れのメインストリームが切り替わりつつある過渡期ならではの現象ともいえる。一方で、前述の男性は
「都心に行きやすくなったため、郊外・近郊エリアや鉄道の沿線ではない場所では閉店する古い店も出ている」
と語る。この人流の変化は、今後の台湾の都市構造に大きな影響を与える可能性がある。
格安地域共通定期券と都市再考
台湾政府と交通部は、TPASSの延べ購入者数が利用開始10か月(2024年4月下旬)で600万人を超えたと発表した。一方、地方の県市では発行数が伸び悩む地域もあり、地方ほどマイカーから公共交通への移行が難しい実態も浮かび上がっている。
こうした交通機関をまたぐ地域共通定期券は、2024年1月に韓国・ソウル市でも登場した。「気候同行カード」と呼ばれるこの定期券は、ソウル市内(一部近郊含む)の地下鉄やバスが利用でき、月6万2000ウォン(約6200円)から利用可能である。発行数はわずか3か月で100万枚を突破した。2024年7月からは外国人観光客も利用可能となり、短期間型の券も設けられたため、日本人観光客にも広まりつつある。
近年、日本でも少子高齢化やドライバー不足を背景に、公共交通のあり方に関する議論が活発化している。こうした状況下で、台湾の激安定期券TPASSは、公共交通の利便性と価格訴求が都市の発展や経済活動にどのような影響を与えるかを示すモデルケースとなりそうだ。
●参考文献:
・影響公共運輸定期票 選擇行為因素之探討
・TPASS上路滿月!這一站竟受惠最多 房價飆漲45%
・不只七都房價高 這些縣市預售總價都破千萬
・TPASS助攻房市 蛋殼區也沾光
・TPASS月票引活水 機捷房價凹陷區推案熱
・開學通勤潮!TPASS閘口不足惹民怨 臺鐵通勤「這幾站」房價最實惠
・TPASS問題紛陳 政策還須再進化
・TPASS上路三個月 傳預算不足「5億經費缺口」
そのほか、政府・事業者のTPASS関連ウェブサイト
王昱堯・頼進貴(2022):『従資訊地図看台湾』商周出版.(若杉優貴(商業地理学者))
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みんなのコメント
日本一渋滞の酷い熊本なんてむしろバスとか電車が大混雑してる、ガラガラの路線を無駄にするより使ったほうが良いってどこだよ
無料高速を整備したり赤字空港を維持してないで、酷い混雑をなんとかしてくれ。