2006年にイオスが登場したことで、フォルクスワーゲンにはイオスとニュービートルカブリオレというふたつのオープンモデルが設定されることになった。それまでもフォルクスワーゲンは積極的にオープンモデルを提案していたが、このふたつのモデルにはどんな思いが込められていたのか。Motor Magazine誌で比較試乗を行っているので振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年3月号より)
合理性が感じられるリトラクタブルルーフ
フォルクスワーゲンのクルマづくりの根底には今でも理詰めの合理精神が流れている。昨年登場のブランニュー・オープンモデル『EOS』を見ると、そんな思いを改めて強く感じさせられる。
【くるま問答】最近のクルマにテンパータイヤはない。パンク修理キットをどう使う? 最高速は?
確かにこのクルマは、ギリシャ神話に登場する「暁の女神」に由来するというそのネーミングからして、「遊び心に端を発した、現代版のカジュアルなオープンモデル」という印象のモデルではある。
しかし、そのスタイリング、パッケージング、そしてそこに与えられた装備群を精査してみると、実は入念なマーケティングに基づいて開発された、極めて合理的でかつ、いかにもフォルクスワーゲンらしい理詰めの設計による1台であることに気づかされるのだ。
例えば「ワッペングリル」やプレーンなテールエンドの面処理といった要素が盛り込まれていることで、そのルックスは遠目にも「最新フォルクスワーゲン・ファミリーの一員」という雰囲気を醸しだしている。
ルーフを収納する構造上、シート位置が中央方向へと寄せられ、そのためにセンタートンネルの張り出しが足元空間を不自然に削り取るといったマイナス面はあるものの、それでも何とか大人がそれなりの長時間をさほどの我慢を強いられずに乗り続けることのできるリアシート空間を確保した点にも、フォルクスワーゲンならではの合理精神と意地が感じられる。
そしてもちろん、そうした理詰めのクルマづくりの精神が最大限に発揮されたのが、「世界初の5分割」を謳う例のリトラクタブル式ルーフシステムであることは言うまでもない。
すでに世に珍しくなくなった「普通のリトラクタブル」式に対し、クローズド状態でのサンルーフ機能までを加えたのは、まさに『フォルクスワーゲンが考える理想』を追った結果というわけだ。「やる時はやる!」という思想が感じられるのは、やはりいかにもフォルクスワーゲンの作品らしい。
ルーフを閉じた状態で走り始めると、まずはその静粛性の高さに驚かされる。ルーフを開くことのできるクルマとしては世界随一ではないのか、と思わされる静粛性の高さは、もはや完全に既存のオープンモデルの常識を超えたもの。これも、フォルクスワーゲンの理詰めのクルマづくりへの執念が実現させたポイントのひとつだろう。
「ルーフにハード素材を用いるならば、その快適性もクローズドモデルと同様でなければならない」という思いが感じられる。また、クローズドボディであればそこにスライディングルーフが設定されるのはヨーロッパでの常識。だから、「屋上屋を重ねる」ようにも思えるリトラクタブル式トップとスライディングルーフの両立という事柄も、彼らにとってみればごく自然な発想であったに違いない。
そのかわり、こうしてフォルクスワーゲンならではの理詰めの合理性を、そのデザインやパッケージング面へと「一極集中」させた結果、走りのテイストは本来のこのメーカーが考える理想の方向とは異なった方へと進んでしまった印象も受ける。
例えば、最新のモデルとして絶対的なボディ剛性はそれ相当に高いはずであるにもかかわらず、特にオープン時には格納したルーフ部分が「荷物」となって揺れるためかブルブルとした振動が顕著に現れる。本来であればフォルクスワーゲンの得意科目であるはずのハンドリングのシュアな感覚も、このモデルではそれほど強くは享受することはできない印象だ。言い換えれば、「走りの理想」という点ではまだ追い切れていないのがイオスの現状と表現してもいいように思う。
今後のイオスのリファインは、そのボディが放つしっかり感や路面と車輪とのコンタクト感など、現状ではニュートラル付近で少々甘いハンドリングの感覚を「ゴルフ・テイスト」へと近づけるなど、主に走りの部分に集中するだろう。
カブリオレはこうでなくてはと思わせる開放感
一方のニュービートルカブリオレはと言えば、これはもちろんイオスの場合とは大きく異なった成り立ちだ。空冷エンジンをリアエンドに搭載した、かの初代ビートルカブリオレが備えていた独特の雰囲気を、現代のハードウエアを用いて復刻させるというのが唯一最大の使命と言ってもいい。
そのためには、理詰めの合理設計などハナから不可能と割り切ったのがこのモデルでもあるのだ。カブリオレを含む現在のニュービートル・シリーズは、その点では数あるフォルクスワーゲンのラインナップの中にあっても「異端児中の異端児」と呼べるものでもあろう。
なにしろ、元来はまさに「理詰めの合理性」の追求から生まれたRRレイアウトの持ち主である初代ビートルのデザイン/パッケージングを、それとはなんの脈略も持たないFFレイアウトのゴルフのハードウエアをベースに「復刻」させようというのだから、そこでは当然随所に様々な「無理」が現れる。フロント、キャビン、そしてリアセクションをそれぞれ円弧でつなげたビートルならではのサイドシルエットには、それをビートルに見せるための「黄金率」があるから、もちろんそれを大きく変更することなど不可能な相談。
そもそもはRRレイアウトであるが故に描かれたそうした外側の線を描いた後に、FFレイアウトを「内包」させようとすれば、そこにはもはや合理性など存在しないのは自明というものだ。
というわけで、イオスからそんなニュービートルカブリオレへと乗り換えてみると、まずはダッシュボードの異常なまでの奥行きとボリューム感に圧倒される。ウインドシールドに対してフロントシートがずっと後方に位置するため、フロントカウルはエンジンルームとキャビンを隔てるバルクヘッド上ではなく、もはや「エンジンルームの上」に置かれている。合理性などとは対極のパッケージングの持ち主がこのクルマなのである。
そうしたお陰で、このクルマのフロントのボディ感覚は恐ろしく掴みづらい。ウインドシールドとともに極端に前寄り配置されたため右左折時には遠慮なく視界に入り込んで大きな死角を生み出すAピラーも、フォルクスワーゲン本来のクルマづくりの常識とは無縁なものと受け取らざるを得ない。こうして、放っておけばクルマづくりに自然に盛り込まれてしまう(?)フォルクスワーゲンならではの理詰めの合理精神をまずは完全に自己否定した上で、自らの過去の財産を現代へと蘇らせようと企てたのがこのモデルなのだ。
知っての通りフォルクスワーゲンというのは、世界でも屈指の波乱に満ちた興味深いヒストリーの持ち主。そしてもちろん、そうしたストーリーの中にあって初代ビートルというモデルが占める割合は余りにも大きい。そうした初代モデルとともに時代を歩み、あるいはそうした話題を今、初めて耳にして興味を抱く人の要求を満たすためにリリースをされた現行ニュービートルというのも、またある面ではフォルクスワーゲンが追い求める「理想」に沿ったモデルと言うことはできそうはある。
こうして、いざとなれば腹をくくって理詰めの合理性から離れたクルマづくりが行えるのも、フォルクスワーゲンというメーカーが持つ、ひとつのエネルギーを表していると言ってもいいだろう。同じオープンボディの持ち主でも、ビートルカブリオレはそこにイオスとは正反対のベクトルでアプローチをしているモデルなのだ。
ところで、そんなニュービートルカブリオレに乗って得られる感覚は、これもまたイオスのそれとは見事に異なる。ドーム型のキャビンを形成することで、大ボリュームのダッシュボードとともにクローズ時にも一種独特のインテリアの雰囲気を味わわせてくれるニュービートルカブリオレだが、ルーフを開くと、その開放感の高さがイオスの比ではないことに驚かされる。フロントカウルに対して後ろ寄りに座るという例のパッケージングが劇的に効果を表し、ウインドシールドが顔面に覆いかぶさる感が強いイオスとは対照的な開放感を満喫することができる。
わずかに10秒ほどでその開閉が完結してしまうルーフの動きは、アクロバティックなまでに複雑な動きを見せるイオスとは対照的に、極めてシンプル。サイドウインドウの上下の完了までを含めれば30秒以上をも要するイオスでは、ルーフの開閉を行うためには「そのために一端停車」という行為がどうしても必要。それに対し、ニュービートルカブリオレの動きの速さであれば信号待ちの合間にでも開閉は可能。その開放感の高さとともに「やはりカブリオレはこうでなくては!」という声が聞こえてきそうだ。
ヨーロッパでオープン人気の主導権を握っているのは、もはやソフトトップではなくリトラクタブル式ルーフの方。しかも、メルセデス・ベンツやBMWをはじめ様々なライバルメーカーも、次々とそうしたモデルをラインナップに加えている。確かに歴史ある『ゴルフカブリオレ』の火を消してしまうことは惜しい気もするが、しかし「どうしてもソフトトップにこだわりたいという人に対しては、すでに手持ちのニュービートルカブリオレで対応することができる」と、フォルクスワーゲンのエンジニアは言う。
なるほど、いざとなれば4人の大人が乗れて、ルーフを閉じれば耐候性や快適性にも優れた「万能車」であるイオスは、現在のフォルクスワーゲンというメーカーが考えるオープンモデルのひとつの理想形なのだろう。
一方で、長い歴史と過去の栄光を未来の発展へと役立てて行くことも、フォルクスワーゲンにとっての重要な課題のひとつであるはずだ。となれば、ニュービートルカブリオレというオープンモデルは、そうしたテーマを具現化させるためのやはりひとつの理想形と受け取ることができる。
様々なアプローチによって自らの発展を目指して行く。それは企業としての理想形でもあるだろう。あらゆる点で全く異なるキャラクターの持ち主であるイオスとニュービートルカブリオレは、その典型例かもしれない。(文:河村康彦/Motor Magazine 2007年3月号より)
フォルクスワーゲン イオス 2.0T 主要諸元
●全長×全幅×全高:4410×1790×1435mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1590kg
●荷室容量:205-380L
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:200ps/5100-6000rpm
●最大トルク:280Nm/1800-5000rpm
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●駆動方式:FF
●車両価格:438万円(2007年)
フォルクスワーゲン ニュービートル カブリオレ LZ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4130×1735×1500mm
●ホイールベース:2515mm
●車両重量:1390kg
●荷室容量:201L
●エンジン:直4SOHC
●排気量:1984cc
●最高出力:116ps/5400rpm
●最大トルク:172Nm/3200rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FF
●車両価格:353万円(2007年)
[ アルバム : フォルクスワーゲン イオス 2.0Tとニュービートル カブリオレ LZ はオリジナルサイトでご覧ください ]
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