ヨコハマホットロッドカスタムショーに登場したロイヤルエンフィールドのサイドカー
今、日本の輸入車市場で着実に知名度を高めているメーカーがある。それは、イギリスにルーツを持つインドのバイクメーカー「ロイヤルエンフィールド」だ。
かつてはマニアックな存在で、1940~1950年代の構造を維持した車両を作り続けていたことから「新車で買えるクラシックバイク」などと言われたが、近年はイギリスにも開発拠点を設け、伝統を受け継ぎつつも近代的な性能を与えたモデルを着々と世に送り出している。そして、日本を含む世界50ヵ国で販売を行うグローバルなバイクメーカーとなっているのだ。
【画像26点】漆黒のボディはまるでクラシックカー!ロイヤルエンフィールドのサイドカーを写真で解説
クラシカルなデザインのモデルだけに、近年ではカスタムシーンでも注目を集めている。
日本最大級のカスタムカー・カスタムバイクのイベント「ヨコハマホットロッドカスタムショー」にもメーカー自ら出展し、2023年にはカスタムバイクビルダーとコラボレーションした美しいサイドカーを展示した。
ベース車は650cc空冷並列2気筒エンジンのクルーザーモデル・スーパーメテオ650。製作したのは、世界的に有名な日本のカスタムバイクビルダー「Cherry’s Company」(チェリーズカンパニー)である。
「CHALLENGER」(チャレンジャー)と名付けられたそのマシンのコンセプトとは? チェリーズカンパニー代表の黒須 嘉一郎さんに話をうかがった。
■チェリーズカンパニー
東京に拠点を構え、海外のスター俳優からオーダーを受けたり、ハリウッド映画の劇中車を製作するなど、世界に名を馳るカスタムビルダー。代表の黒須 嘉一郎さんはハーレーを中心に20年以上カスタムバイクを手掛けてきたが、近年では日本車やBMWなどのカスタムも行っている。
クルーザー・スーパーメテオ650のカスタムとしてサイドカーを思いついた理由
──なぜサイドカーという形にしたのでしょうか?
ずっとサイドカーを造ってみたかったんです。ただ、カスタムバイクに乗っているユーザーはサイドカー作りたいとは思わないだろうし、サイドカーに乗っているユーザーもまたカスタムビルダーにカスタムをオーダーしたりはしない……だから今まで作るチャンスがなかった。
今回、ロイヤルエンフィールドからスーパーメテオ650をベースにしたカスタムバイク製作の依頼があったわけですが、「クルーザーというコンセプトをキープしたい」という決まり以外はやりたいことを自由にやっていいというオーダーでした。これならサイドカーが造れると思ったんです。サイドカーも立派なクルーザーですから。
ディラーで働いていたときにサイドカーの整備をしたことはありましたが、カスタムとしてサイドカーを造るのは初めてでした。なので、その製作には多くのトライをしていかなくてはいけない。だから今回のモデル名を「CHALLENGER」としました。
コンセプトは「機能をデザインすること」です。
たとえばアールズフォークは、今回のプロジェクト用に新しくオリジナルで製作したものです。サイドカーは単車に比べてトレールを短くする必要がある。そこでフロントアクスルをエキセントリックアジャスターにして、サイドカーの有無にあわせてトレール量を簡単に変更できるようにしました。そのエキセントリックアジャスター部分にデザイン性を持たせ、機能をデザインしています。
ボディラインは2013年のヨコハマホットロッドカスタムショーのために製作し、ベスト・オブ・ショーを獲得した「Lefty Bond」を意識した部分もあります(*)。
というのも、ロイヤルエンフィールドのカスタムワールドチームが僕を選出してくれた資料の中に、その車両の写真があったんです。僕自身もマスターピースだと思っている「Lefty Bond」を、彼らも気に入ってくれているのがわかり、嬉しかった。
そのデザインにサイドカーを組み合わせたら面白そうだと。
*アーリーショベルのハーレーダビッドソンをベースとしたカスタムバイク。
スタンダードフレームのデザインをいかしている
車両製作のスタートは、まず車高を決め、各パーツのバランスを考えました。
外装を外してフレームとエンジンだけの状態にして、それをジャッキで上げたり下げたりしながら、そのバランスを考えていきました。
スイングアームが水平になるくらいまでエンジンとフレームを下げていったとき、スタンダードフレームの美しいラインに気が付いた。そこでスタンダードフレームのラインを活かしてボディラインを再構築していこうと決めました。それに気付くまでは、フレームはゼロから造ろうと思っていたんです。
──では、スタンダードのフレームに手を加えた部分というと、どのあたりなのでしょうか?
ステアリングネックチューブはスタンダードのままです。
ただ、スタンダードフレームはステアリングヘッド周りの強度を高めるためネックチューブとメインフレーム、ダウンチューブが繋がる部分に強固なガセットプレートがあるのですが、そのプレートを取り外し新たに補強パイプをトラス状に取り付けました。
メインチューブは新たに製作しました。リヤにワイドホイールを装着するため、エンジンを車体左側に5mmオフセットする必要があったんです。具体的に言うと、エンジンを左に移動させたというより、造り変えたネックチューブとメインフレームを右側にオフセットした、という表現が正しいです。
スイングアームピボット部分やフレーム下側はスタンダードフレームを流用していますが、メインチューブを新たに製作したことで、リヤサスペンションを支えるループフレームの一部は作り直しました。
このループフレームと、新たに製作したメインフレーム、そしてスチール製の燃料タンク、アルミ製のシートカウル、そして大きく前に伸びたヘッドライトナセルのラインが車体側の見所にもなっています。
カーのフレーム、ボディもオリジナル製作
──製作は初めてとのことでしたが、サイドカーならではの難しさはあったのでしょうか?
アールズフォーク……これは、旋回時にフロントフォークにサイドフォースが強くかかるサイドカーのために英国のアールズ氏により設計された構造です。BMWのサイドカーも純正採用していましたが、ハーレーダビッドソンなどのカスタム・サイドカーでもアールズフォークを装着する例もありました。
ただしエンジンや車体が大きいハーレーダビッドソンなどでサイドカーを製作するときには、強度を高めるために、フォークを構成するパイプ外径を太くするのでフォークそのものが大きくなりがちです。
大きな車体をベースにしたサイドカー・カスタムだったらそれでも良いでしょうが、このスーパーメテオ650はコンパクトな車体が特徴。その車体構成を活かした設計にしたかったので、今回のプロジェクト用にオリジナルのアールズフォークを製作しました。ハーレーダビッドソン用などに比べると、かなりナローな仕上がりになっています。
また、アールズフォークそのものを小さく細く作るだけではなく、メインフレームやタイヤなど各部とのクリアランスも最小限になるように設計しています。作業を進めていく過程で新しい発見もあり、その都度ディテールを変更したりパーツを作り直したりもしました。
たとえば車高を下げてスイングアームの角度が地面と平行となったとき、アールズフォークのアームも水平になって、それをボディラインの基準に車体デザインを再構築した。またアールズフォークの製作過程で、フレームのダウンチューブの角度とアールズフォークのレッグチューブの角度をシンクロさせるアイディアを思いつき、結果的にアールズフォークのパイプは3回作り直しています。
アールズフォークに装着したサスペンションは古いKONI製ですが、そのままではスプリングの外径が太く、ヘッドライトナセルなど他パーツとのバランスが悪かった。そこで直径が小さなスプリングを造ったんですが、それによってスプリングのバネレートも上げることができました。
サイドカーフレームの製作はバイク側とのバランスを決めるのが難しい。少し幅が広いだけでカッコ悪くなってしまうので。バイクとサイドカー、合わせて3つあるホイールの位置関係もとても重要でした。最初に造ったサイドカー用フレームは大きすぎたので、10cm以上幅を詰めて作り直しました。できるだけコンパクトなサイドカーにしたかったんです。
目指したのはビンテージカーのような雰囲気
同様にサイドカーのボディもコンパクトさを追求しました。ハーレーダビッドソン用のサイドカーボディは通常、全長が1800mm以上ありますが、それをスーパーメテオ650に合わせたとしたら、バイクの車体に対してサイドカーボディが大きすぎる。
そのあたりを踏まえて、カーのボディは全長1700mm以下にしてデザインを考えました。もちろん大人が余裕で乗ることができる車内スペースも確保して、です。
イメージしたのは、オランダの木靴の「Klomp」(クロンプ)やビンテージのサイドカーで、それをアタマの中でミックスしました。そこから、まずはスタイロフォーム(*)を何枚も貼り合わせて大きなブロックを作り、それを手で削ってデザインしていき、そのできあがった原型にファイバーグラスを貼り込んで作っていきました。
*スタイロフォームとはポリウレタン樹脂の発泡材。断熱材などに用いられることが多い。
サイドカー用のスプリングは軽トラック用のリーフスプリングとバイク用のダンパー付きスプリングサスペンションを組み合わせました。そのサスペンションをセットするために、アーチ状のフレームを造ったことも、サイドカー側のアクセントになったと思います。
サイドカーにはいろいろなタイプがあります。サイドカーのフレームはリジッドでボディをフローティングするパターンや、フレームにサスペンションを装備するパターンなど。
チャレンジャーはシンプルに、サスペンション付きフレームにしました。低いバイクの車体に合わせてカーを装着したかったので、バイクの車体に対するカーの車体の高さや前後位置は吟味しました。クラシカルな雰囲気を演出するためダンパー付きスプリングサスペンションはすべてカバータイプとし、そのサスペンションカバーも製作しています。
ちなみにバイクだけでも走行できるよう。カーを装着するためのステーはすべて取り外すことができます。
全体ではビンテージカーのような雰囲気を造りたかったので、3つのホイールはすべて大径の60本スポークホイールを採用しました。
フロントホイールは21インチ。スポークの存在感を高めるため、フロントブレーキはありません。ですが、サイドカーは制動力がとても重要なので、リヤをダブルディスク化し、ブレーキレバーの操作でリヤの右側が作動。ブレーキペダルは左側ディスクとカー側のブレーキがリンクして作動する仕組みとなっています。
ロイヤルエンフィールドの持つカスタムの可能性
ロイヤルエンフィールドのバイクはカスタムしやすかったと思います。エンジンそのものの造形が良く、また配線などもシンプル。ハンドルスイッチ類などの細かいパーツのデザインもすごく良かった。
このチャレンジャーでもハンドル周りの一部やスイッチ類、メーターやテールライト、エキゾーストパイプやサイレンサーの一部はスタンダードを流用しているんです。
インタビュー●河野正士 写真●安井宏光 まとめ●上野茂岐
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