エリーゼ用アルミ・シャシーを再設計
20世紀が終わりを迎える頃、沢山の希望と少しの不安が入り乱れていた。時代の変わり目が、ドイツと日本の主力メーカーへ変革のきっかけを与えたのかもしれない。
【画像】290万円以下のクラシック・スポーツ 1990~2000年代 現行の718ボクスターも 全101枚
ホンダの場合は、1998年の創立50周年に合わせてS2000が発表されるまでに、一通りのタイプRが出揃っていた。それでも、シビックとは対象的なスポーツカーは、センセーショナルなものだった。
時期を同じくして、1999年にスイス・ジュネーブ・モーターショーで発表されたのが、オペル・スピードスター・コンセプトだ。英国オペルのヴォグゾール・ディーラーへ量産版が2001年に並んだ時は、驚きを伴って歓迎された。
スピードスターのドラマチックなFRP製ボディの内側には、オペルの心臓が宿っていた。当初はアストラ用の自然吸気2.2Lオールアルミ・ユニットが、2003年からはオールスチールの2.0Lターボが載った。
既存の4気筒エンジンが僅か68kgのアルミニウム製スペースフレームと組み合わさることで、フェラーリに迫る動力性能を発揮した。2万5000ポンドという、現実的な価格で購入が可能だった。
フォルムは英国人にとって見覚えのあるものだったが、実際、ミドシップ・シャシーは縁の深いものだった。当時は同じGM傘下にあったロータスの、エリーゼ用シャシーを再設計したもので、グレートブリテン島の南東、ヘセルの工場で製造された。
1.0L当たり120psという高出力型
一方のS2000も、長いフロントノーズに納まったのは2.0Lの4気筒エンジン。重めのスチール製モノコック構造で後輪駆動というパッケージングは従来的ながら、サスペンションは前後ともにダブルウイッシュボーン式を採用していた。
そして4気筒エンジンは、オールアルミで軽量だった。ホンダ自慢の可変バルブタイミング機構、VTECを組み合わせた、ダブル・オーバーヘッド・カム(DOHC)のヘッドを載せていた。1.0L当たり120psという高出力型で、驚きの9000rpmまで許容した。
Z4を擁するBMWやボクスターをヒットさせたポルシェに並ぶブランド力を、ホンダは持っていなかった。マツダのMX-5(ロードスター)より高価でもあった。しかし、周囲とは違うモデルを欲したドライバーの心を捉えた。
熱烈なファン層が形成され、改良を続けながらS2000は10年間も生産が続いた。合計で約11万4000台という生産数は、大ヒットとはいえないけれど。
他方、オペル・ロードスターは初期の自然吸気で約5000台。改良後のターボは2000台にも届いていない。2001年から2005年までの4年間で姿を消している。
サーキットではロータスと異なる印象
今回ご登場願ったイエローのヴォグゾールVX220は、英国仕様のオペル・スピードスター。オーナーのイアン・ホール氏が2004年に購入したといい、走行距離は約4万5000kmという短さ。これ以上に状態の良い例は、恐らくないだろう。
「当初は多くの問題を抱えていて、ヴォグゾールの工場でリビルドされています。1度2012年に売却したのですが、2018年に買い戻したんです。忘れられなくて」
「他に例がないクルマです。別れてみて、素晴らしさを知ったんです。1つ1つの部品ですら大好きです」。ホールが笑顔で話す。
彼の意見へ同意するのに、長い時間は必要ない。ルーフを畳んでしまえば、スピードスターへの乗り降りは簡単。適度にタイトで、居心地の良いコクピットへ身体を収められる。
一般的な基準では豪華といえない内装だが、初期のエリーゼと比べれば悪くない。このクルマはツーリング・パッケージや4スピーカー・ステレオ、レザー内装、ドリルド・ブレーキディスクなどを備えるフルオプション状態。かつて広報用車両だったという。
実用性には疑問符が付くとはいえ、週末の非日常を楽しむためのミドシップ2シーターだ。日常的に運転することは意図されていない。
パッドの隙間から姿を見せるアルミの素地が、ロータス由来の押出成形材によるシャシーだと静かに主張する。ところが、サーキットでは異なる印象なことに驚かされた。
楽しく懐が深く、喜びに満ちている
スターターボタンを押して始動する4気筒エンジンのサウンドは、ファミリー・ハッチバックが聞かせるものと大きく違わない。だがアクセルペダルを踏み倒すと、ターボチャージャーの高音域が重なり出す。かなりワイルドだ。
レッドラインは6500rpmと低いが、車重930kgに226psの最高出力だから至って活発。甘美に回るロータスとは異なり、ブースト圧が高まると、28.9kg-mの最大トルクが湧いてくる。太いトルクでラップタイムは削りやすい。
シフトレバーは少々握りにくいものの、レバーのメカニカルな動きはエリーゼより好印象。テンポ良くギアを選べば0-97km/h加速を4.2秒でこなし、現在でも驚くほどの俊足といえる。最高速度も249km/hに達する。
速いだけではない。フロントが175/55、リア225/35という細身の17インチ・タイヤを履き、サーキットで身軽に踊れる。小径なステアリングホイールへ、ふんだんな情報量が伝わってくる。シャシーとの会話を楽しめるように。
湿った路面では、フロントが簡単に外へ流れる。振り子のようにリアが振られないよう、展開するトルクは注意深く探る必要がある。ドライコンディションでの振る舞いはまったく別なことを、過去に体験している。
スピードスターからS2000へ乗り換えると、当初はマイルドに感じられる。だが、理解度が高まるにつれて楽しく懐が深く、喜びに満ちていることが見えてくる。
初期型では、限界領域で手の平を返すような挙動変化に批判が出た。しかし幾度かの改良を経て、走り込まれた今回の例では安心感が伴う。
ロードスターの快感が高度な技術と融合
クロスブレースで補強されたモノコックは強固で、電動パワーステアリングには負荷の増大に合わせて適度な重さが伝わってくる。フィードバックやフィーリングでは、スピードスターに及ばないが。
S2000はエンジンが主役。握りやすいノブが付いた短いレバーで6速MTを駆使し、VTECのカムが切り替わる6000rpm以上を保つことで、本領が発揮される。モリモリとパワーがみなぎる。
8500rpm付近まで引っ張り、シフトアップ。吸気と排気、バルブのノイズが重なり合う見事なコーラスに包まれる。この興奮は病みつきになる。21世紀を象徴するような、リボン式のデジタル・レブカウンターが激しく左右へ灯る。
インテリアはドライバー・フォーカス。ダッシュボードは運転のためだけにデザインされているといってもいい。ステアリングホイールを握った指を伸ばせば、主要な操作系に届く。
作り込みは美しく、高級感が漂う。レーシング・ホワイトに塗られたボディと、レッド・レザーのシートが見事なコントラストを生んでいる。
筆者が1万8000ポンド(約289万円)を自由に使えるなら、どちらを選ぶだろう。ドライなサーキットでは、恐らくスピードスターの方が速い。今回の企画で比較した12台でも最速だろう。客観的には選ぶべき1台かもしれない。
それでも、オールドスクールなロードスター的快感が、高度で洗練された技術と融合する、S2000に魅了されたことは否定できない。強く引きつける魅力を、ホンダは秘めている。
協力:コートネイ・スポーツ社、ホンダUK社、イアン・ホール氏
ホンダS2000とオペル・スピードスター 2台のスペック
ホンダS2000(1999~2009年/英国仕様)
英国価格:2万5995ポンド(新車時)/2万5000ポンド(約402万円)以下(現在)
販売台数:11万3889台
全長:4135mm
全幅:1750mm
全高:1285mm
最高速度:241km/h
0-97km/h加速:5.6秒
燃費:9.6km/L
CO2排出量:−
車両重量:1274kg
パワートレイン:直列4気筒1997cc自然吸気DOHC
使用燃料:ガソリン
最高出力:240ps/8300rpm
最大トルク:21.1kg-m/7500rpm
ギアボックス:6速マニュアル
ヴォグゾールVX220(オペル・スピードスター) ターボ(2003~2005年/英国仕様)
北米価格:2万6495ドル(新車時)/2万5000ポンド(約402万円)以下(現在)
販売台数:1940台
全長:3786mm
全幅:1708mm
全高:1117mm
最高速度:249km/h
0-97km/h加速:4.2秒
燃費:10.6km/L
CO2排出量:−
車両重量:930kg
パワートレイン:直列4気筒1998ccターボチャージャーDOHC
使用燃料:ガソリン
最高出力:226ps/6300rpm
最大トルク:28.9kg-m/4800rpm
ギアボックス:5速マニュアル
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