あのフェルディナント・ポルシェ博士が設計したスポーツモデル
メルセデス・ベンツの歴史は自動車の歴史そのものである。数あるメルセデス・ベンツのスポーツ・レーシングマシンのなかでも名車中の名車とされているのが、1927年のフェルディナンド・ポルシェ博士設計による、一連のSシリーズ・スポーツカーである。
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そこで今回は、メルセデス・ベンツ史上これ正に、真のサラブレッドと崇敬されるスポーツカーSをメインに紹介する。それには、フェルディナンド・ポルシェ博士がメルセデス・ベンツSシリーズに残した功績から紹介した方が理解しやすいので最初に記しておこう。
フェルディナンド・ポルシェ博士の功績(1875生まれ1951年没)
1906年に30歳となったフェルディナンド・ポルシェは、ドイツのダイムラー社がオーストリアに造った子会社である「アウストロ・ダイムラー社」の技師長として迎えられた。バス、レーシングカー、航空エンジンと彼の才能は大きく花開き、こうした業績で1916年にはウィーン工科大学から名誉工学博士号を贈られている。
そして、1923年には技術担当重役としてシュツットガルトのダイムラー本社に迎えられた。そこで造ったのが、メルセデス2L 4気筒・コンプレッサー付きのレーシングカーだ。このクルマはレースで上位を独占し、彼の名はまたたく間に高まった。1924年7月4日にはシュツットガルト工科大学からも名誉工学博士号を受けた。
1926年6月28日にダイムラー社とベンツ社が合併し、社名はダイムラー・ベンツAG(株式会社)、本社はダイムラー社の本拠であるシュツットガルト・ウンタートウルクハイムに置かれ、車名はメルセデス・ベンツとなった。新会社の技術陣の顔ぶれは、まずハンス・ニーベル博士、フリッツ・ナリンガー博士、そして1923年ダイムラー社に移ってきたポルシェ博士という素晴らしい顔ぶれであった。
戦後まず生産されたのが、ポルシェ博士が手がけたツーリングカー・シュツットガルト200、マンハイム350、ニュルブルク460であった。これに対し、戦時中航空機の研究により、秘かに開発が進められていた自動車用コンプレッサーを実用化した一連のツーリング・スーパーバージョンの確立でもあった。
1926年にはすでに直列6気筒SOHC6.2Lコンプレッサー付き24/100/160HP=通称Kヴァーゲンが造られ(このKはコンプレッサーのKではなく、Kurzes Fahrgestellのドイツ語で短いシャーシの意味)、続いて1927年からポルシェ博士のSシリーズの生産が始められた。
有名なS、SS、SSK、SSKLと続くシリーズとは
SシリーズのベースはあくまでもKヴァーゲンであるが、より低く3400mmと長いホイールベースを与え、サスペンションはリーフスプリングのリジット。パワーアシスト付き大径ブレーキ&ワイヤーホイールなどを加えた、最初のスタンダードモデルが1927年のSである。
このSはSport(ドイツ語でシュポルト、英語ではスポーツ)の意味で、直列6気筒6.8Lコンプレッサー付き26/120/180HP(課税馬力/通常馬力/コンプレッサー馬力)を発揮。重量は2トン以上もあったが、4速ギヤボックスにより165km/hという性能を誇る。レーシングモデルは白いボディで、その伊達なスタイルは当時の世界中の若者たちの憧れの的であった。
次の1928年SSはSuper Sport(ドイツ語でスーパーシュポルト、英語ではスーパースポーツ)の意味で、直列6気筒のボアを100mm拡げた7.1L コンプレッサー付き27/140/200HP。
さらに1928年登場のSSKは、Super Sport Kurzes Fahrgestell(ドイツ語でスーパーシュポルト クルツェス ファールゲステル、英語ではスーパースポーツ ショートシャーシ)の意味で、直列6気筒コンプレッサー付き7.1Lは27/170/225HPを発揮。ホイールベースはSSの3400mmから3000mmに短縮し、操縦性が向上している。
最後となる1931年に登場したSSKLは、Super Sport Kurzes Leicht Fahrgestell(ドイツ語でスーパーシュポルト クルツェス ライヒト ファールゲステル、英語ではスーパースポーツ ショートライトシャーシ、日本語ではスーパースポーツ・ショート軽量シャーシ)という意味。直列6気筒コンプレッサー付き7.1Lエンジンは27/170/300HPを発揮する。おもにレース専用のスポーツカーだったので、ボディはほとんど2座スパイダーであった。とくにシャーシはフレームの不必要な部分に軽減孔を開けるなど、徹底的に軽量化されている。
このSシリーズは1927年から1933年までにS、SS、SSK、SSKLの4車種で、合計374台しか生産されなかった。基本設計はグランツーリスモだったが、あまりにもレースでの成績が輝かしかったため、高級グランツーリスモとしての存在感が多少薄れたような気がしてならない。
元来、ヴィンテージエラ(時代)の高級車は、現在では考えられないほど、金に糸目をつけず世界中から最高級の材料を取り寄せ、お抱えのドイツマイスターが魂を注ぎ込んで組み上げたものだった。折しも、ドイツのユーゲントシュティール期(アールデコ)に設計されたSは、バウハウス流建築物や家具と肩を並べる名機として颯爽と登場。もちろん、インテリアも流行の服装と巧みにコーディネートされ、サラブレッドの名に相応しい高い品位と豪華な装いに仕立て上げられた。
また、有名なフェルディナンド・ポルシェ博士が当時のダイムラー社に籍を置いたわずか5年間に造り上げた、いわば置き土産としても有名だ(1923年から1928年まで在籍)。
三位一体の究極の作品
抜群の総合バランスの低層シャーシ、美しいエンジンが生み出すスピードと耐久性でGPレースやヒルクライムで連勝! 芸術的プロポーションでコンクール・デ・エレガンスを席巻! 匠が造り、名手が駆ったメルセデス・ベンツのスポーツカーSこそは、卓越した力・質・美の三位一体のバランスがもたらす究極の作品だった。
とくに、独立ポートからの2気筒ずつの排気をまとめた3本の太いクロームメッキのダウンチューブは、まるでヘラクレスの筋肉の様だ。事実、SSのカタログに付属したパンフレットの表紙には、コンクール・デ・エレガンスグランプリの襷を掛けた図を飾り、次ページにはオーナー名も記されている。
直列6気筒SOHC 6.8Lを搭載したSのエンジンは、シャーシの3分の1を占めるボリューム。当時のコンプレッサーは通常走行では起動させず、いざというときにアクセルの2段階目の踏みしろをさらにフロアまで踏み込むと、突然、落雷のような強烈な衝撃と振動を轟かせながら一気に突進する(最速のSSKLは300HPで240km/hをマークした)。
当時のダイムラー社はこの音が「名機の囁き」に聞こえたらしく、自らこの音響を「路上のストラディバリウス」と会社年鑑に記した。一方、技術陣も負けずに「白いトランペットの合唱だ」と唱えた(昔のレースは出場国のナショナルカラーでボディ色が決められ、ドイツは白)。
また当時、レース界でのライバルだったベントレー(イギリス)すらも、Sが豊富なバリエーションを持ち、単に高性能のみならず優れた居住性や高い耐久性を誇るが故にドライバーを労り、獲得した輝かしいレース戦歴を認めて「脚の長いクルマだ!」と賛美を贈った。
メルセデス・ベンツはジンデルフィンゲン自社工場での一貫生産に絶大なる自信を持っていた為、滅多にボディを外注に出さなった。そこで、限定生産のシャーシを手に入れようと、躍起になって名乗り出た世界一流のコレクターやコーチビルダーがあとを絶えなかったと言われている。
正に真のサラブレッド伝説に相応しい賛美を独占したSのカタログには、おもなオーナー名が誇らしげに記されている。名歌手のアル・ジョルソン(ニューヨーク)、花形レーサーのルドルフ・カラッチオラ(ベルリン)、有名な女流飛行家であるエリー・バインホルンのほか、各国王侯貴族、政財界人、映画俳優、コレクターなど、いずれも錚々たるメンバーである。
輝かしいレースの活躍
数あるメルセデス・ベンツのスポーツ・レーシングマシンの中でも名車中の名車とされており、その高度な設計、最高の材質、入念な仕上げ、そして何にも増して輝かしい勝利の記録において、このSシリーズに匹敵するマシンはないと言われている。その一端をここに紹介しよう。
1927年、ニュルブルクリンクのオープニングレースは、名ドライバーであるルドルフ・カラッチオラのドライブでレーシングバージョンのSが平均101km/hで優勝。続いてスポーツカーで行われたドイツGPにもメルツ、ヴェルナー、バルフの順で3位までこのSが独占した。
カラッチオラは1928年ドイツGPにはSSで出場し、平均103.9km/hで優勝。ゼメリングレースではホイールベースを3000mmに短くしたSSKで平均89.9km/hを記録し優勝した。とくに、カラッチオラは1930年には、SSKを駆ってプラハ、クラウゼンパス、ADAC国際レース、ゼメリングなどで連続的に勝ち、ヨーロッパ・ヒルクライムチャンピオンのタイトルを獲得している。
そして軽量のSSKLモデルはチューニングも施され27/170/300HPまでに発展し、1931年7月19日ニュルブルクリンクのドイツGPでカラッチオラが優勝した。このSSKLのボンネットのカラーストライプは真紅であった。特筆は1931年4月11~12日に開催されたイタリア全土を回るミレ・ミレアで、カラッチオラが白い巨象SSKLで外国人として初めて優勝を飾ったことである。さらに、1931年にもカラッチオラは、このSSKLで1930年に続きヨーロッパ・ヒルクライムチャンピオンに輝いた。
* * *
レースはますますヨーロッパ自動車界の主役になっていった。各メーカーはレースに出ることにより、「技術促進とPRの一石二鳥」を狙ったことで技術の死闘がくり拡げられた。その結果、この時代は自動車が技術的に極めて充実した進歩を遂げたという意味から、先述の如く「ヴィンテージ時代」、とくに良質のワインを造るための「ブドウの豊作の時代」という賛辞を贈られた。
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