もとオープン2シーター乗りが「R170」を斬る!
AMW編集部員がリレー形式で1台のクルマを試乗する「AMWリレーインプレ」の最後を務めるのは、編集長西山。撮影も編集者自らが担当する当企画、日中はとても試乗&撮影ができるゆとりのない西山は、どうしても深夜のインプレとなってしまうのです。初めての愛車がオープン2シーターであった西山に、ケータハム170Rはどのように映ったのでしょうか。
最新のケータハム「セブン170R」に42年前の「セブン」オーナーが乗ってみた! 形は同じでも走りは別次元に進化してました【AMWリレーインプレ番外編】】
16年前の記憶は鮮明だった
冷気が頬を刺すような寒さのなか、恐怖とともにトラックを抜きさりながら走った首都高を思い出した。2007年の春先、時刻はやはり午前零時過ぎ。革ジャンのフロントジップを閉めて、革手袋にニット帽という出立ちでも、花冷えの寒さが身に染みた夜のドライブだった。
いま青山通り赤坂見附陸橋を走らせているのは、16年前と同じケータハムだ。ただし、眼前にはウインドスクリーンがない。一応、エアロスクリーンがあるにはあるが、スピードを出さなければ役に立ちそうもなく、役に立つと言ってもマクラーレン エルバのようにはいかないだろう。つまり、ヘルメットかゴーグル着用でどうぞというわけだ。
当企画、いつもなら夜の首都高を走って自宅の横浜まで一旦は帰宅するのだけれども、今回だけは時間の制約ではなく身の安全のために、編集部のある神田神保町を起点とする真夜中のドライブとなった。
小さなステアリングホイールを握ったまま、左手の中指でウインカーのトグルを操作するのも、不思議と身体が覚えていた。コロナ禍が落ち着いてきたとはいえ、深夜の都心を走るクルマの数は以前ほどまでは増えてはいない。皇居沿いに内堀通りを走って赤坂見附陸橋から青山通りへと抜ける道は、さながらアップダウンのあるワインディングロードだ。
日本旅行作家協会なるものの末席を汚させて頂いている身なのだが、そんな私には旅のテーマがある。それは「道」。しかも車輪のついた乗り物で辿る旅である。
これまで携わってきた雑誌では、必ず長距離旅インプレ企画を担当していたのはそのためであるが、ある時からクルマで旅するだけでは飽き足らず、自転車、しかもBD-1という折りたたみ自転車で旅することに目覚めてしまった。
走りなれた道が未知のロードに
五街道走破を皮切りに、関東近辺の半島一周などにチャレンジして、昨年は四国お遍路を通し打ちまでしてきた。それらの道の大部分は、かつてクルマで走ったことのあるところばかり。しかし、のんびり走る折りたたみ自転車での旅は、五感に入ってくる情報量の多さゆえに、改めて日本を再発見させてくれたのである。日本全国津々浦々(北海道を除く)、クルマでいろんなところを訪れたことはあったけれど、そうして訪れた各地の名所は観光ガイドブック的な記憶しかなく、自分の経験として身体に染み込んでいないことがほとんどでることに気がついた。これでは訪れたことがあるとはいえないのではないか? と、つねづね疑問に感じるようになっていたのである。
深夜の青山通りなんて、編集者という不規則な職業柄、日常的に走り慣れている。なのに、170Rで走るとすべてが新鮮に目に飛び込んでくる。冒頭に述べたように、赤坂見附陸橋がワインディングなら深夜の神宮外苑の周回路は、さながらオーバルのサーキットだ。初めてではないのに、運転が純粋に楽しい。本当は皇居をぐるっと一周して編集部に戻るつもりが、外苑まで足を伸ばしていることが、その証拠だ。
クルマを運転しているけれど、感覚はどこか自転車的である。身体を取り巻くものは、もっとも身体に近いものから衣服、その次にクルマがあって、仕切られた部屋、さらに個人住宅やビル、大規模建造物、ランドスケープ……と身体からどんどん外界に向かって広がっていくものなのだけれども、170Rは衣服とクルマの中間のような存在だ。クルマのように外界からは遮断されておらず、ドライバーズシートに座ってもプライベートな空間を保つことが出来ない。自らの身体を剥き出しのまま運転している感覚は、自転車で車道を走っている感覚に近い気がするのだ。
不便で危険、だからこそ乗る
よくクルマのインプレッション記事で、「五感が研ぎ澄まされる」的な表現で語られることがあるが、五感が研ぎ澄まされるときは、人間本来の本能が呼び醒まされているとき──そこに危険であることのシグナルが潜んでいることを、無意識のうちにでも察知しようとしているときにほかならない。クルマに至っては「スピード」がその最たるもので、ボロすぎるクルマに乗っても「いつ壊れるか?」を察知するために五感はフル稼働する。だから、ラグジュアリーなクルマを運転する際は、危機を察知しようとする五感は身を潜め、逆に安心感から思念の方へと集中することができる。
今回試乗しているのは170Rなので、勢い五感をフル稼働しながらのドライビングとなる。
低い着座位置、風を肌で感じることができる開放感、すべての操作が機械的につながっているということなど、ケータハムが極めてプリミティブなクルマであることはこれまでさんざん語り尽くされてきた。もちろん、不便であるということも。
クルマで不便を感じるのは、雨風をしのげないことがその最たるものに違いない。クルマとは、人間の身体を守るプライベートな──しかも移動できる空間なのだ。さらにその空間が大きくなると個人住宅になることは、前述のとおりだ。クルマをどう定義するかは意見の分かれるところだが、ケータハムに関しては外界と遮断した安心できる空間は望むことは出来ないことは明らかだ。対極にあるのは、部屋をクルマに取り込んだようなキャンピングカーともいえるだろう。
どうして現在もケータハムに需要があるのだろうか。ルーツは、1957年のロンドショーでワールドプレミアされたロータス7である。当然ながら搭載されているエンジンなどは異なれど、基本設計は同じだ。いうなれば、技術的にはもはやシーラカンスといっていい。
そんな170Rに夢中になって、午前2時過ぎの青山通りを嬉々として走らせている自分がいる。きっと、さまざまなクルマを運転した経験のある人ほど、170Rには夢中になるに違いない。純粋にドライブすることを満喫したいのであれば、170Rほどぴったりのクルマはそうそうないと断言できる。衒示的欲求から開放された真の目利きにとって、新車で購入できる170Rはまさにぴったりの1台だ。
そもそも最も贅沢なものというのは、ひとつの目的のために特化したギアである。普段の足にも使える、買い物にも子供のお迎えにも、さらにはアウトドアにだって使えて、ドライビングプレジャーも備えているというマルチなクルマは、本来的にはラグジュアリーなものではない。嗜好品ではなく日用品となるから、なおさらである。ケータハム、しかも170Rはドライビングプレジャーを楽しむためだけの目的で、現在に残っている稀有なクルマ。見せびらかすための衒示的消費にはつながらないクルマだ。
170Rで過酷な旅に出てみたい
170Rを深夜のドライブしながら、ふとこのクルマで長距離の旅に出たら面白いのではないかと思いついた。それもBD−1で通し打ちをした四国お遍路の旅に、である。荷物を乗せるスペースなんてほんの少しだけれども、助手席も使えば三脚や一眼レフカメラなど、折りたたみ自転車で諦めたものを持っていけそうだ。いつか、スズキ ジムニーでテン泊しながら旅したいと計画していたことがあったが、170Rは奇しくもジムニーのターボエンジンを搭載している。
ところで、四国お遍路を回っているクルマの定番は、軽バンのようだった。しかし、ある寺でクルマ好きの住職と会話したとき、ハコスカで回った人がいたことを聞いた。便利ではないクルマだからこそ、旅が冒険になる。旅はハードルを上げると、途端に冒険に変わるのだ。それは登山にも言えて、単独登頂、冬期登頂、酸素ボンベなし、新しい危険なルートで……と、人はだれもやっていないものにチャレンジしたがるものなのだ。
170Rだと、折りたたみ自転車で辿った道が、まったく違った景色となって目に映ることが容易に想像できる。苦労して登りきった数々の峠や山道のすべてが、楽しいヒルクライムに変貌する。きっとお遍路中に会話を交わす人たちもぜんぜん異なる種類の人たちになるだろう。ひとり用のテントくらいなら余裕で積載できそうなので、テン泊しながらのお遍路もできそうだ。考えただけでワクワクしてきた。旅は計画しているときがじつはもっとも楽しいときでもあるのだ。
R170の車両価格は698万5000円(消費税込・以下同)。軽自動車の登録となるので、維持費は抑えられる。ただしその時は、フルウインドスクリーンとソフトトップにドアをオプションで。すると前回のGRスープラの731万3000円とほぼ同額となる。どっちを選ぶかと問われれば……、現在の気分だと170Rでキマリ。日常を冒険に変えてくれるクルマ、それがケータハム170Rなのだから。
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みんなのコメント
冷たい視線と、煽られまくりで、途中で心が折れる。