バンパーの下にオイルクーラーがむき出し
ご登場願ったマヌエル・フェラオン氏のNSU 1000 TTSは1969年式。モータースポーツへ参戦した履歴は、残っていないらしい。
【画像】オイルクーラーむき出し NSU 1000 TTS シムカ1000と同時代のスポーツ 最終TT RSも 全134枚
新車時にポルトガル植民地時代のモザンビークで販売され、その後にポルトガル北部へ住む女性が購入。2020年から、現オーナーの所有となった。
4灯ヘッドライトの眼光が鋭いフロントは、バンパーの下にオイルクーラーがむき出しで、かなりアグレッシブ。しかし、どこか可愛らしく感じられることも間違いない。
リアのエンジンカバーは放熱目的で浮かされているが、実際のところ効果は余りなかったとか。燃料パイプの不具合でしばしば出火する可能性があり、すぐに消せるためという別の理由もあった。ダウンフォースは期待できない。
やる気に満ちたアバルト風の見た目こそ、最大の効果だったといえるかもしれない。むしろ、フェラオンの1000 TTSでは、エンジンカバーをきちんと閉めることができない。ウェーバー・キャブレターとエアクリーナー・ボックスが、確実に飛び出ている。
停まっていても、容姿は間違いなくレーシー。反面、ドアを開いてみるとインテリアはずっと大人しい。スピードメーターの他に、レッドラインの指定がないタコメーターが組まれている程度。ほかにあるメーターは、燃料計だけだ。
3スポークのステアリングホイールを除いて、レーシングカーのホモロゲーション・マシンだと主張する特長はない。シートもかなり平面的。座り心地は良いけれど。
驚くほど滑らかに吹け上がる4気筒エンジン
運転席からの視界は、全方向で良好。広いガラスエリアが、ポルトガルの太陽を盛大に車内へ届ける。ドライビングポジションは起き気味で、座面の位置は高め。3枚のペダルの間隔が広く、足を完全に横へ倒さない限り、ヒール&トウでのシフトダウンは難しい。
エンジンの始動には、少々のコツがいる。事前にアクセルペダルを数回踏んでガソリンを送るのだが、踏む回数が多いと濃くなりすぎてしまう。
アイドリング時から、ドライな排気音がやかましい。発進時には、唸るような轟音へクレッシェンドする。
渋滞を想定した設計ではない。低速域でのトルクが低く、かなり気を使う。アクセルペダルを巧みに操らないとエンストしかねないが、ゆっくり走っていても、かなりの騒音を撒き散らす。周囲のドライバーから、当惑するような視線が向けられる。
リスボンの高速道路へ合流すると、1000 TTSは秘めたエネルギーを発散する。4気筒エンジンは爆音を放ちながらも、驚くほど滑らかに吹け上がる。はた迷惑なほどうるさいが、許せるようになる。
リアエンジンらしくマニュアルのシフトゲートは曖昧で、シフトレバーの感触はゴムのようにあやふや。1速が見つけにくく、丁寧に扱う必要があるが、2速以降は想像ほどの厄介さはない。
次のギアへつながると、再び刺激的な時間が待っている。ギア比は、サーキットでの活躍とは裏腹に比較的ロング。現実世界での運転と相性は悪くない。
1度運転すればNSUを忘れることはない
かつてラリー・ド・ポルトガルの舞台となり、ヒルクライムレースにも適したシントラ郊外のワインディングへ進む。つづら折りのヘアピンが連続するものの、ラック&ピニオン式のステアリングラックが、リニアな反応で安心させてくれる。
穏やかなアンダーステアから、タックインへ切り替えせる。コーナリングラインを攻めることはしなかったが、地元のトゥクトゥク・タクシーを負かすことはできた。
舗装が傷んだ区間でも、サスペンションは路面からの入力をしなやかに吸収してくれる。路面電車の線路で進路が乱されることもない。心配していたほど、鋭い衝撃で悩まされることはなかった。
次のカーブを予想しながら操る限り、1000 TTSの運転は難しくないようだ。ただし、耳栓が不可欠ではある。
レースを現役で戦っていた時代の写真を見返すと、カーブでは内側の1輪が浮いた状態にあることが珍しくない。積極的な運転に応えてくれるが、攻撃的なわけではない。忠実に反応し、喜びでドライバーを満たしてくれる。
雨が降っている条件なら、違った印象になると思うが、晴れている限り1000 TTSは楽しく扱いやすい。見た目の通り、印象的な個性も宿している。1度運転すれば、今はなきNSUを忘れてしまうことはないだろう。
協力:マヌエル・フェラオン氏、アデリーノ・ディニス氏
撮影:Bernardo Lucio(ベルナルド・ルシオ)
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