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BEV化が照らす明るい未来と険しい道【日本のクルマ界は生き残れるか? 第4回】

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BEV化が照らす明るい未来と険しい道【日本のクルマ界は生き残れるか? 第4回】

 将棋で起きている新常識が自動車産業のバッテリーEV(BEV)化現象と重ねて考えると面白い。天才棋士と言われる藤井聡太九段(現)は2020年6月28日、東京・将棋会館で行われた第91期ヒューリック杯棋聖戦第2局で渡辺棋聖と戦ったが、終盤の攻防では検討にも値しない「3一銀」という一手を指した。この一手は4億手先まで読むAIも予測できなかったが、後に6億手先まで読むとこれが最善手だとAIは判断した。

 この話を聞いて、誰も予想できない新しい手法は今の自動車業界に起きている変化ではないだろうか。

BEV化が照らす明るい未来と険しい道【日本のクルマ界は生き残れるか? 第4回】

 地殻変動のような変化が自動車業界に降りかかるが、多くの関係者が気にするのは「BEV化(FCVも含むカーボン・ニュートラリティ)」だ。だが、この変革はほんの序曲にすぎないのではと筆者は考えている。

 ここでは「CASE革命」と言われる大変革の第一章として起きているBEV化について考察するが、「BEV化宣言で未来は明るいのか」について、BEVのことが好きか嫌いかは別にして、冷徹に見てみることにする。

文/清水和夫、画像/TOYOTA、ベストカーWeb編集部、アイキャッチ写真/AdobeStock@serperm73

■BEV化の真の狙いはエネルギーのパラダイム・シフト

 日本メーカーはBEV化に遅れていると多くのメディアが論じている。皮肉にもハイブリッド技術では世界をリードしたが、BEV化レースに出遅れたことは間違いない。

 この世界のトップランナーは米テスラ社と中国のBYD社だ。しかし、このBEV化は数十年という時間軸で考える必要があるだろう。短期的な勝った負けたではなく、長距離レースを考えると、ゴールはまだ先にある。落とし穴があるとすると、「BEV化を急ぐべき」という「同調圧力」がヤバイ。この罠にハマると、多様なアイディアが海の藻屑となり、次の技術が生まれてこない。

2022年のテスラ社のBEV世界販売台数は131万台でトップ、世界シェアは18.2%となった

 TVやWEBでは、はなんの知識もないキャスターやタレントが、「BEVは環境に優しい」とコメントする。これに対して専門家は反論するが、BEV賛否論という分断もよくない。BEVは作り方を間違えるとハイブリッドよりもCO2が多く排出されることもあるから、「BEVが環境に優しいのは再生可能なエネルギーの受け皿となるからだ」というシナリオが重要だ。

 しかし、一般市民のあいだでは、「ガソリン車=悪、BEV=善」という図式が定着しつつある。自動車の専門家はフンドシを締め直して、この分断する論調を解きほぐす必要があるあろう。

BEVの販売台数世界2位は中国のBYD。日本市場にも進出しており、ATTO3などのSUVを販売している

■BEVシフトのメーカーの大義

 多くの自動車メーカーがBEV化レースにエントリーするが、その大義は脱炭素(CO2=二酸化炭素)であることは間違いない。グローバルな環境政策の一丁目一番地は「CO2削減」なのだ。気候変動に関する政府間パネルIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)では、気候変動は「待ったナシ」の危機的状況が迫ると警告している。

 2050年に1.5度以内の上昇幅に収めないと、異常気象が生じて文明は危機的な状況を迎える。このシナリオは科学的な根拠でも示されており、反論の余地はない。

 だが、気候変動の原因となる温室ガスはCO2だけでなく、人為起源ではメタンや一酸化二窒素やハロゲン化ガスも大きく影響することは知っておくべきファクトだろう。

 IPCCレポートを受けて、日本政府は2030年度までにCO2排出量を2013年度比で約46%削減し、2050年までに「実質ゼロ」とする目標を掲げている。(参考/IPCC第6次評価報告書・気象庁WEBサイト)

 しかし、BEV化をどんなに急いでも、それが自動車の主役になるには時間がかかる。私が考えるカーボン・ニュートラリティの普及シナリオを図のように示しておく。簡単に説明すると、すくなくとも当面の主役はハイブリッド。とくにバッテリーを多めに使えてEVでの航続距離が長め(50km前後)のプラグイン・ハイブリッド(PHEV)は、CO2削減の最有力候補だ。

当面のあいだ、HEV/PHEVが新車販売の主流であることは間違いない。その後、ジャンルごとに駆動ユニットが異なる時代が来る

 続いてオーナーカーではコンパクトカー(軽カーも含む)からBEVが普及し、大きいSUV(トラック・バスなども含む)などは水素を使う燃料電池車(FCEV)。もっとも後ろから追い上げるレーサー(競争競技)は、水素を利用する合成燃料で走るICE(燃費向上のためハイブリッドが基盤となる)ではないだろうか。

 燃料電池車(FCEV)は、乗用車で水素を使うよりも消費量が多い大型車のほうが都合がよい。水素という新しいエネルギーを普及させるには水素を大量消費する「使い道」を用意する必要があり、大量消費を見込むことで大量生産が可能となり、コストが下がる。この需給バランスが重要で、その意味では再生可能なエネルギーも同じことがいえる。

 このように、電気にしても水素にしても、お互いに2次エネルギーなので、「どう作るか、どう貯めるか、どう運ぶか」というエネルギー側のバリューチェーンと、「どう使うのか」というアプリケーション側との連携が重要となる。つまり、BEVやFCEVはエネルギーとの両輪を考慮した普及シナリオが必要だろう。

■BEVにシフトする中韓の勢い

 トヨタと日産とホンダは、バッテリーを競争領域と考え、2030年くらいまでに「全固体電池」の実用化を独自開発することを目指している。

 もともとLIB(リチウムイオン・バッテリー)は日本家電メーカーが実用化した技術だが、自動車業界は安全面で使いやすいニッケル水素バッテリーを使い、ハイブリッドカーを製品化した。少なくともトヨタとホンダはハイブリッド技術で成功し、「環境」の基盤技術となった。

 それゆえに、LIBをクルマの動力源をして使う発想がなかった。

 航続距離を考えるとBEVの基盤技術はエネルギー密度が高いLIBだが、日本メーカーの専門家は「中国や韓国のバッテリーがここまで進化するとは予想できなかった」と反省している。

 トヨタは数年前からBYDと共同でBEVを開発しているし、バッテリーメーカーで有名なCATLとの共同研究も行っている。だが、BEVで攻める続ける中国メーカーは、BEVで世界制覇する勢いだ。なかでもBYDはバッテリーサプライヤーでありながら、自動車も自力で開発製造販売できる、大谷翔平のような二刀流。

 それにしても、LIBの世界シェアの半分を持つ中国の動きが速い。2022年1月から11月までのバッテリー生産量は中国のCATLとBYDで50%を越えている。

 最大のシェアを誇るのは、中国のCATLで、2022年のLIB生産量は191.6GWh(韓国SNE Research)で、次に中国BYDと韓国LGが続く。こうしてLIBの世界量の75%を中国と韓国が占めている。

■日本のOEMの動向

 心機一転、トヨタはBEVカンパニーを立ち上げ、本気で取り組む決意を新たにした。2023年6月に開催されたトヨタのテクニカル・ワークショップでは、いままでは見えにくかったトヨタのバッテリーとBEV戦略が明らかになった。簡単にレビューすると、4つのステップでバッテリーを進化させる。

 一番目のステップは2026年の次世代BEVに搭載されるパフォーマンス版。電池のエネルギー密度を高め、クルマ全体の効率化で航続距離は従来比2倍となる1000kmが可能となる。しかもコストは マイナス20%、急速充電も20分以内を目標にする。

 二番目のステップは進化する2026~27年実用化予定の普及版。バイポーラ型LIBだ。バイポーラ化で、容積密度が増し航続距離は従来のプラス20%。部品点数は4 分の 1以下に抑えられるので、コスはマイナス40%を見込む。

 三番目のステップは2027~28年に実用化予定のハイ・パフォーマンス版。正極にハイニッケル系素材を採用しバイポーラ構造と組み合わせることで、 パフォーマンス版との比較で航続距離は+20%、急速充電は20分以下が可能となり、コストは マイナス10%が見込める。このバッテリーもバイポーラを使う。

 四番目のステップは次世代バッテリーの本命と目されている全固体電池。従来の石油由来の溶剤ではなく、個体の中をリチウムイオンが行き来する。安全性・エネルギー密度が向上する。この技術で中国と韓国と追い越すのが狙いだ。

トヨタが2027~2028年に市販化する目途が立った、と公言している全固体電池。蓄電容量もサイズも、これまでのバッテリーとは大きく異なるゲームチェンジャーとなる……はず…!!

 BEV競争はバッテリーだけではなく、品質や安全性も競争できる。とくに安全性に慎重なトヨタはユーザーから絶大な信頼を受けているので、いままでのトヨタの強み(慎重)を生かしながらも、大胆にBEVの開発に取り組む計画であるが、はたして、どれだけでユーザーの気持ちをつかむことができるだろうか。

■ユーザーにとっての使いやすさと嬉しさはどこにある?

 さて、ここまでは「バッテリーの話」にすぎない。バッテリーとモーターでどんな価値を持ったクルマを作るのか、まだ全貌は見えてこない。ギガキャストの新製造法が話題となっているが、コストを下げるだけでは競争に勝てない。BEV化で明るい未来を築くには、もっと大胆な発想が重要なのだ。

 日本のOEMのプラットフォームを見る限り、疑問に思うことがある。

 BEVは低重心・低ヨー慣性モーメントで破壊的な運動性能が可能となるが、なぜRR(リヤモーター・リヤドライブ)を基本としないのか、理解に苦しむ。VWのID.3/4のようなRR方式が新しい進化ではないかと思うのだ。

 先進的なバッテリーだけでは明るい未来は築けない。駆動方式からエンジンがなくなり、ブレーキもモーターで動くドライブレーキ、あるいはバイワイヤー・ステアリングも実用化できる時代に、従来の常識を忘れた新しい発想が必要である。BEV宣言で未来を創造するには、まず藤井聡太棋士のように、常識に囚われないことが大切ではないだろか。

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みんなのコメント

46件
  • >「BEV化を急ぐべき」という「同調圧力」がヤバイ。この罠にハマると
    >多様なアイディアが海の藻屑となり、次の技術が生まれてこない。

    そうだよねぇ。
    必死にEV信者がゴリ推ししてもウンザリだし
    日進月歩で価格も性能も落ち着いたところで購入するのも
    選択肢の一つ。
  • そうかな?EVの生涯CO2排出量はHVと大して変わらないって結果が出てるが?
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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