アメリカを気ままに放浪3カ月:旅の終わりに
これまで2度にわたりアメリカを放浪してきた筆者。還暦を過ぎた2022年4月から7月にかけて、人生3度目のアメリカひとり旅にチャレンジしてきた。相棒は、1991年式トヨタ「ハイラックス」をベースにしたキャンピングカー「ドルフィン」。愛称は「ドル」。LAから北上しワシントン州のオリンピック国立公園まで行った気ままなドライブも終わりが近づき、旅の最初にキャンプ場で出会った老ヒッピー作家、ジェイにもう一度会ってみることにしました。
「マンザナー強制収容所」で第二次大戦中の悲劇を偲び、旅は終盤へ! カーピンテリア・ビーチに行くとフリーキャンプの天国でした──米国放浪バンライフ:Vol.32
7月18日 老ヒッピー作家ジェイと再会
ジェイに再会したのは、翌日の午前9時だった。モーターホームの中に向かって声をかけると、彼はまだベッドの中にいた。「誰だ?」と聞くので、「シンタロウだよ」と答えると、彼はのっそりと起きてきた。寝起きのせいかだるそうで、3カ月前よりさらに痩せた印象だった。
ぼくが旅の話を聞かせると、「君がうらやましいよ。オレも、もう一度旅をしたい」と顎を撫でた。そして、「朝食を作ってあげよう。オレも腹が減った」という。一応、遠慮はしたが、結局は一緒に食事をすることになった。「先にスーパーに行こう」というので、3ブロック先まで買い物に出たが、帰り道、彼は何度も立ち止まってしまった。
なんとかモーターホームに帰り着くと、薬と注射器を出してきて、たるんだ腹にインシュリンを打った。そして、「もう大丈夫だ」と疲れた笑顔を見せた。時間をかけてカリカリに焼いたベーコンとバターが効いたオムレツは、最高においしかった。自分でもよく作るメニューだが、ジェイのほうが一枚上と素直に脱帽した。
レイク・カシータスのキャンプ場で帰国準備
午後4時、ぼくはレイク・カシータスのキャンプ場に移動した。水のタンクを空にして、グレーウォーターをダンプステーションに捨てた。そして、エアコンを効かせた室内で帰国のための荷物をまとめた。
じつは、この3日間ほど冷蔵庫が不調だった。プロパンガスで稼働しなくなってしまったのだ。きっと、売るだの、売れないだの、手放すだの、そんな話ばかりを考えていたので、「ドル」が腹を立てたのだと思う。しかし、最終日、彼の意地悪も収まった。今までどおり、冷蔵庫もきちんと動くようになった。
荷物もなんとかまとまり夕食の準備をしていると、ジェイから「どこにいるんだ?」とメールが届いた。カーピンテリア・ビーチを出るとき、彼のモーターホームに寄ってみたが不在だったので、そのまま出てきてしまったのだった。
「もう移動したよ」と返信をすると、「じつは深刻な糖尿病とステージ4のガンなんだ。それを君に伝えたかった」という。ぼくは考えた末、「次に会うときは、フライフィッシングを教えてよ」と、一言だけのメッセージを送った。
もう気持ちは次の冒険を思い描いている
翌日の午後、ぼくと「ドル」はAKIRA隊長が住むLA空港近くのエル・セグンドに移動した。次の日は、ドニー(LAの中国系インドネシア人)のファクトリーに行って、「ドル」を預かってもらうことになっている。全走行距離はピッタリ5000マイル(約8000km)になった。アメリカ大陸横断が4000~5000kmといわれているから、ロサンゼルス~ニューヨークを往復した計算になる。本当によく走りました!
隊長の仕事が終わるのをビーチで待ち、奥さんのMAYUMIさんと3人でイタリアン・レストランで打ち上げをした。ワインで乾杯をすると、「で、次は?」と隊長がニヤッと笑った。もちろん、「ドル」との次の冒険は? という意味だ。じつは、ぼくには新たな計画があった。10月後半にサンフランシスコの北の町、マウンテンビューのアンフィシアター(野外音楽堂)で行われるミュージックフェスティバルだ。
主催するのはニール・ヤング。中学生のときから聴き続けてきた大好きなミュージシャンで、ボブ・ディランが師匠ならニール・ヤングは兄貴的な存在だ。彼が多くのミュージシャンを招き、2日間にわたってチャリティコンサートを開く。
過去に2度、参加したことがあるが、とにかく素晴らしい雰囲気だ。しかし、ぼくは2度ともモーテル泊。モーターホームで乗りつけて夜を過ごす連中をうらやましく思った経験がある。次はリベンジする絶好のチャンスだ。
今回の旅では、サンタバーバラ、ビッグサー、ピナクル国立公園など、南カリフォルニアの景勝地を逃してしまった。のんびりと海岸沿いを北上しながら、野外フェスを楽しめればパーフェクトだ。これが実現すれば、ちょうど3カ月後には再びドルのドライバーズシートに座っていることになる。
旅の相棒のキャンピングカー「ドル」はしばらく休眠
ドニーのファクトリーでは、グラスファイバー製品の製造と塗装を行っている。「ドル」を置いておくのはいいが、シートでカバーしておく必要があるという。塗料が飛んできて、ボディやガラスに付着する恐れがあるというのだ。
激安の資材ショップを紹介してもらい、9m×3.6mのシートを3枚と30mのロープを買って、ボールドウィンパークにある彼のファクトリーに向かった。
現地では、ゲーリーというメキシカンが待っていてくれた。建物からはグラスファイバー工場特有のシンナーの臭いが漂っている。敷地の一番奥に「ドル」を移動し、買ってきたシートでカバーする作業が始まった。
炎天下のなか、30分ほど作業をして、「ドル」はグレーのシートでぐるぐる巻きにされた。なんだかかわいそうな姿になってしまったが、3カ月の辛抱だ。10月になれば、再び彼のV6が雄叫びを上げるだろう。
こうして、ぼくの放浪キャンプ第3章第1部は終わった。10分後、Uberで呼んだクルマが到着。スロバキア人のきれいな女性ドライバーの運転に揺られながら、ぼくはドルとの旅を回想していた。
自然の偉大さ、素晴らしい人々に触れられるのが旅の醍醐味
旅行と旅の違いは、楽しさの割合だと思う。日程が決まった旅行は80~90%楽しくないと満足できないが、一方の旅は60%楽しければ合格といえるだろう。うまくいかないこと、寂しいこと、悲しいこと、困ったこと。その非日常を体験するのも旅の醍醐味なのだ。
放浪キャンプの計画を話すと、「なんでそんなことをするの?」と真顔で聞く友人が何人もいた。相手が親しければ、「人生の期末試験だよ」と本心を答えてきた。63歳になった自分に放浪をする気力、体力が残っているのか、それを試してみたかった。今回の旅を無事に終えて、その試験にはパスしたと自負している。その意味で、とても満足な3カ月間だった。
90日間、ほぼ毎日、鳥の声で目覚める朝を迎えた。空を素早く飛び、虫を捕え、それぞれの声で仲間と意思を疎通する。そんな鳥たちの素晴らしい能力に心から感動した。
ホー・フォレストで出会ったバード・ウォッチャーの女性は、足が少し不自由だった。その彼女を翌日、キャンプサイトで見かけた。驚いたことに彼女のサイトにクルマはなく、1台の自転車が木に立てかけてあった。世の中には、すごい人もいるのである。
旅は楽しい。自然は偉大だ。そして、素晴らしい力を持つ人が世界中にいる。驚きと感動の出会いを求めて、気力、体力が続く限りチャレンジを続けたい。ひとつの旅を終えて、その思いを新たにした。
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