「我々は常に、顧客の想像や期待を超えていかなければならない」。
パガーニ・アウトモビリの創始者オラチオ・パガーニが好んで使うフレーズだ。
101年目に向けて──モータースポーツ部門新ディレクターに就任したポール・ウィリアムズが見据える先
ゾンダを継ぐシリーズモデルだったウアイラは、そろそろモデルライフの終焉を迎えそうな気配も濃厚な、パガーニの第2世代である。
ウアイラの発売にあたり、まずはクーペを100台生産すると、世界20台限定の高性能版ウアイラクーペBC(BCとはパガーニ創立時からの顧客でオラチオの良き相談相手であり友人でもあった故ベニー・カイオラのイニシャル)が2016年に登場した。さらに翌年、ロードスター(同じく100台限定)を発表。オープン化にあたってはシャシー&ボディの強化など様々なグレードアップが計られていたが、その技術は既にクーペBCに使われていたものだった。つまり、屋根開きを見越した骨格をクーペBCは“先に”与えられていたというわけだ。
そしてこの時点で、筆者を含め多くのスーパーカーファンが、オラチオはロードスターBCを早々に出してくるだろうと安易に考えていた。クーペBCの屋根を取ればいいだけ、なのだから……。
新素材を採用するにあたり材料費が450%増加することを伝えられたオラチオは、「カスタマーはそれよりもさらに高く値する」と言ってのけたという。philipprupprechtおそらくオラチオはそう思われることが“気に食わなかった”のだろう。だからこそ、ロードスター発表の時点で、ロードスターBCの存在を彼は否定したのだ。
ところがこの夏、やはりロードスターBCは登場した。そのカタチは確かにウアイラである。けれども、そのナカミは新型車と言っていいほどの進化を果たしているという。これこそが、オラチオのオラチオたる所以である。常に顧客の期待を超えたい=メディアも含めて驚かせた、というわけだ。
philipprupprecht40台限定生産となり、価格は日本円で3億8000万円。パガーニブランドとしては一番高いモデルになり、ワンオフではないクルマとしては自動車業界でも上は数えるほどしかいない金額となる。philipprupprecht次世代モデルの兆しも感じさせるさらに、真の驚きはそのナカミの進化にこそあった。なんと、心臓部に開発中の次世代モデル(コードネームC10)用の新型V12エンジンを積みこみ、さらにC10用に準備した次世代チタンカーボン+カーボントリアキシャル素材を使ったモノコックボディを活用した、というのだから、お値段以上にたまげてしまう。
パガーニV12という名前を与えられた新型エンジンは、最高出力約800ps、最大トルク1050Nm以上を2000rpmで発揮する。もちろん、最新の環境規制にも対応済み。Gianni Mazzotta注目は何といってもV12エンジンが継続されたことだろう。パガーニの歴代モデルには、オラチオの故郷アルゼンチンの英雄ファン・マヌエル・ファンジオ(不世出の名ドライバー)が縁を結んだメルセデスAMG製V12エンジンが積まれてきた。ところが、当のメルセデス自身は12気筒エンジンの生産終了をS65ファイナルエディションのデビューに併せて3月のジュネーブショーで発表している。メルセデス製V12終焉の悲報もさることながら、次世代パガーニ用パワートレーンがこの先いったいどうなるのか、いよいよダウンサイズしてV8を搭載するか、はたまたハイブリッドか、と様々な憶測が流れることになった。
しかし、このたびパガーニは2025年まで、つまりはウアイラ後継車(C10)のモデルライフ半ばあたりまで、は、メルセデスAMGよりV12エンジン(M158EVO改めパガーニV12)の供給をうける、と発表した。
philipprupprechtパガーニ社のエンジニアによれば、V12の寿命が5年延びたことで、既存の技術的選択肢(EVやハイブリッド)を超えた次世代モデルC10用パワートレーンが生まれそうだという。12気筒エンジンの延命それ自体もとても嬉しいニュースだったが、次世代パワートレーンへの期待もいっそう膨らんだ。
philipprupprecht贄を尽くしたボディとパワートレーンロードスターBCのお披露目は今年6月末に本社新ファクトリー内にて開催された(ワールドプレミアは8月のThe Quailにて行なわれた)。オラチオ以下、主要メンバーや開発&デザインチーム、そしてわれわれ数名のジャーナリストが迎えるなか、全社員の拍手に見送られてロードスターBCが登場する。
ゼッケン20を付けた実車を前にプレゼンテーションが始まった。ポイントは、クーペBCよりまたさらに進化したエアロダイナミクス、コスト度外視で採用された改良最新素材によるボディコンポーネント、そして800馬力オーバーという新V12エンジン“パガーニV12”、である。
philipprupprechtよく見比べてみると、クーペBCとは全く異なるエアロパーツを使っている。ボディ上面と床下の空気の流れにこだわることで、280km/h時点で最大500kgものダウンフォースを得るという。新しいチタン製エグゾーストシステムは4+2の計6本出しとなったが、追加された2本からの排出を触媒コンバーターからダイレクトにリアのブロウンディフューザーへと促すことで、いっそう強力なダウンフォースを得た。
philipprupprechtモノコックボディには、進化したチタンカーボンとトリアキシャルカーボンを使う。これが高い。原価でロードスター用の4、5倍はするという。素材そのものの考え方はロードスターやクーペBCと変わらないが、強度と軽さがまったく違った。プレゼンの現場にはウアイラクーペ用、ロードスター(クーペBC)用、そしてロードスターBC用の3種類のカーボンファイバー成形板が並べられていたが、ロードスターBC用は驚くほど軽く、そしてまるで曲がらない。ノーマルのロードスター用に比べて、ねじり剛性で12%、曲げ剛性で20%の向上をみた。
最後に注目のV12エンジン“パガーニV12”だ。M158EVOの発展形、とはいうものの、タービンからマニフォールド、スロットルボディ、インタークーラー、そしてボッシュのマネージメントシステムまで、すべてを刷新する。約800ps以上の最高出力と、わずか2000rpmで1050Nmという途方もない最大トルク値を発揮する。もっとも最大トルク値そのものはクーペBC用よりわずかに下がったが、このあたりのチューニングに環境対応への苦労がありそうだ。車重はわずかに1250kg。クーペBCに優るとも劣らないパフォーマンスが期待できそうだ。
トランスミッションは、Xtrac社製の7速シーケンシャルミッションを採用。従来のデュアルクラッチトランスミッションと比べて35%の軽量化を達成しており、重量の軽減だけでなく、オーバーステアを大幅に制限することもできる。Gianni Mazzottaモンスタースペックに圧倒本社工場でのプレゼン後、一周2kmちょいというミニサーキット“アウトドローモ・モデナ”にてロードスターBCの同乗走行が許された。ハイパーカーには狭過ぎるが、ハンドリングパフォーマンスとエンジンレスポンスの違いを感じるにはかえっていいだろう。
philipprupprechtすでに何度もスクープされていた“スパイダーカー”(擬装)の助手席に乗り込み、4点式シートベルトを締めた途端、テストドライバーはローンチコントロールを使ってド派手なスタートを切った。助手席からでも車体の軽さと硬さが分かる。羽根を生やしたかと言いたくなるほど軽やかな加速で、V12のレスポンスも明らかに鋭い。乗り心地はノーマルのウアイラよりもはっきりとスパルタンだが、ロードカーの範疇には収まっている。
philipprupprechtコーナーでの動きはまるでレーシングカーだった。路面に近い場所で、車体全体がフラットな姿勢のまま舐めるようにして前へ、左右へと移動した。すべてがクイックだがスムーズで、なかでもフロントタイヤの食いつきに至っては横に乗っていても凄まじいと感じられた。何よりダウンフォースが凄まじい。こいつを自在に操るには、かなりのウェイトトレーニングが必要だ。
philipprupprechtロードスターBCの同乗試乗を終えた午後5時を回っても、未だ気温は30度以上を指していた。その日のディナーは、本社からクルマで5分の地に建設されたパガーニ・ファミリィの新たなヴィラだ。歴史的な建物をリノヴェーションし、エミリア・ロマーニャの雄大な自然を見渡す巨大な庭に、へリポートやプール、巨大なガレーヂを備えている。世界のVIP顧客はヘリコプターでここまでやってきて、オラチオの出迎えを受け、本社へと送迎されるのだという。
philipprupprechtガレーヂからオラチオのおもちゃ=秘蔵の愛車たち(歴代パガーニはもちろん、フェラーリやフォードGT、ポルシェなど)をいったん外へ運び出し、いかにもファミリィ流のディナーパーティが催された。
文・西川淳 写真・パガーニ・アウトモビリ 編集・iconic
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