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業界ニュース 2019.2.22

撤退が残念すぎる! 惜しまれ愛され続ける「いすゞ」の名乗用車4選

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 2002年に乗用車事業から完全撤退

 いすゞ自動車というと今ではバスやトラックなど、働くクルマを中心に生産、販売をしており、「運ぶを支える」自動車メーカーとして知られているが、過去には乗用車も手掛けており、現在でも多くのファンがいるほど魅力的な車種を多くリリースしていた。

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 いすゞの乗用車は1992年に小型乗用車の自社開発を中止。2002年にはSUVモデルの製造販売とOEMモデルの乗用車の販売も終了し、日本国内での乗用車部門から完全撤退しているが、これは企業力強化のため経営資源を得意とする商用車の分野に集中するための苦渋の選択であり、その結果見事V字回復を成し遂げたというわけなのである。

 業績が回復した現在でも、現状は乗用車部門に復帰する予定はないということでそれを残念に思うファンも少なからず存在すると思うが、今回はいすゞが生み出した魅力的な乗用車を振り返ってみたい。

 1)117クーペ

 カロッツェリア・ギアに在籍していたころのジョルジェット・ジウジアーロがデザインしたことでも知られるいすゞのスペシャリティクーペ。デビューは1968年だが、その後2回の大幅な改良を受け1981年まで生産された息の長い車種でもあった。

 当時の新車価格はクラウンを大きく上回るほどの価格だったが、それ故か発売開始以来の10年間に1台も廃車が出なかったとの記録があるほど大切にされた車種でもあった。

 2)ピアッツァ

 117クーペの実質的な後継車種となるのが、1981年に登場したピアッツァだろう。117クーペと同じくジウジアーロがデザインしたエクステリアは、1979年のジュネーブショーに参考出品された「アッソ・ディ・フィオーリ」をほぼそのまま市販化したようなものだった。

 いまだにテレビCMで覚えている人も多いモデルも

 3)ジェミニ

 ふたご座を表すジェミニと名付けられた理由は、初代モデルが当時業務提携していたゼネラルモーターズの世界戦略車として多くの国で兄弟車が販売されていたことにほかならない。いすゞではベレットの後継車種として1974年に登場。ベーシックカーとしてはもちろん、スポーツグレードのZZシリーズも存在し、モータースポーツでも活躍した車種だった。

 85年に登場した2代目モデルはFFレイアウトとなったが、一番印象的なのは「街の遊撃手」のコピーとともにジェミニがパリの街中を走り回るCMだろう。

 90年には3代目となり、1.6リッターながら180馬力を叩き出すイルムシャーRが話題を集めたが、前述する92年の自社開発の中止に伴い93年夏で販売を終了。以降はOEM車として車名が残ることとなった。

 4)ビッグホーン

 パジェロ(1982年登場)やハイラックスサーフ(1983年登場)などが登場し、RVブームが巻き起こった80年代だが、それよりも前にデビューしていたのが1981年に登場したビッグホーンだった。

 4WDピックアップトラックであるロデオのシャシーを流用し誕生したビッグホーンだけに、当初デビューした2ドアバンモデルの正式名称はロデオビッグホーンだった。87年にはRVながらレカロシートやモモステアリングを装着したイルムシャーも追加されており、今考えればかなり時代の先を行っていたRV車だったのである。

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(WEB CARTOP 小鮒康一)

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