まず、入口にエピグラフとして掲げられたのは文学作品から、道路にまつわる文の抜粋だった。
連中の車を降り、それが原野の中に小さくなって、ついに見えなくなった時、胸を絞めつけるこの感情は何なのか? あまりにも広大な世界が我々の上にのしかかる。それが別れだ。(ジャック・ケルアック『路上』)
1位はランボルギーニ アヴェンタドールSVJ──2018年の「我が5台」 Vol.15 西川 淳 編
そして道という道はすべて、人のいるところに繋がる。(アントワーヌ・サンテグジュペリ『星の王子様』)
道路は、ひとつの国民の知性、文化、そして自由のあらわれである。(ポール・モラン『旅』)
毎回、パリサロンは「クルマと歴史」をテーマにした展示をおこなうが、120周年を迎えた今年は例年になく、そのキレ味が冴えていた。
クルマとモビリティ史を専門とし、パンテオン・ソルボンヌ第1大学と政治科学院で教える歴史学の教授が監修に就いて、「ルート・ミティック(道路の神話)」と呼ぶ企画展がおこなわれたのだ。いってみれば旧いクルマをただ沢山並べるのではなく、その背景と文脈にアカデミックな縦串を刺すことで、順序だてて見せる展示だ。
今回のパリ・オートサロンは、メーカーの欠席も目立った。しかし、大メーカーの出展が減っているからモーターショーは“オワコン”、といった認識は正論のようでじつは浅はかであるのを、この展示を見て強く思った。
居並ぶクルマははっきりいって、フランス各地の自動車博物館や旧いクルマ関連のイベントで既出というか、お馴染みのものが少なくない。むしろクルマ全体が見えないよう、おそらくわざと、説明パネルで一部が遮られてさえいる。
つまり主役はクルマではなく、当時の雰囲気や様子を伝える書籍やポスターといった旧い紙資料と写真、再現イラストであった。
最初のコーナーは「道路のルネサンス」。19世紀末、クルマが登場するまでの移動は歩行か家畜や馬車、せいぜい自転車で、必要があって初めてするもので、道路そのものもクルマが走るために整備されてはいなかった。
しかし、クルマの登場によって、速度もルートも自分で決めてより自由に遠くまで走りまわれる感覚は、原始的とはいえ鉄道では味わえない経験で、進歩主義者を自ら認ずる一部の特権階級の琴線に触れた。
かくしてタイヤをプロモートするためミシュランはガイドブックを作った。そして、「ツーリング・クラブ・オブ・フランス」や「オートモビル・クラブ・ドゥ・ルゥエスト」らのクラブが、舗装や道路標識の整備に大きく貢献した。
これにより、20世紀初頭に平均20~30km/hだった移動の平均速度は10年ほどで、第1次世界大戦前夜には60~70km/hに上昇したのであった。
舗装や標識が普及していない頃よりいくらかマシになったとはいえ、故障や遭難のリスクを冒しての自動車旅行は、徐々にラグジュアリーな体験として認知され、1920年代に入るとスピードと快適性を追求したモダンな高級車が多数生み出された。同時に奥まった田舎にも物流ルートが拓け、大都市と同レベルの文明を普及させた。
いかにもフランス歴史学の伝統らしく、マルクス主義史観風の視点で年代順に社会階級を意識しながら、道にまつわる'集合的記憶'を構造的につまびらかにする語り口は、ほとんど教条的・教科書的といえる。
そして、クルマの進化が人々に自律性と移動の自由をもたらし、第2次世界大戦後の自家用車ブームと道路の大衆化を促したという見方は、“バカンス・ルート”と呼ばれるコーナーで、説得力をもって展示されていた。それは欧州の終戦から1974年の石油ショックまでの、「栄光の30年間」の始まりでもある。
モーテルやドライブインをいくつも経由し、南仏のカジノ前に高級車で乗りつけるシックな男女……みたいな絵は、今や失われつつある情景だ。すると、展示が途切れた。
モノクロの看板とはいえ、プラスチック天板のテーブルを並べた往年の“ダサ・カッコいい”内装を思わせるカフェスペースがあらわれたのだ。動画再生用の巨大スクリーンもサイネージも使わないで、出力したポップだけで展示の世界と現実を突然ミックスしてしまう、そんな巧さに感心させられる。
「レストラン・クロードの家」という当時ありがちな店名のドライブイン・カフェには、“ジャコ”や“マルセル”、“ジネット”や“ジャンヌ”といった名前の若者が集ったのだろう。
時代が進み、1970~1980年代は、渋滞の常態化や交通事故の増加、運転マナーの悪化を反映し、速度制限が導入されたり取り締りが強化されたりした一方、スピードやグランドツーリングの夢がまだ生き永らえていた時代でもあった。また、ディスコの流行や環境への配慮などに、当時の空気が看取出来る。
そして、クルマの旅にロマンティシズムを求める一部の人々は、これまでにも増してさまざまな辺境へ足を向けるようになった。それは、ケルアックの主人公が辿ったようなアメリカの道だったり、もっとエキゾチックな行先だったり、あるいはパリ~ダカールのようなラリーレイドだったり、だ。
とくに1981年、売り出し中だったディオールのメンズ用香水「ジュール」と、パリ・マッチのスポンサーを得てパリ~ダカ―ルを走ったロールズ・ロイスは、シャシーはトヨタ ランドクルーザー、エンジンはGMの5.7リッター、ボディはグラスファイバーで本物のロールズから象ったものだ。トラブルのため区間ゴールは間に合わず、時間オーバーで失格となったが、スタートから頻繁にメディア露出していたロールズが消えるのを惜しんだ主催者の特例的な判断により、賞典外でラリー続行が認められた。
ところがロールズの象徴、スピリット・オブ・エクスタシーの彫像マスコットについては本物をのせていたため、ドライバーのドゥ・モンゴルジェ氏は、ゴール後、ロールズ社から警告の手紙を受け取った。「将来、2度とこのようなことを繰り返さないよう、お願い申しあげる」と、書かれていたとか。
インターネット上での炎上が世間の耳目を集める手法として確立され、ロールズ・ロイス史上初のSUV「カリナン」がデビューするなど、時代が大きく変わった今だからこそ、ますます味わい深い逸話だ。
展示の時間軸が現在にまで達すると、「現在の道路は来たるべき自動運転を見越し、クルマとの相互同時コミュニケーションの実現、インテリジェント化の過程にある」と、歴史家は断言する。裏を返せば、クルマに搭載したミリ波レーダーやセンサーで、自動運転の可能性がいよいよ現実味を増してきたいま、さらに上の段階に進むには、クルマ単体のインテリジェント化だけでは限界がある、ということだ。
と、ここまで辿り着いたところで、一冊の書物のような企画展も「読了」。“Bonne route!(お気をつけて)”の軽快な〆のひと言で、会場の外へ送り出されたのだった。
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