10月に入り、ドイツでは日に日に秋が深まっています。日照時間は目に見えて短くなってきていますし、日中の最高気温が摂氏14度前後で紅葉も一気に進んできました。筆者の住むベルリンでは街路樹が多く、そのどれもが一斉に色づいて美しいです。石畳の上に湿った落ち葉が積もっている場合、かなり滑りやすいので足元には注意が必要ですが、街を散策するのがとても楽しいこの季節。そんな秋の晴天の下で出会ったのが、今回ご紹介するメルセデス・ベンツのステーションワゴン、S123型です。
シンプルながら上質な作りの実用車、S123型
メルセデス・ベンツの光と影。不朽の名車300SLと、悲運のレーシングマシン300SLRに迫る
1970年代半ばから1980年代半ばまで生産された、メルセデス・ベンツのエントリークラス~ミディアムクラスの担い手であるW123型。そのバリエーションモデルとして登場したのが、Tモデルと呼ばれるステーションワゴンタイプ、S123型です。シンプルながら上質な作りは、最高の実用車としてドイツ国内でも未だに根強い人気があります。
手入れの行き届いた純白の外装に、懐かしいデザインのBBSホイール。サイドモールやルーフレールなどの光り輝くクロームパーツ。右フロントバンパー下にこすってしまった跡がありますが、一方でタイヤは新品に交換されたばかりのようです。そしてCLではもはやお馴染み、堂々と掲げられたHナンバー。オーナーの愛情の大きさを感じる、とても良いコンディションです。
日本に正規輸入されたのはディーゼルエンジン搭載車のみで、300TDもしくはターボ・ディーゼルエンジン搭載車の300TDTが上陸しています。日本国内では近年の排気ガス規制のため、エンジン載せ替えのサービスを行っている修理工場も多いですね。
ヨーロッパではガソリンエンジン・モデルのラインナップも充実していて、200T、230T、250T、280TEの各モデルと、日本未導入のディーゼルエンジン・モデルである240TDが生産、販売されていました。ドイツ現地の高級車に多い特徴ですが、この個体でもグレードを示すエンブレムが取られてしまっているため、残念ながら外観からどのエンジンが載っているかを特定することはできません。
馬術競技大国ドイツ!蹄鉄は幸運のお守り?
フロントマスクに注目してみてください。U字型の金属が取り付けられているのがわかるでしょうか?そう、これは「蹄鉄」です。ヨーロッパでの人と馬の関係は深く、その中でも特にドイツは馬術競技大国で、オリンピックでのメダル総獲得数、金メダル総獲得数で1位を誇り、現在でも馬術スクールの多さや質の高さから、今後もその優位性はしばらく揺るがないといわれています。ドイツに点在する中世の城には馬舎とともに鍛冶場が整備され、蹄鉄の製造や修理、手入れは頻繁に行われていました。蹄鉄は馬の脚を守る、ということから転じて、蹄鉄は災いから人をも守る幸運のお守りとして認知されていくようになるのです。
蹄鉄の開いているほうを上に向けて、家のドアに打ち付けておくことで「U字型の底で幸運を受け止める」という意味があり、幸運の象徴や魔除けとして崇められています。また、移動手段としての馬とクルマの関係性から、交通安全のお守りとしてクルマのフロントに打ち付ける風習が現在でも残っていて、写真の個体はまさにそんな1台と言えるでしょう。
日本でも一時期、「馬は人間を踏まない」として蹄鉄をフロントに取り付けることが流行しましたが、ほどなく廃れてしまい、2017年現在ではほとんど見かけることがなくなってしまいました。ちなみに日本では、江戸時代まで馬にはわらじを履かせていたそうで、そういった背景の違いから「蹄鉄=ラッキーアイテム」という認識があまり広まらなかったのかもしれませんね。
「家族愛」とでも呼べるような、クルマと人との絆
広大な大陸の一部分であるドイツ。そのドイツにおいて、大陸内を移動するためのクルマや馬に対する感情や価値観を一言で表すと、「家族愛」というのが一番近い表現かもしれません。蹄鉄のお守りをフロントに掲げたこのメルセデス・ベンツを見ていると、今まで修理を重ねながらたくさんの距離を走ってきて、さらにこれからも多くの年月をオーナーと共に過ごしていく様子が容易に想像できます。その様子は、大切な愛馬と共に寄り添いながら長い年月を暮らすこととよく似ていて、「家族愛」と呼ぶにふさわしい絆だと筆者は思うのです。これからの旅路も、蹄鉄のお守りに守られて素晴らしいものになりますように。そんな願いをかけて、この純白のメルセデス・ベンツと別れを告げたのでした。
[ライター・カメラ/守屋健]
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