21年ぶりにフルモデルチェンジされたトップ・オブ・トヨタ、センチュリーに都内の一般道で試乗する機会に恵まれた。VIPの快適な移動を支えるこのショーファードリブンカー、特等席は後席左側、そして運転席だった。REPORT●遠藤正賢(ENDO Masakatsu) PHOTO●遠藤正賢、トヨタ自動車
三栄書房がオフィスを構え、ゲーム好きにはスクウェア・エニックスの本社があることで知られる新宿イーストサイドスクエア周辺は、実に奇妙極まりない空間だ。当のビル近隣はモダンかつ高級感溢れるマンションや店が建ち並ぶが、一歩裏路地に入り込むと、戦後間もない頃から時が止まっているかのような、雑多だがなぜか落ち着く町並みが眼前に広がる。
ショーファーではないドライバーのための7シリーズ特別仕様が登場
そんな新宿六丁目の車道には、古今東西の名車から珍車まで、ありとあらゆるクルマが当たり前のように姿を現すのだが、ここでクルマを眺めると、それぞれの“在り方”というのがよく分かる。
例えばメルセデス・ベンツSクラス。ショールームや然るべき場所では威圧感の塊にしか見えないこのクルマも、人が暮らす町中ではモダンであれレトロであれ、そうした風景に見事に溶け込む。そうした在り方から、本質はオーナーが自らステアリングを握り、日々の生活を共にするためのドライバーズカーであることが見えてくる。
例えばアストンマーティンDB11。偶然ゲンロク誌の取材で居合わせたそのスーパースポーツは、ただそこに在るだけで、周囲の空気を、景色を、DB11の心象風景に塗り潰し、道行く人々の視線をあたかもブラックホールのように引き寄せる。そうした在り方はまさにスーパースターそのものと言ってよい。
そして、トヨタ・センチュリー。不思議なことに、周囲の景色に溶け込むでもなく、あるいは塗り潰すでもなく、しかしながら確たる存在感を持ってそこに佇む。それはまさに、水面に浮く油。人々の上に立って生きる皇族や政治家、大企業の社長といったリーダーのためのクルマということが、一目見ただけで分かる。水平基調の伸びやかなプロポーションを維持しながら細部がモダナイズされた新型は、そうした在り方をより確かなものとしていた。
いよいよ車内、それも後席左側に乗り込む。新型センチュリーは、約1cm厚ものフロアマットを敷いた状態で、スカッフプレートとフロアとの段差がゼロになるよう設計されており、そのためにサイドシルの高さを前席側と後席側とで変えるという、他の車種ではほぼ前例のない手法を採用。実測するとステップ地上高自体も33cmと低く、高齢のVIPでも苦労せず乗り込めそうだ。
実際にシートに腰掛けると、「座る」という表現よりこちらの方がより適切と思えるそれは、サイズ、クッションの厚み・柔らかさとも申し分ない。なお、試乗した車両はオプションの「極美革(きわみがわ)」本革仕様となっていたが、その風合いが硬かろうはずもなく、実にソフトに全身を包み込んでくれた。
だが、センチュリー伝統のウールファブリックシート「瑞響(ずいきょう)」の方がさらに当たりが柔らかく、かつホールド性も高いのは想像に難くなく、機会があればこちらの感触も試してみたいと思わずにはいられなかった。
なお絶対的な広さは、身長176cm・座高90cmの筆者の場合、ニークリアランスこそ34~40cm(背もたれを最も寝かせた状態~立てた状態)と、ホイールベースを先代より65mm拡大し3090mmとした効果を体感できるものの、ヘッドクリアランスは10cmと、先代より30mm高い1505mmという全高の割には余裕がない。前後席を明確に仕切るルーフクロスメンバーの凹凸や11.6インチリヤシートエンターテインメントシステムの存在も相まって、実寸法以上に視覚的に広さを感じにくい設計となっている。
ともあれそのまま後席に身を委ね、新宿を後にすると、同じトヨタが作る最高級サルーン・新型レクサスLSと比べても、しかも新型センチュリーは先代レクサスLS600hLから多くのメカニズムを継承しているにもかかわらず、静粛性が高いことに気付く。
ボディ側の対策が入念なのはもちろん、タイヤノイズや風切り音、パワーユニットといった発生源からのノイズが小さく、さらに新採用のアクティブノイズコントロールもかえって耳が痛くなるような人工的な静けさではない。しかも会話明瞭度が極めて高く、後席同士はもちろん前後席間で走行中に会話するのにも、全く声を張る必要がないのだ。
そして乗り心地は、やはりショックを後席の住人に伝えないことを最重視したもので、実際に大小問わずあらゆる凹凸に乗り上げても不快な突き上げはほとんど感じられない。その代わりに上下方向の減衰力は弱く、特に緩やかな凹凸を越えると上下動がすぐに収束せず揺れが残る傾向が見られた。
ただし、前後および左右の動きは思いのほか少なく、視線を大きく動かされたり、車両の挙動に合わせて身体を踏ん張らせる必要に迫られたりすることはない。テロリスト襲撃からの緊急脱出を想定した全開発進・旋回をドライバーが一瞬だけ試みても、不安感を覚えることは皆無だった。
遂にドライバー交代の時が来た。後席から降り運転席へ乗り込もうとすると、ステップ地上高が35cmと後席よりやや高く、しかもそこからフロアまでに5cmの段差があるため、嫌でもこのセンチュリーが後席優先のクルマであることに気付かされる。とはいえスポーツカーのように乗り降りが大変、ということはもちろんなく、運転手が後席の扉を開け閉めしに行くのに苦労することはなさそうだ。
実際に運転席につくと、後席より掛け心地は数ランク落ちるかと思いきや、意外にもその差は少なく、しかも身体全体を優しくホールドしてくれる。待機を含め長時間座り続けても、疲労は極めて少ないだろう。
また、水平に低く設計されたインパネと細いAピラーのおかげで前方視界は広く、さらにスクエアなボディ形状が四隅の把握に大きく寄与。最小回転半径こそ5.9mと大きいものの、全長×全幅×全高=5335×1930×1505mmという巨体を持て余すことはなく、後に試したが狭い場所での車庫入れも容易だった。
そして、発進のためアクセルペダルを踏み込むと、ギクシャクした挙動が発生しにくいよう物理的に重めに設計されているが、やはり先代レクサスLS600hL譲りの5.0L V8+THS2のセッティングそのものはハイブリッドながらいたってリニア。ブレーキペダルも同様の感触である一方、ステアリングは明確に軽いのだがタイヤへの荷重やグリップの変化を感じ取りやすい。
後席の快適性第一で、運転手にはただただ穏やかに長時間走り続けるのを強いるため、反応が鈍く手応えにも乏しいドライビングフィールに躾けられているのだろうと試乗前に想像していたのだが、実際の感触はその正反対。ファン・トゥ・ドライブそのもので、意のままに操る喜びに満ち溢れていた。
これならば、たとえこのセンチュリーを所有するに相応しい地位や収入を得たとしても、後席左側に座って偉そうにふんぞり返るよりもむしろ、自ら運転手となってその走りを堪能したいと思うに違いない。
もしくは、新型センチュリーを所有するタクシー・ハイヤー会社に就職したら、ぜひその運転手になりたいと、必死になって運転・接客スキルを磨き続けることだろう。
【Specifications】
<トヨタ・センチュリー(FR・電気式無段変速)>
全長×全幅×全高:5335×1930×1505mm ホイールベース:3090mm 車両重量:2370kg エンジン形式:V型8気筒DOHC 排気量:4968cc ボア×ストローク:94.0×89.5mm エンジン最高出力:280kW(381ps)/6200rpm エンジン最大トルク:510Nm(52.0kgm)/4000rpm モーター最高出力:165kW(224ps) モーター最大トルク:300Nm(30.6kgm) JC08モード燃費:13.6km/L 車両価格:1960万円
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