自動車開発で鍵を握る「空力」
執筆:Mike Duff(マイク・ダフ)
【画像】60年の放置から蘇ったケイツビー・トンネル【すべての写真を見る】 全6枚
翻訳:Takuya Hayashi(林 汰久也)
長さ約2.7kmの暗いトンネルをちょっと進んだだけで、写真撮影の難易度がぐっと上がる。しかし、美しい英国・ノーサンプトンシャー州の地下を走る巨大な構造物の中に立ってみると、今回の魅力的なプロジェクトについて筆を執らずにはいられなかった。
ここ、ケイツビー・トンネルは、自動車開発における空力研究で使用されようとしているが、風洞施設ではない。むしろ、できるだけ穏やかで安定した条件のもとで行われる「非風洞施設」と考えたほうがいいだろう。これは非常に画期的なことだ。
初期の風洞施設は19世紀に作られたが、飛行機の登場により、気流の影響を研究することが急務となった。ライト兄弟は、1903年に初飛行に成功したライトフライヤー号の開発に、ベーシックな風洞を使用した。しかし、自動車産業に空気力学が導入されたのは、それよりもずっと後のことだ。
初期の自動車は速度が遅かったため、空気の流れを詳細に理解する必要がなかった。そのことは、背が高く直立した構造が多いことや、ドライバーのゴーグルに虫が飛び散っていたことからもわかる。
空気の流れを研究する有用性を証明したのは、ドイツのヴニバルド・カム教授による先駆的な研究だった。1930年、カム教授はドイツのシュトゥットガルト近郊に世界初の本格的な自動車用風洞を建設し、現在も使用されている。
1938年に発表された革新的なBMW 328カムクーペは、標準の328よりもはるかに効率的で、新しい科学の利点を証明していた。それから数十年、モータースポーツが空力によるダウンフォースの時代に入ると、風洞の重要性が再び高まったが、(開発の)スピードが求められるため、多くの場合で縮尺を小さくしたダウンサイジング・モデルを使用する。
風洞は、今やレーシングカーだけでなく市販車の開発にも欠かせないツールとなっている。特に、EV(電気自動車)が航続距離を伸ばすために空力性能が鍵となっていることからも、風洞実験の重要性は非常に高いと言える。
好条件で空力研究ができる
しかし、風洞の建設と運営には莫大な費用を必要とし、強力なものだと1日あたり10万ポンド(約1500万円)以上かかる。そのため、英国の田舎にある廃線の鉄道トンネルを利用することになったのだ。
最高のアイデアは、往々にして多角的な思考から生まれる。風洞では、研究対象物の周りを空気が高速で動く。もっと簡単な方法は、空気を静止させたまま、物体自体を動かすことだ。
実際にこの方法で多くの空力試験が行われているが、風や天候、気温の変化の影響を受けやすく、一貫性を保つことが課題となっている。必要なのは、風雨の影響を受けない、慎重にコントロールされた環境だ。
既存のトンネルを利用するというアイデアは、今に始まったことではない。米国では、2003年にチップ・ガナッシ・レーシングがペンシルバニア州にある廃トンネルを入手し、それ以来、モータースポーツの開発に広く利用されている(F1チームも利用していると言われている)。
英国では、空力学者のロブ・ルイスが同様のアイデアを提案している。ルイスは、BARやホンダのF1チームで活躍した後、CFD(数値流体力学)設計を専門とするTotalsim社を設立した。自動車だけでなく、自転車競技をはじめとするアスリートの空力性能向上にも注力しており、ルイスはオリンピック選手への貢献が認められてOBE(大英帝国勲章)を受賞している。
そして2013年、彼は英国の鉄道トンネルを再利用した実験の可能性を探ることにした。そして偶然にも、長くてまっすぐなトンネルが、ダヴェントリーの南西6kmに位置するケイツビーにあることがわかった。
130年以上の歴史を持つトンネル
現場を案内してくれたTotalsim社のジョン・パトンは、当時のことを振り返ってこう語っている。
「最初に見学に来たときは、イラクサをかき分けて登っていました。そして、誰が所有しているのかを確認し、使わせてもらうために交渉するという小さな問題に直面したのです」
ケイツビー・トンネルは1887年に完成し、国鉄(ブリテッシュ・レール)が1966年まで使用していた。全長2.7km、幅8.2m、高さ7.8mで、約3000万個のレンガからできている。
中に入ってみると、排水溝が詰まって部分的に浸水しており、かつて機関車の煙を流していた垂直の通気口(エアシャフト)は鳥や動物の死骸でいっぱいだった。現在、屋根付きの作業場には、回収された遺物のコレクションが置かれている。廃墟に住むコウモリの生息環境を守るため、入り口付近にスペースを確保する必要があった。プロジェクト始動から8年、これまでに約2000万ポンド(約30億円)が投じられ、トンネルは生まれ変わろうとしている。
ケイツビー・トンネルの南側入口(ポータル)から湿った暗闇の中に入ると、ビクトリア時代末期の技術力なしには、このような建築は不可能であったことがわかる。60年近く放置されていたにもかかわらず、構造物は驚くほど良好な状態を保っている。湿ったレンガから水滴が落ちるのを減らすため、天井にはライニングが施されているが、露出した部分には70年近く蒸気機関車が働き続けたことによる分厚い煤がまだ付着している。
勾配は1:176(0.006%)と安定しており、平坦でほぼ完全な直線を描いている。列車のスピードを重視してこのような作りとなったとされているが、これは自動車の空力研究にも非常に好都合だ。
「実際にスキャンしてみて、びっくりしました」とパトンは語る。「数センチの誤差もなく、完璧な仕上がりです」
Totalsim社は新たにコンクリートの基礎を作り、その上に超精密な舗装材を敷き詰めて、表面を隙間やジョイントのない均一な状態に仕上げる。
「テストで最も重要なのは、一貫性と再現性です。高品質なデータはそこから生まれるのです」
完成したトンネルは、準備エリアと屋根付きの通路で結ばれ、機密性が確保される。また、両端にはターンテーブルが設置され、切り返さずにベースに戻れるようになっている。
初期の段階では、コースダウンテストと呼ばれるテストに使用されることが予想される。これは、自動車がニュートラルで惰性走行する際の速度変化を記録し、抵抗を調べるものだ。しかし、もっと野心的なテストに使用することもできる。例えば、チップ・ガナッシのトンネルは、ナスカーのレーシングマシンがスピードに乗ってドラフトする際の空力を研究するために使用されたと言われている。
使い方はアイデア次第
ケイツビー・トンネルの開発チームは、すでに将来のアップグレードを考えている。超高感度の圧力感知床板、内部のGPSアンテナシステム(信号は地面を通らない)、サイドウィンドの影響を調べるためのファン、さらにはスプレーパターンを作るためのスプラッシュエリアなど、多くアイデアが出ている。
自動車だけではなくプロのサイクリストも使うだろうし、すでにさまざまな記録への挑戦が計画されている。「テレビ司会者のガイ・マーティンが電話をかけてきましたよ」とパトンは言う。いつか、ケイツビー・トンネルを舞台にしたドキュメンタリー番組も観られるかもしれない。
安全性を重視するため、トンネルの両端には緊急車両が配置されることになっている。トンネルには厳密な速度制限はないが、どのテストにも安全性の確認が必要だ。パトンは次のように話している。
「もちろん、使用者が何をしたいかによります。普通のクルマで時速80kmで走るのと、リチウムイオンバッテリーを搭載したプロトタイプ車でその倍のスピードを出すのとは違うでしょう」
1つ驚いたのは、音が反響しないことだ。トンネル内の音響特性は非常にフラットで、ノイズは湾曲した壁にすぐに吸収されてしまうらしい。しかし、大排気量スポーツカーを走らせたときの音は、やはりかなり特殊なものになるだろう。
高回転のV12エンジンがここでどのような音を出すのか、想像するだけでワクワクしてくる。また、外部から遮断されているため、24時間誰にも迷惑をかけずにテストを行えるはずだ。
パトンは、このトンネルが真っ白なキャンバスになると述べている。
「みんなが次々と新しいアイデアを出してきますが、中にはわたし達が思いつかなかったものもあります。たいていの答えは『いいじゃないか』です」
ケイツビー・トンネルは、来月からクライアントが利用できるようになる。スバルもこのプロジェクトに投資しているが、お金を払う用意のある人なら誰でも利用できるようになるという。そう、このトンネルの先には光があるのだ。
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短く曲がっていても、色々な業種で利用出来そう。