業界唯一の?サビ取り旧車雑誌「オールドタイマー」の過去記事からおもしろネタを厳選して再掲載!
◇◇◇下記、当時原文ママ(2005年4月号)◇◇◇
世界ナンバー1のスポーツカーを目指した日産フェアレディZ 300ZXの記憶[driver 1989年3-20号より]
夢の灯油エンジン 1965年編
1965年のあれこれ揺れ動くニッポン自動車業界に革命的発明品が現れた。新燃料エンジンである。はてさてその真実とは?
文/錆田正一(解体部品幻想家)
1965年はいろんな事件がありました。まず5月に日産とプリンスが合併の調印。発表まで両社の社員は役員もほとんど知らされてなかったから“抜き打ち合併”なんて言われた。
7月、名神高速道路が全線開通(最終区間は一宮ー-小牧)。
10月、輸入車の完全自由化実施。それまで国産車保護育成のため“統制品”だった外車が、いくらでも売れるようになった。これは黒船襲来の一大事、日産とプリンスの合併も、この自由化を前に自動車工業界の体勢強化を急いだ通産省のお膳立てだったそうな。
そんな疾風怒涛のドサクサだから、こんなキテレツモンが現れた。今回紹介するのは「TT式灯油エンジン装置」。読んで字のごとく、ガソリンエンジンをボルトオンで“灯油仕様”に改造するキットである。
始動時のみガソリンを使い、あとは燃料を灯油に切り替える。クラウンやセドリックを”農発”にしちまおうって発想ですな。戦時中、日本軍はガソリンに灯油混ぜてボロタンクを走らせたそうだが、TT式もまた壮大なる野望をもって現れたわけだ。
ことにこの時期、営業車用LPG燃料への課税が決まりつつあったから、タクシー業界はこの灯油エンジンを「救世主」と歓迎し、期待した。ちなみに当時レギュラーガソリンは1L 40~50円、家庭用灯油は15~20円。
作った人は東京葛飾区の発明家・高橋孝行氏。よくよく見ればシンプルなキットである。手品のタネは無骨な舟形のマニホールドカバー。灯油は気化温度が高く、十分に余熱してやらないと気化しない。そこでマニホールド(当時の営業車用エンジンの多くが吸排気一体型)をすっぽり覆う鋳物製ジャケットを作って排気熱を閉じこめ、灯油をインマニの中で温めるようにしたのだ。
この特製カバーには「自動空気弁」がある(キャブの真下、フタ様の物)。排気熱でインマニが過熱した際は冷却のために、高速運転で空気が足りなくなったときは空気補給のために(燃焼時、灯油はガソリンより多くの空気を必要とする)負圧でこれが開いて調節する。このバルブシステムがTT式灯油エンジンのキモであり、特許も取っていたらしい。
キットには他に始動用ガソリンの小型タンクとポンプ、低オクタン価の灯油(約10)に合わせて圧縮比をわずかに下げる(セドリックで8.5から8.22)ガスケットがセットされている。出力低下は同じくセドリッククラスで2~3馬力程度とのことだが、これはちょっと怪しい。価格は5万円と少々張るものの、営業車で比較した場合「年間でLPGより15万円、ディーゼルより23万円経済的」とメーカーは謳った。
読者諸兄はこの発明を笑うかもしれない。が、このとき大阪トヨペットと愛三工業も灯油エンジンを研究開発していた。もちろん両社とも眼目はLPG課税で窮する営業車の救済策。
大阪トヨペット式はクラウンをベースとした。システムはTT式と同じだが、安全のためインマニは積極的に加熱せず、燃料に白灯油(灯油10に対しガソリン約0.6を混合)を使用。始動時、加速時にはガソリンをキャブのスロットルバルブ付近に噴射する”ハイブリッド方式”である。キャブはプライマリー側のみを使用、圧縮比も二重にしたガスケットで6.5まで下げているが、最高速は70km/hというから営業車としては必要十分だった。
愛三工業は1953年、バイクモーター用ローマン式エンジン「アイサンモーター」で灯油エンジンの市販化に先鞭を付けたメーカー(本誌79号100ページ参照)。ただし、ローマン式は冬期の始動性、使用感がすこぶる悪く実用性に問題があった。そこで営業車用キットではあえて燃料に「ハイブルー」を指定。ハイブルーは三菱が自社の農発用にと丸善石油に作らせた“高級灯油”で気化特性は灯油とガソリンの中間(オクタン価69)。ただし1L 25~30円と高価。ランニングコストより信頼性を取ったようだ。
ところが大手メーカーは1966年ごろには灯油エンジンから手を引いてしまう。実際に販売されたのは、TT式のみ(類似品もあった)。始動性やエンジン本体の加熱、そして走行中のギクシャク感など扱いにくさはあったものの営業車用として好評、そこそこの数を売った。
そのTT式も3年ほどで消えてしまう。お上がタクシー業界に「灯油をクルマに使うのは脱税行為である」と通達したらしい。以後、灯油にクマリンなる添加剤が入れられ、エンジンに使うと見せしめのごとく白煙が出るようになったのは周知のこと(ロータリーエンジンだって灯油で回ります。白煙さえ我慢すれば)。
さてこの広告、TT式が登場した1965年のものである。太字でシッカリ「灯油エンジン」と主張していてカッコいい。ところが1967年の同社広告を見ると、「安全燃料エンジン装置」と言い替え、説明文からも「灯油」の二文字は消える。おそらく当局から最後通告があり、苦肉の策で「灯油」を「安全燃料」と言い替えたのだろう(確かに灯油はガソリンに比べ“安全燃料”だ)。
官憲の目をかわす庶民のささやかな知恵。だが、こんな冗談が通じる相手ではなく、革命的灯油エンジンはついに姿を消し、闇から闇へ葬り去られたのである。……権力と闘い庶民の夢に殉じた幻のエンジンに、合掌。
どなたか、実機持ってませんか?
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●1965年末、自動車雑誌に載った広告。「専用マニホールド」とあるが、ストックのマニにかぶせる一種のシュラウドと思われる。エンジンはセドリック用H型。下の地図は「特殊燃料S.T.F給油所」を示す。灯油だけでは性能が安定せず、神経質な客にはガソリンとの混合燃料も売ったのだろう
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