元ジェイ・ケイ所有の“バットモービル”
AMWでは、BMWのクラシックモデルのなかでも特にアイコニックなモデル「バットモービル」こと「3.0CSL」の出品されたオークションを、これまでしばしば追いかけてきましたが、今回はベースモデルである「3.0CS」をモディファイしたレプリカ仕様車ながら、特別なヒストリーを持つ1台に注目しました。じつはこの個体には、ヨーロッパ中のクラシックカーレースを荒らしまわったうえに、さる「レジェンド」が一定期間所有したという来歴があったのでした。
バットモービルじゃないほうのBMW「3.0CSL」は人気がない!? 純正のグリーンのボディカラーが珍しい個体は1290万円~で販売中
BMWのモータースポーツ史に輝く名作、3.0CSLとは?
1968年にデビューした美しき4座クーペ「2800CS」に端を発するBMWの「E9」シリーズは数々のレースで成功を収め、欧米のエンスージアストから賞賛を浴びたが、なかでも「3.0CSL」は重要なモデル。当時全欧で絶大な人気を誇っていた「ヨーロッパ・ツーリングカー選手権(ETC)」の王座獲得を目指し、FIA(国際自動車連盟)ホモロゲートを取得するために開発されたエボリューションモデルである。
1970年10月、BMWは2800CSのエンジン拡大版「3.0CS」を発表。そのかたわら既定路線として、当時のETCにおける宿敵、より小型・軽量なフォード「カプリRS」やオペル「コモドーレ」に対する競争力を向上させるため、CSの大幅な軽量バージョンをアルピナとともに開発する。そして、当時のETCの対象だったFIAグループ2ホモロゲーションの取得を目的としたエボリューションモデルこそが3.0CSLだった。
ドイツ語において「軽い」を意味する「Leicht」の頭文字「L」を添えた車名が示すように、左右ドアやボンネット、トランクリッドをアルミ化しただけでなく、ルーフやフロントノーズのスチールパネルも薄板化を図り、フロント/リアウインドウには薄板のラミネートガラスが採用された。
また、車内の防音材は排除され、フロアカーペットも薄いものに取り換え。ボンネット固定はメッキ仕上げのボンネットピンに置き換える徹底ぶりで、ホモロゲート申請の車両重量は3.0CSの1400kgから約200kgのダイエットに成功したとされている
直列6気筒SOHCの「ビッグシックス」エンジンは、当初3.0CSと共通となるツインキャブレターつき2985cc、180psとされていたが、1972年モデルの、いわゆる中期型ではインジェクション化されるとともに3003ccに拡大。さらに1973年モデルとなる後期型では、3153cc、206psにパワーアップされた。
しかし、3.0CSLをもっとも印象づけているのは、やはり「バットモービル」という愛称のもととなった、大胆不敵なエアロパーツであろう。これは、1972年シーズンからFIAグループ2規約が厳格化し、空力付加部品も市販モデルと共通の形状であることが求められた結果とされる。
中期型から採用されたこの空力パーツは、ノーズ下部を覆いつくすエアダムスカートや、極めて大型のリアウイング、ルーフ後端に設けられたスポイラーなどで構成。当時設立されたばかりの「BMWモータースポーツ」(現在のBMW M社)と、シュトゥットガルト大学との共同開発によるものと言われている。ただ、翌年になると西ドイツ国内の交通法規が厳格化されたことから、1973年生産の後期型ではバットモービル状態での販売は中止。この年をもってすべてのCSLが生産終了し、総計わずか1039台の稀少車となった。
そしてサーキットにおける3.0CSLは、トワーヌ・ヘゼマンスとともに1973年のETC選手権を制したことで、生来の目的を果たしたのである。
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世界中のクラシックカーレースで好成績
2024年5月に、アイコニック・オークショネアーズ社が、英国ノーサンプトン州のシウェル飛行場で開催したオークションに出品された「3.0CSLバットモービル」は、1980年代後半にツーリングカーレーサーの故ティム・バスビーによって3.0CSロードカーから改造されたもの。しかし、その後35年間にわたって世界中のレーストラックで数々の好成績を収めてきた個体でもある。
2004年、このマシンはアイコニック・オークショネアーズ社主であるニック・ホエールに売却され、ニックの親友であるイアン・ゲストと共同で所有することになった。このふたりは、パトリック・ピーターの「ピーター・オート」が主催するクラシック耐久レーシング・シリーズ「CER選手権」に参戦。2004年と2006年の「ル・マン・クラシック」でもクラス2連勝を飾るなど、ヨーロッパ中でこのマシンを走らせた。
また、2006年のル・マン・クラシックでは、栄誉ある「インデックス・オブ・パフォーマンス(性能指数)」賞を受賞し、モンツァ、シルバーストーン、スパ・フランコルシャンでもクラス優勝を果たしている。
その後、このマシンはアラン・タイスに売却され、「マスターズ・シリーズ」における数シーズンで彼のレース活動を成功裏に支えたのち、2013年にロック界のレジェンドにして世界的な自動車愛好家、「ジャミロクワイ」のジェイソン・ケイに譲渡された。
フェラーリとクラシックBMWを愛してやまないことでも知られるジェイ・ケイは、所有期間中、この「バットモービル」のメカニカルパート維持に多額の資金を投入し、シルバーストーン・サーキットなどでのサーキット走行を思う存分に楽しんだという。
しかし2017年、ジェイ・ケイはアイコニック・オークショネアーズ社にバットモービルを「レース・レトロ(Race Retro)」オークションに出品するよう依頼する。そしてそのオークションで落札したのが、今回のオークション出品者となった現オーナーだった。
2021年初頭に最後のメカニカル・リフレッシュを行う
現オーナーはその後、ヨーロッパのクラシックカーレースシーンに復帰するための準備を、クラシックBMWのスペシャリストである「ラランカ・エンジニアリング(Laranca Engineering)」社に託した。
同社は、ヒストリックモータースポーツのより過酷な現代的基準に適合させるため、6桁ポンド以上の資金を投入し、マシンを徹底的にブラッシュアップした。そののち、FIAドキュメントが発行され(GB11382)、2027年12月31日まで有効となっている。
現在の所有者のもと、この「バットモービル」はヨーロッパ各地で繰り広げられるピーター・オート系サーキットイベントに参戦し、好成績を収めてきた。また、同じくピーター・オートがオーガナイズする「ル・マン・クラシック」にも招待されたが、残念ながら現オーナーは現在南米に住んでいるため、エントリーはできなかったという。
結局バットモービルは、2021年初頭に最後のメカニカル・リフレッシュが行われたのち、それ以来レースには出ていないとのことである。
アイコニック・オークショネアーズ社は、「ル・マン・クラシック」を含む世界最高峰のクラシックカーレースにも参加の権利を有することにくわえて、レプリカ製作に掛かった費用、同じスペックの3.0CSL仕様車のマーケット相場価格、さらに35年以上にわたるレース実績などを考慮して、16万ポンド~18万ポンドというエスティメート(推定落札価格)を設定した。
ところが、実際の競売では思うようにビッド(入札)が進まなかったのか、エスティメート下限をわずかながら下回る15万1875ポンド。日本円に換算すれば約3030万円という、出品者側にとってはいささか不本意、購入者にとってはリーズナブルな価格で落札されるに至ったのだ。
この落札価格は、ロードバージョンの3.0CSLの相場価格よりも少し高いという程度のもの。たとえクラシックカーの世界でも尊敬されているスーパーセレブリティ「ジェイ・ケイの元愛車」という肩書きがくわえられようとも、やはり後世にモディファイしたレース仕様車では、このあたりに落ち着くのが順当なのかもしれない。
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