この記事をまとめると
■ラリー界のレジェンド奴田原文雄さんが指導するラリースクールに密着
サンルーフなワケでもないのになぜ? ラリー車の屋根にある「謎の穴」の正体とは
■ラリー界で大活躍しているドライバーを多く輩出している実績がある
■少数精鋭での指導によりさらなるスキルアップが見込めるのが売りだ
ベテランドライバーが精鋭を育てるスクールに密着
2006年のPWRC(プロダクションカー世界ラリー選手権)でラリー・モンテカルロを制するほか、全日本ラリー選手権では9回に渡って最高峰クラスでチャンピオンに輝くなどラリードライバーとして豊富な実績を持つ奴田原文雄。
奴田原は2022年も全日本ラリー選手権に参戦する一方で、ラリースクール「NUTAHARA RALLY SCHOOL(ヌタハラ・ラリースクール)」を主宰しており、7月16日~17日には佐賀県唐津市で授業を実施、九州のラリーチーム、グラベルモータースポーツと共同で3回目の開催となる「唐津ターマックラリーレッスンwith NUTAHARA RALLY SCHOOL」が行われていた。
奴田原がラリースクールを開始したのは2016年のことだった。
「スバルや三菱も若手ドライバーをサポートするスカラシップはやっていたし、ラリーチームによっては練習会はやっていたけれど、日本にはラリースクールがなかったからね。イギリスなどヨーロッパでは昔からラリースクールが行われていたし、レーシングスクールは日本にもあったけれど、ラリースクールがなかった。ラリー界にいるものとしては、その状況が悔しかったから自分でスクールを立ち上げることにした」とその時の心境を振り返る奴田原。
こうしてラリースクールを立ち上げた奴田原はTRDや各地のラリークラブの協力のもと、北海道や広島、群馬県、長野などエリアやステージを変えながら最大で年間5回のペースで授業を行うなど精力的に活動した結果、ヌタハラ・ラリースクールは日本初のラリースクールとして日本のラリーシーンに定着した。
しかも、ヌタハラ・ラリースクールでは卒業生たちがさまざまなカテゴリーで活躍しており、2021年にはヌタハラ・ラリースクールを経て、ジュニアチームの一員として活動していた大竹直生が全日本ラリー選手権でJN3クラスのタイトルを獲得したことは記憶に新しい。さらにトヨタGAZOOレーシングWRCチャレンジプログラムで活躍中の勝田貴元に続くべく、2022年は2期生として3名の日本人ドライバーが選出されているが、前述の大竹に加えて、小暮ひかる、山本雄紀らもヌタハラ・ラリースクールの卒業生ということもあってヌタハラ・ラリースクールの存在感はさらに増したことだろう。
「トヨタのWRCチャレンジプログラムに卒業生が選ばれたので、やってきたことは間違ってなかった。自分が若いころは試行錯誤しながらドライビングを学んでいたし、だからこそ時間がかかったけど、ラリースクールでは遠回りせずにいろんなことを教えてあげたい。若くてやる気があるドライバーは早い段階で海外にいったほうがいいと思うけれど、海外へ行く前の段階のところは、うちのラリースクールできるようにしたい。ラリースクールを通して才能のある若手ドライバーを発掘して、トヨタのWRCチャレンジプログラムのように海外につなげたい」と奴田原。
まさにヌタハラ・ラリースクールは、海外と日本を繋ぐ橋渡しのような存在になりつつあるのだが、果たして同スクールではどのような授業が行われているのだろうか? 佐賀県唐津市で行われた唐津ターマックレッスンを取材してみると、予想以上に充実した内容となっていた。
参加すれば確実に腕が上がる超実践的な内容が魅力
まず、ヌタハラ・ラリースクールで注目したいポイントが充実したカリキュラムにほかならない。2日間の短期集中型のトレーニングで、開講式を経て7月16日のレグ1はボートレースからつの駐車場を舞台に、受講生たちが自分のクルマを使用して走行トレーニングを実施。
パイロンで設けられたショートコースながら、走行解析システム「デジスパイス」を使用することで自分のドライビングが可視化されていることが同スクールの特徴のひとつとなっており、講師陣のデータと比較してドライビングのレクチャーを行なうことによって、クリッピングを意識したライン取りやブレーキングおよびアクセルオン・オフのポイントなどがわかりやすくレクチャーされている。
またヌタハラ・ラリースクールではドライバーだけでなく、コ・ドライバーも対象にしたレッスンが行われており、ドライバーともに走行トレーニングに参加することでドライビングのクセを把握したあと、別教室でコ・ドライバーを対象にした座学講習を実施。ここではペースノートの表現の仕方やリーディングのポイント、自分たちやライバルクルーのパフォーマンスの分析の仕方などを講師の経験を交えてレッスンしていることから、コ・ドライバーにとっても充実した内容だ。
このようにレグ1は基礎的なカリキュラムでレッスンが行われてきたが、ヌタハラ・ラリースクールの真骨頂はレグ2にあり、17日のレグ2は林道のワイディングに移動して、SSを舞台に実技走行を実施。レッキを経て、コ・ドライバーとともにペースノートでドライビングするなど、より本格的なトレーニングが実施されていることも同スクールならではの特徴と言えるだろう。
SSの距離は2km前後ながら、全日本ラリー選手権の「ツール・ド・九州」でも使用されている本格的なステージで、ドライバーはレグ1で学んだ基礎をSSで再現できるようにトレーニングを行うほか、コ・ドライバーもペースノートの作り方やリーディングを確認できる。もちろん、レグ2でもデジスパイスを使用したデータ解析が行われるほか、見本データとして奴田原がTRDのGRヤリスで走行したデータや受講生のマシンで走行したデータと比較できることから、ドライバーは自分の課題を意識しながら走行可能だ。
もちろん、奴田原が作成したペースノートも教科書として公開されていることから、コ・ドライバーにとっても得るものが多い。この林道での走行トレーニングを主体としたレグ2をもって、ヌタハラ・ラリースクールの密度の高いレッスンは終了となるが、この間にコーチの奴田原や炭山が、受講生のクルマに同乗してドライビングすることも同スクールの特徴と言える。
まさにヌタハラ・ラリースクールは充実したカリキュラムとなっているのだが、これに加えて講師陣の豪華なラインアップも同スクールの特徴となっている。
まず、総合監修を務める奴田原のほか、国内外のラリーで活躍し、現在は全日本ダートトライアル選手権で活躍する炭山裕矢がドライバー講師を担当。一方、コ・ドライバーは国内外のラリーで豊富な実績を持つ保井隆宏、全日本ラリー選手権で2度のチャンピオン経験を持つ藤田めぐみがコーチングスタッフを担当している。これに加えて、かつて奴田原のコ・ドライバーを務めて全日本ラリー選手権でチャンピオンに輝いたほか、GPS小型データロガー、デジスパイスの開発者でもある佐藤忠宜がデータ分析コーチを担当するなど講師陣も充実した顔ぶれだ。
このヌタハラ・ラリースクールについてドライバー講師の炭山は「減速・加速をどのポイントに持っていくのかが重要なんですけど、データロガーを使用しているのでわかりやすいですよね。これに加えてラリーではペースノート作りやコ・ドライバーとの連携も学べると思います。スクールでは僕や奴田原さんの声とデータで意識すべきポイントやヒントがわかるので、自信を持ってブレーキを踏めたり、ツッコミすぎがなくなったりできると思います」とのこと。
さらにコ・ドライバー講師の保井も「経験者が多いので、これからステップアップするためにどうすればいいのか? ドライバーが走行トレーニングで走らせ方を学ぶと同時に、コ・ドライバーもペースノートの表現の仕方やロストの防ぎ方、ライバルチームとの比較の分析の仕方を学んでもらうようにカリキュラムを組んでいます」と語る。
さらにデータロガーを駆使したレッスンについてもデータ解析コーチの佐藤によれば「もともとプログラムが本業なので、ライバルとの走りを比較したくてデジスパイスを開発しました。このスクールでは、タイヤの限界や荷重移動の基礎知識を学んだ上で、走行軌跡を見ながら、どういう風にドライビングを修正していくのかをアドバイスしています。エンジニアではなく、ドライバーが理解できるように開発したソフトなので、わかりやすいと思います。実際、データを見ていても2日間のレッスンで、多くの参加者がブレーキ、アクセルともにメリハリのあるドライビングができるようになりました」とのことだ。
事実、ヌタハラ・ラリースクールの参加者たちは、この2日間のレッスンで多くのヒントを掴んだたようで、九州ラリー選手権でドライバーとして活躍する城戸新一郎は「ラリー歴は20年ぐらいありますが、インプレッサからGRヤリスに乗り換えたことで、ドライビングに悩むようになりましてヌタハラ・ラリースクールに参加しました。レグ1のパイロンコースでドライビングのポイントがわかったし、レグ2の林道でもブレーキングが意識できるようになりました。今までアンダーステアが強かったんですけど、アンダーの原因は自分にありました。データも見やすいし、講師陣のアドバイスもわかりやすいので、2日間だけのレッスンでしたが多くのことを得ることができました」とのこと。
また城戸とコンビを組むコ・ドライバーの橋口由衣も「ラリーキャリアは7年ぐらいありますが、ペースノートの表現の仕方とか、知らないことも多かったので勉強になりました。ペースノートの作り方もブレーキングポイントを意識するようになったし、ドライバーと一緒に表現を考えるようになりました」と語る。
また三重県から参加したドライバーの笹岡亮佑も「ドライバーとしては6年目ですが、伸び悩んでいる状態だったので初めて参加しました。アクセルを踏みながら曲がっていたりと、データロガーで自分のドライビングの特徴がわかりましたし、ペースノートの作り方に問題があることも分かりました」と語れば、笹岡とコンビを組むコ・ドライバーの加藤昭文も「ドライバーもドライビングが見直せたし、それに合わせてペースノートも修正してきました。だいぶん、メリハリのある走りになったと思います。三重県からきた甲斐がありました」と手応えを語る。
「日本のレーシングスクールや海外のラリースクールを参考にしながら、講師陣と試行錯誤をしてカリキュラムを作ってきた。とくに経験何年以上という資格を設けていないので初心者も参加可能。スキルに応じたレッスンを行なっているし、できるだけ実践に近い形式のスクールにしたくて、参加人数を制限して密度の濃い内容にしているので多くのことを吸収してもらいたい」と奴田原が語るように、ヌタハラ・ラリースクールは実践的なレッスンとなっているだけに、若手ドライバーにとっては、ステップアップに向けて多くのことを吸収できるほか、キャリアのあるドライバーにとってもブレイクスルーのきっかけとなるに違いない。
マシンのアップデート以上に、クルーのアップデートは効果が高いだけに、SRS-フォーミュラが日本のレースシーンで名門スクールであるように、ヌタハラ・ラリースクールも日本のラリーシーンで名門スクールとなるに違いない。
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