デビュー戦でのポール・トゥ・ウイン。しかもトップ5を独占と、開幕戦はまさにGRスープラ祭りだった。テストではNSXも速く、練習走行、予選でもスープラと互角のタイムを刻んでいただけに、決勝では両車の好勝負が期待された。
しかし、実際にレースが始まってみれば、レースペースはスープラのほうが良く、NSXはRAYBRIG NSX-GTの6位が最上位というリザルトに。GT-R勢はさらに厳しく、最上位はCRAFTSPORTS MOTUL GT-Rの7位だった。
作家いしいしんじのモータースポーツ・コラム/レーシングドライバーたちの息子
ではなぜ、これほど明暗分かれる結果になったのだろうか? 大きな要因として、気温とタイヤがある。あらめてリザルトを見れば、予選も決勝もトップ6をブリヂストンのユーザーが占めている。
ブリヂストンにアドバンテージがあったことは明らかだが、そのなかでも選んだタイヤによって差が生じた。総じてスープラ勢のタイヤのほうが40度というホットな路面に合っており、NSX勢はより低い温度域のタイヤを選んでいたと推測できる。
KeePer TOM'S GRスープラの平川亮は、優勝後の記者会見で「相手が履いているタイヤは分かっていたので、2、3周踏ん張れたら後は引き離せると思っていた」と述べたが、実際その通りの展開だった。
また、トヨタ陣営は「気温が高くなれば自分たちが有利だろう」と、決勝を前に予想していた。
しかし、スープラが決勝で「強かった」のは、もちろんタイヤ選択だけが理由ではない。ライバルに対し、直線スピードが高かったことにも注目する必要がある。
NSXとの比較では5~7km/h程度速く、それがアドバンテージとなった。しかし、エンジン自体は基本的にLC500の正常進化版であり、昨年から大幅に性能向上したわけではないと、TRDの関係者は証言する。
実際、ドライバーのコメントを集約すると、ホンダ陣営とはエンジン性能に大きな違いはなく、ほぼ互角だと彼らは考えている。
平川は「スーパーフォーミュラでもそうですが、ホンダのエンジンは低速からの立上がりがいい。でも、最後の伸びはトヨタのほうが良く、気温が上がっても自分たちはスピードが落ちないのが強みです」と言う。
たしかに、ホンダ系のドライバーからは「ストレートの途中でスープラに離される」という声が多く聞かれた。
もちろん、それはエンジン特性以外にも理由があると思われるが、それでも予選やショートランのタイムは互角。決勝が暑かったことを考えても、温度上昇に対する耐性はスープラのほうが高いのかもしれない。
今シーズンに向けて、TRDは燃焼技術の向上に加え、冷却効率の向上、そして適正水温の維持に力を注いだという。
LC500よりも冷却効率が上がり、より適正な温度の空気を吸えるようになったことで、高温下でも高いパワーを発揮、維持できるようになったようだ。
今回の富士では、エンジン本体の性能アップ以上に、インタークーラーを含む冷却性能の向上がプラスに作用したのだろう。さかのれば、RC Fの時代にTRDは吸気温の上昇に苦労し、LC500で暑さにも強いクルマを作りあげた。夏場のロングでたれないという美点は、スープラでさらに磨かれたと見ていい。
■DTMの主流であるハイレーキをGT500も採用
LC500からスープラにシフトし、もっとも大きく変わったのはアウターパネルだが、じつはシャシーの設計コンセプトも変化している。
今季よりGT500は、DTMとの統一車両規定に「かなり」準拠したClass1+αマシンに移行した。大きな変更点としてはデザインライン下やフロアなどエアロパーツの共通化、そして主要サスペンションパーツの共通化である。
いずれも開発の余地が少なくなり、特にサスペンションはジオメトリーの設計自由度が狭まったため、独自性を打ち出すことが難しくなった。
Class1のモノコックおよびサスペンションを設計したのはDTM側であり、彼らはすでに昨年からClass1規定のマシンで戦っていた。2019年11月の富士で開催された特別交流戦に出場したマシンがまさにそれであり、濡れた路面での速さは印象的だった。
その際、スーパーGT関係者の興味を惹いたのがレーキアングルである。フロントに対してリヤの車高が驚くほど高い、いわゆるハイレーキなマシンが多かった。
車高も総じて高く、ロー&フラットなGT500車両とはまったく違う設計思想を感じた。車高を高めるのは、路面μ(ミュー)が低い欧州のサーキットでローグリップなワンメイクタイヤのグリップを引き出すためであり、柔らかいサスペンションでロールを活かすことが目的である。
しかし、そのままだとリフトやダイブなどピッチング方向の動きが大きくなるため、それを抑えるアンチ系を強めたジオメトリーになっているのではないか? と、GT500のエンジニアは分析する。路面μ、タイヤグリップ共に高いスーパーGTのマシンには、本来マッチしない設計のようだ。
今季の開幕戦に姿を現したGT500は、多くのマシンがハイレーキを採用していた。特にスープラとNSXは前下がりなマシンが多く、GT-Rは全体的にフラット気味だった。
レーキアングルをつければフロントのフロアが路面に近づき、グランドエフェクト効果が高まる。また、前傾姿勢になることでボディ全体でウイング効果を得やすくなる。つまり、規則変更により失われたダウンフォースを取り戻す効果があり、DTM車両がハイレーキを採用していたのもそのためだ。
フロントとリヤを比べると、ディフューザーやウイングを備えるリヤに対し、多くを下面に頼るフロントはダウンフォースの確保が難しい。
空力感度はフロントのほうが高く、前後の車高を平行に上げたとしたら、まずフロントのダウンフォースが減り、アンダーステアが強まる。
そのため、空力を前後同じバランスに整えようとしたら、どうしてもハイレーキになってしまうのだ。それもあって、スープラとNSXはレーキアングルをつけることを前提とした設計にしたのかもしれない。
■各車のレーキアングルから分かる狙い
TGR TEAM ZENT CERUMOの石浦宏明は「LC500とはコンセプトが大きく変わったと説明されたが、乗ってみたら最初から違和感なく走れた」と語る。
ハイレーキにすれば、どうしてもリヤの荷重は軽くなる。それを補うためサスペンションのセッティングを大きく変える必要があったようだが、ハンドリングに関してはLC500よりも安定感が高まり、むしろ良くなったという評価が多かった。
ハイレーキのデメリットとしては、全面投影面積が増えることなどにより、ドラッグが増すことが挙げられる。
ドラッグが増えればストレートスピードは伸びなくなり、実際、スープラ勢のなかでもレーキアングルが強いマシンは最高速が伸びなかった。
とはいえ、その差は最大5km/h程度であり、コーナー等で補えるのであればハイレーキも有効であると、トムスの東條力エンジニアは言う。
「スープラはそういう前提で設計されたクルマだから、レーキをつけても速度低下は意外と少ない。LC500だったらもっと差がついていた。だから、富士ではレーキを強めたハイダウンフォースと、フラットに近いローダウンフォースのどちらもアリだと思います」
ハイレーキでもリヤのバネを柔らかくしたり、ジオメトリーを調整するなどしてリヤを沈ませて姿勢をフラットにすれば、直線でドラッグを低減できる。重要なのは、全体のバランスだ。
スープラ勢のなかで、練習走行から予選まで一貫してハイレーキを貫いたのは、3位に入ったWAKO'S 4CR GRスープラだ。昨年、WAKO'S 4CR LC500をチャンピオンに導いた阿部和也エンジニアは、テストからハイレーキを前提に開発を続けてきたようだ。
リヤウイングに関してもかなり立てており、そのため最高速は他のスープラに比べて伸びなかった。それでも第3セクターの速さと、ブレーキングスタビリティの高さを生かし、決勝ではトムス勢に迫る速さを披露した。
ZENT GRスープラやヨコハマタイヤを履くWedsSport ADVAN GRスープラもハイレーキを採用していたが、一貫性はなくWAKO'S 4CR GRスープラほど仕上がりは良くなかった。
また、山下健太のスポット参加で注目を集めたDENSO KOBELCO SARD GRスープラは、やはりハイレーキを試すもうまくいかず、フラット気味に戻したが最後まで最適解を得られなかったようだ。
一方、トムス勢はWAKO'S 4CR GRスープラほどハイレーキではなかったが、特にKeePer TOM'S GRスープラは全体のバランスに優れ、直線もコーナーも満遍なく速かった。
なお、ダウンフォースバランスに関してはKeePer TOM'S GRスープラの方がややレーキがきつくフロント寄りで、au TOM'S GRスープラは後ろ寄りだったという。
阿部エンジニアは「決勝ペースには自信がありましたが、KeePer TOM'S GRスープラには敵いませんでしたね。次の富士に向けてコンセプトを見直すことも検討しています」と、素直に負けを認めた。
KeePer TOM'S GRスープラの完成度の高さが光った開幕戦だったが、果たして次の富士ではどうなるか? 各車のレーキアングルを見れば、どの方向を目指しているのか、ある程度見えてくる。第2戦でも、ピットレーンでのレーキアングル観察を続けたい。
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