(中編より)
圧巻なのは、最終確認工程だ。最終測定の工程はちょうど工場の敷地内の角を曲がったところにある。
クルマのパースペクティブ「第1回前編:T型フォード以来の生産革命、トヨタGRファクトリー」
塗装のチェックブースから自走して出てきたヤリスは、角地で90度右折して計測ラインに入る。
しかしトヨタはそこで大舵角を与えた後の応力がクルマに残るかもしれないことを嫌った。角地にはわざわざターンテーブルを置き、ステアリングが直進状態のまま、クルマはターンテーブル上で向きを変える。
■破壊的な戦略価格
しかしトヨタの念の入れようはそれだけではない。
ターンテーブルから出たところに連続したゴムの突起物を設置して、波状路を設けた。
ここでサスペンションに意図的に振動を与えて、どこかで加わったかもしれない応力を抜くのだ。そうやってコンディションを最善に整えた後、再度ハブセンターを基準に三次元測定が行われて、ようやく完成する。
こうして、これまで数千万円といわれてきた選別・高精度組み立ての車両が、大量生産される手法が確立された。
現時点では年産2万5000台。日産に換算して100台ほどである。恐ろしいのは価格である。最も高いトルセンセンターデフを持つGRヤリスRZ“High performance”で456万円。最安値の1.5NA・FF+CVTのGRヤリスRSはわずか265万円である。
参考として標準の5ドアヤリスは、ハイブリッドのFFかつ最上級トリム仕様のZが230万。それにモーター式四輪駆動を組み合わせたE―Fourにいたっては250万である。
目を疑う価格である。
筆者の想像するところ、あの組み立てラインで作られることによる付加価値は、普通に考えてプラス100万円、安く見積もってもプラス50万円くらいはあるはずだ。通常モデルに対して15万円とか35万円とかの価格差しかないとなれば、これはバーゲンというか、倒産放出くらいの値付けではないかと思う。
なんでこんな値付けが可能かを考えると、トヨタの「選別・高精度組み立て100万台計画」が脳裏に蘇ってくる。
GRファクトリーのキャパシティを考えれば、多少の増産ができたとしても100万台には遠く及ばないだろう。
つまり、トヨタはこのGRファクトリーで培った技術の一部を、ベルトコンベアの通常ライン製品にフィードバックするつもりではないのか?
セル生産は無理だとしても、各工程で行われている高精度組み立ての中には、流れ作業でも採用できる手法があるだろう。
それらをプリウスやノアにフィードバックするとしたらどうだろうか? いやそれはさすがに飛躍しすぎだとしても、次期86やカローラ・スポーツ、GR、あるいはレクサスFスポーツといった、スポーツ系のテイストを持つクルマにフィードバックされれば、商品力が上がるのは間違いないだろう。
「もっといいクルマづくり」は本来トヨタのすべてのクルマづくりの中に息づくべきものだ。これまで欧州メーカーの独壇場だった、「走り味のいいクルマ」。
それはBMWやプジョーのブランドイメージの主柱となっていたものだと思うが、どうやらトヨタはそうしたブランドの世界に王手をかけつつあるように思う。
【本稿はカー・アンド・ドライバー2020年12月号本誌掲載分をウェブ用に加筆修正したものです】
著者:いけだなおと●1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年にビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に独立後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行うほか、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている
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