3世代の500 8つの視点で
執筆:Akio Oya(大矢アキオ)
【画像】歴史を辿る【オープンした新施設と新世代500エレクトリックを見る】 全52枚
編集:Taro Ueno(上野太朗)
ステランティスのフィアット・ブランドは2021年9月22日、イタリア・トリノに新施設「カーザ・チンクエチェント(Casa 500)」および「ラ・ピスタ・チンクエチェント(La Pista 500)」をオープンした。
いずれの施設も、旧フィアット・リンゴット工場再開発ビルの屋上部分に開設された。
「カーザ・チンクエチェント」はイタリア語で「(フィアット)500の家」を意味する。2020年7月、インターネット上で公開されていたヴァーチャル版に続く披露となった。
既存の施設「ピナコテカ・アニェッリ(アニェッリ絵画館)」の一部約700平方メートルを使用。
第二次世界大戦後のイタリアにモータリゼーションをもたらした1957年型、21世紀のチンクエチェントとして登場した2007年型、さらに2020年のEV版「500e(ヌウォーヴァ500もしくは500エレットリカ)」という、3世代のフィアット500を8つの視点から紹介する。
展示室の中心には1956年に製作され、FCAヘリティッジ部門が保有してきた開発用木製モックアップが据えられている。
例として「レガシー」のコーナーではフィアット500の産業・文化遺産的価値に焦点を当てる。
「メイド・オブ・イタリー」のコーナーでは、エットーレ・ソットサスによるオリベッティ社製タイプライター、アキッレ・カスティリオーニのブリオンヴェガ社製ラジオなど、イタリア工業デザインの象徴的プロダクトを展示。
それらとともに、フィアット500がいかに従来のデザインの常識を覆し、人々の認識を変えたかをアピールしている。
ノスタルジーではなく……
歴史ゾーンではインタビュー、広告、イベント、受賞歴など、歴代フィアット500にまつわるさまざまな動画コンテンツを閲覧できる。
スケッチや画像のコレクションはデザインの進化と、フィアットが3世代の500で試みた創造的冒険を見ることが可能だ。
館内のアーカイブ動画では、2007年型をデザインしたことで知られるロベルト・ジョリートは、ヴィアレッティ社のモカ(家庭用エスプレッソ・コーヒー沸かし)を手にとり、それがイタリア人の朝のスタイルを変えたように、(1957年)500もイタリア人の生活に変化をもたらしたことを示唆している。
同時に、2代目や3代目がノスタルジーによるものではなく、常に進化とより良い生活スタイルを求めた結果であることを強調している。
リンゴット・ビルの屋上ヘリポートでおこなわれた発表会場では、ロックバンド「U2」のボーカリストで、企業の販売収益の一部を慈善活動に役立てる(RED)のコ・ファウンダーであるボノが登場。自身の最初のクルマがフィアット車であったことを明かすとともに、今回の新施設を「セクシーでスマートな計画」と評した。
そうした彼の財団の活動に貢献すべくフィアットは500eをベースに、車体色やシート、アクセレレーション・ペダルなどにレッドを使用したバージョン「ヌウォーヴァ(500)RED」を発表した。イタリア国内価格は2万2800ユーロ。
伝説の屋上テストコース
2つめの新施設「ラ・ピスタ・チンクエチェント(500コース)」は、旧リンゴット工場再開発ビル屋上の旧テストコースに4万本の植物を植樹。庭園として開放するものである。
ラ・カーザ・チンクエチェントが「家」であるのに対し、こちらは「庭」という位置づけだ。
面積は2万7000平方メートル、周遊路の1周は1kmにおよび、欧州最大の屋上庭園(フィアット発表)を誇る。
監修は、2014年ミラノに完成したタワーマンション「ボスコ・ヴェルティカーレ(垂直の森)」で話題を呼んだイタリア人建築家ステファノ・ボエリが担当した。
この旧屋上テストコースは、従来も自動車愛好家イベントや新車発表会、さらにテナントとして入居しているホテルのゲスト用ジョギングコースに至るまで、さまざまな用途に用いられてきた。
だが半恒久的施設としては、今回のピスタ・チンクチェントが事実上、再開発後初のプロジェクトとなる。
地元紙によると、当初はEVである500eのプロモーション用途を計画していたが、その後「トリノをはじめ地域社会全体のため、永遠に残る作品に再投資することを決定した」と、ステランティスのチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)兼フィアット・ブランドCEOのオリヴィエ・フランソワはふり返る。
当初オープンは2021年7月を予定していた。筆者もその段階で十分に完成していたのを確認している。
しかし、植物群の定着を考慮して、9月まで公開が延期された。
独特な欧州最大級自動車工場
フィアット旧リンゴット工場は、地上5階、全長約500mで1923年に落成した。
1フロアでの組立工程が終わるごとに上階に車両を移動させ、最後に屋上で走行試験をおこなうという、独特かつ欧州最大級の自動車工場だった。
建築家ル・コルビュジエは複数回にわたり見学。また1969年の米英合作映画「ミニミニ大作戦」の撮影にも使われた。
1982年「ランチア・デルタ」生産を最後に操業を終了。
ただし解体されず、建築家レンツォ・ピアノによってリニューアルが進められた。
1990年代後半には商店街やオフィス、ホテルなどを含む複合施設へと生まれ変わっていった。屋上にはヘリポート付きドーム状会議室や、前述の絵画館が設置された。
ただし工期は日本と比較して遅く、筆者が初訪問した2000年には、自動車工場を思わせる打ち放しコンクリートがまだみられた。
旧市街から遠く、客足も今ひとつだった。さらに2002年のフィアット社経営危機で、隣接の旧フィアット航空機工場とともに建物は不動産企業に売却される。
その後2006年トリノ五輪組織委員会の入居と前後してテナントが増加。2010年の地下鉄延伸で、さらに賑わいを増した。そしてトリノ工科大学の学科も移設されて今日に至っている。
今回のカーザ・チンクエチェントとラ・ピスタ・チンクチェントによって、イタリア20世紀を代表する建築物は、再び新たな命を吹き込まれたことになる。
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