あれ、アトリエ注文したっけ?(汗)
text:Kazuhiro Nanyo(南陽一浩)
【画像】楽しい1台は?【アルピーヌA110とポルシェ718ケイマンを比較】 全86枚
photo:Keigo Yamamoto(山本佳吾)
editor:Taro Ueno(上野太朗)
当日のお題はアルピーヌA110、とだけ聞かされていたので、現場に着いて目の前に現れたA110を前に、筆者は絶句した。
リネージには間違いないのだが、「チューリップ・ノワール」という紫色ボディカラーに、ゴールドの「セラック」18インチホイールを履いた、70s風にパンチの効いた1台だったのだ。
これは過去のアルピーヌのカタログから厳選されたヘリテイジカラーと呼ばれる29色の外装、ブラックかダークブラウンのレザー内装、3色のホイール数種に4色のブレーキキャリパー等々、それぞれを好みで組み合わせられ、ディエップ工場で1台づつ組み上げられるという「アトリエ・アルピーヌ」仕様。
このパーソナライズ・プログラムの実例として、アルピーヌ・ジャポンが取り寄せたオーダーサンプルで、当然、広報車の1台だ。
とはいえ何を隠そう、じつは昨年11月にアトリエ・アルピーヌが立ち上がった頃、筆者がコンフィギュレーターであれこれ選んで真っ先にできた「マイA110」が、他でもないチューリップ・ノワール&ゴールドホイール仕様だったのだ。
その後、茶系やブルー系に変節したとはいえ、証拠にスクショしていた画像も数枚ある。
ホイールはよりクラシックな「レジェンド」18インチを選んでいたとはいえ。そんなものを保存してあること自体、個人的にA110には相当ツカまれている証拠ではある。
だから、自分の妄想仕様たるA110リネージが突如、リアルの世界に現れて、「注文したっけ?(汗)」という錯覚に襲われ、焦った。
趣味を見透かされたと同時に、「その癖、まだ注文していないのか?」と、暗に詰め寄られているようで。
こう書くとイヤらしいが、筆者はこれまでA110に5000km近く試乗して、その大半はフランスで、アルプスの峠道ばかり1000km超という、およそアルピーヌの何たるかを味わうのにこれ以上ないであろう経験もしてしまった。
だから五輪直前期でポリスだらけ、かつ小雨降りしきるお台場でチョイ乗りしたところで、何か新しい印象が今さら沸くだろうか? と。
スポーツカーとしての、スジのよさ
だが紫&金仕様のA110に乗り込んで、1つ目の角を曲がって早々に、身体が思い出してしまった。
交差点を直角に曲がっただけなのに、ステアリングを軽く押す手のひらから、サベルトのレザーシートの抜群のサポートに支えられた肩甲骨から骨盤へ、さらに足先までが一気に繋がる感覚。脊椎を中心に操舵が効いて、その応力と後輪駆動の感触が、腰回りに鮮明に伝わってくる、あの一体感がまざまざと、強烈に蘇ってきたのだ。
街乗りごときで、ドライバーをかくもハッピー方向によろめかせるのは、運動体としてクルマとしてスポーツカーとして、そのスジのよさに尽きる。
ベクタリングとか制御といった小手先で誤魔化すところが、一切ないのだ。
やっぱりこの先、長いこと所有したくなる&つき合えるスポーツカーを手に入れるのに、残価設定ローンはありえないよな……と確信させられる。しかもボディカラーから自分好みに仕立てられたのなら、尚更だ。
もう1つ、A110が低速域でもドライバーの感覚を研ぎ澄ませる小さなディティールとして、前々から気づいていたのだが、字数の関係で触れなかったことにも触れておく。
それは、フロントスクリーンの枠にプリントされた切り欠きがあること。
これはステアリングセンターと重なり、剣道で切っ先を相手の喉に合わせる中段の構えのように、路面に対してステアリングの中立位置を無意識に意識させる照準というか、目印となる。
そもそもコーナリングマシンらしい細部だし、パワーや小手先で備える以上に、目の前の道に構えを正して対峙する武道のような感覚の方が、スポーツカーの基本に相応しいと思う。
妙な言い方は百も承知だが、人間でいう「人品骨柄」にあたる「車品骨柄」部分の卑しからぬところ。そういう造り手の堅固な意志やセンスよさが反映されている点に、A110の根源的な魅力がある。
軽さや重量配分、アーム長たっぷりのサスペンション・ジオメトリーといったフィジカル面はもちろん、低速域から扱い易くエレガントな挙動は、品位や品格とは獲得するものでなく、結果としてついてくるもの、そんな元々の性格づけを語る。
色や仕様が段々と限られ始めている
だが、この紫&ゴールド仕様で、個人的に残念に感じた点もある。
それは、紫色のボディカラーにも関わらず、黒いレザー内装のステッチやステアリングセンターの巻きレザーが、ブルーしか選べないことだ。ボディ同色ステッチか、いっそブラック同色であれば、間違いなく、もっとまとまりよかったはずだ。
でもアトリエ・アルピーヌなら、ひとまず内装は濃いブラウンレザーが選べるはず。いっそアトリエ・アルピーヌというインディヴィジュアル・サービスであるからには、レザー内装のステッチ色はボディカラーに合わせて選べたら、もっと個々の完成度も満足度も高まるはずなのに。
もう1つ欲をいえば、今のところ限定リネージGTのみが用いるアンバーブラウンも、レザー内装色の1つとして選択できたらよかった。
というわけで撮影の合間、公式サイトで再びコンフィギュレーターであれこれ思案していたら、気になることがあった。
全29色と記憶していた外装色が、オレンジ系などが落ちていつの間にか26色になっている。
いずれホイールやキャリパーを先に決めて、最後に外装色を選んだところ、「本カラーは現在受け付けしておりません」という表示が出てきてしまう。どういうことだ?
念のため、アルピーヌ・ジャポンに確認したところ、こんな回答が返ってきた。
「じつはディエップ工場の生産枠の関係で、現行のアトリエ・アルピーヌから色や仕様が段々と限られ始めていまして」
「当初の予定通り、1色につき限定110台生産枠に達したものと、そうでないものとありますが、ひとまず生産に移すためだそうです」
「日々、刻々と対応の可否が変化していて、早めに申し込んでいただけたら……という状況なのです」
まるで、アルフォンス・ドーデーの「最後の授業」のフランツ少年よろしく、筆者の頭は、暗転した。
「嗚呼、ぼくにはロクな頭金もなければ与信枠もないじゃないか!」
納期は半年以上 後悔はしないはず
そこから先の試乗は、角を1つ曲がる度に、金策で頭がいっぱいになってしまった。
乗れば乗るほど、スポーツカーとはいえ、出せる速度や加速度だけが魅力のクルマではないこと。スポーツモードにすれば燃調が濃くなって、ポンポンと勇ましいバックファイアが始まること。
この先おそらく、ICEのスポーツカーとして二度と現れないであろう素直な成り立ちの1台であることを確信して、しみじみと荒涼が、交互に押し寄せてくる。
5000km超も試乗してきて、自分は一体、何をうかうかしていたのだ?
脳内BGMはいつの間にか、セルジュ・ゲンズブールの「Je suis venu te dire que je m’en vais」が鳴っている。残念だけどあばよ、的な歌だ。
ちなみに各色とも110台上限であるがゆえ、この日のチューリップ・ノワール仕様には「06/110」という刻印プレートがセンターコンソール下に備わっていた。
チューリップ・ノワールは70年代にカタログ・ラインナップされていたが、5台しか市販車として世に出なかった。そんなレア中のレアな色の現行車6台目という希少さには、グッとくる。
いずれ現行A110の生産は2023年まで続行することは、ルノーの新社長に就任して1年が過ぎたルカ・デ・メオ自身が確定しているし、これより先、アトリエ・アルピーヌ向けの生産枠が、これまでとは異なるカタチで復活しないとも限らない。
とはいえ、注文できるなら今、納期は半年以上あるが、頼んでおいて後悔はしないはず。そう、すでに後悔している立場から断言しておく。
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