Ferrari F8 Tributo
フェラーリ F8 トリブート
フェラーリが生み出したV8ミッドシップモデルの最高傑作!全方位隙なしのF8 トリブートを駆る 【Playback GENROQ 2020】
過去最高の快感
フェラーリF8トリブートが日本の路上に放たれた。720ps/770Nmのパワーとトルクにより、恐ろしいほどの速さと素晴らしいアジリティ、そして極上のエンターテイメントを実現している。もしかしたらフェラーリ最後の純エンジンV8ミッドシップとなるのかもしれない、至高の1台を西川 淳が試す。
「現地試乗で進化と熟成ぶりに感嘆した記憶も生々しいが、分かっていても驚く」
「やっぱり、凄いわ」
走り出して思わず出た第一声がそれだった。昨年の9月にマラネッロで試乗して、進化と熟成ぶりに感嘆した記憶も生々しいというのに。分かっていても驚く。やっぱり凄い。
最新世代の跳ね馬V8ミッドシップ、F8トリブートが遂に日本の公道を走り出すことになった。日本のナンバーを付けて待ち構えていたF8は、外装ロッソコルサに内装ブラックという何とも“伝統的”なコーディネーションだったゆえに、フェラーリの多く棲息する港区にすんなり馴染んでいるように見えた。
それでも初物の跳ね馬を駆るという行為はいつだって心躍るものだ。イタリアで試乗済みとはいえ、日本の舗装路面で乗ればまた違う感覚が芽生える、なんてこともまたザラにある。イタリアでの印象は上々の上だった。期待に一層胸が膨らんだ。果たして、日本で乗るとどうか?
「F8 トリブートは“手の内に車体の収まっている感”が強い」
乗り込む。歴代V8モデルにはすべて乗ってきた、と言っても所有したモデルは限られる。ことに458イタリア以降はテストカーが中心だ。それゆえ、F8に乗り込んでも正直、新鮮みを感じることはなかった。このあたり、458から488、そしてF8へと最新世代のV8を乗り継ぐ真のフェラリスティのほうが、見える景色の細かな違い、例えば丸くなったエアコン吹き出しなどが目について、かえって新鮮に思えることだろう。F8に乗りこんで、景色は代わり映えしないなと言っているようではロイヤルカスタマーの資格はない。
マネッティーノをまずはスポルト(今日は首都高メイン)にし、走り出す。ノーズをリフトアップさせ軽い段差を慎重に越えて一般道へと出た刹那、冒頭のフレーズが漏れた。
いったい何が凄かったのか。
“手の内に車体の収まっている感”が凄いのだ。乗り心地の良さ、ボディの強さ、アシまわりのしなやかさ、そしてパワートレインの精密さ、それらが高レベルで融合し、いい意味でこれまでのV8ミッドシップにはなかったドライブフィールを実現している。もちろん、そのことはマラネッロで試乗したときにも感じてはいた。なにせフェラーリの試乗会では初めてナビシートで眠りこけてしまったほどだったから、ミッドシップスーパーカーでありながら、近年まれにみる洗練されたライドコンフォートの持ち主であることはあらかじめ知ってはいたのだ。
「812スーパーファストあたりと共通する、安定志向のフィーリング」
それでも勝手知ったる日本の道で再確認すれば、その望外の仕上がりに改めて驚くほかなかった。これは何も今回のF8に限った話ではなく、マラネッロ製跳ね馬の最新モードでもあった。ポルトフィーノや812 スーパーファストでは既に高性能モデルのグローバルスタンダードというべき上質なライドコンフォートを明確に得ている。一方で488 ピスタのようなスペシャルモデルにおいては、一定のコンフォート性を表現しつつも、硬派さを滲ませた“スペシャル”な味付けをしっかり提供していたのだった。
F8トリブートは前者に属する。なるほどパワースペックは488 ピスタとほとんど変わらない。最大トルクの発生回転が違うのみだ。けれどもすぐにそうだと思えるほど刺激的な走りをみせるわけではない。特にフロントアクスルとドライバーとの頼もしい一体感などは812スーパーファストあたりと共通する、安定志向のフィーリングだと思った。
「あらゆる要素が高いレベルで融合し、かつてないドライブフィールを実現した」
しばらく一般道を走ったが、とにかく自由にかつ快適に操れるという点に感心するほかない。すぐにマシンへの信頼感が生まれる点もまた、これまでのV8ミッドシップフェラーリとが違う美点だろう。なるほどマラネッロが珍しく“一粒で三度”に挑戦したモデルだけのことはあって、実用的なドライブにおける完成度の高さには、最早文句のつけようがない。早く長距離テストをやってみたいものだ。ひょっとすると、ミッドシップでありながら極上のグランツーリズモとしても活用できるかも知れない。否、おそらくはローマあたりがそのさらに一段上を行きそうな気配もあるが・・・。
首都高に乗ると、幸いにも空いていた。レースモードを選んで気持ちよく流す。7速DCTの変速キレ味は488 GTBに比べて一層鋭くなっており、まるでパドルシフトが直にギヤを動かしているかのようだ。このダイレクトな繋がりがダウンシフトはもちろんのこと、アップシフトの楽しさをも生み出してくれる。制動フィールにも感動した。街中ではやや唐突に効く感じがあって、慣れるまでに5分ほど掛かったけれど、速度が上がってくれば、そのタッチが逆に快感となっていく。右アシがBペダルを踏んだことでタイヤが制動するのではなく、床下ごと停まるような感覚だ。これは速度域が上がれば上がるほど顕著になる。加速だけではなく、減速もまたファン。これが最新世代のスーパースポーツというものだろう。
「過給機付きであることを感じさせないリニアでかつシームレスなエンジンフィール」
攻め込んだときの精緻なステアリングフィールもまた、驚くべき完成度に達したと言える。実用的な操作感との両立という意味でも注目に値する。手応えは常にがっちりとしており、それでいて不安を覚えない範囲でニンブルかつダイレクトだ。にも関わらず前輪にはしなやかさが十分にあって、自信を持ってステアリング操作を継続することができる。その間、後輪はドライバーの積極的な操作を支持するかのようにしっかりと路面を咥えこんでいる。この安心感、安定感がたまらない。
安心して踏んでいけることが嬉しいと思える理由は、ドライバーの背後に積まれたF154CGユニットのもたらすエンジンフィールが極上であるからに相違ない。低回転域から溢れ出す大トルクこそイマドキのターボエンジンらしいものだが、3000rpmで最大トルクを発揮したあとの回転フィールはというと、まるで精密な高回転型大排気量自然吸気ユニットのようだ。過給機付きであることを感じさせないリニアでかつシームレスなエンジンフィールには12気筒エンジンにも負けない気持ちよさがあると思った。マラネッロは意地でもV8ターボをNA級に気持ちよく仕上げたかったのだ。
「走り出した瞬間から満足感に浸れる。これこそ真のハイパフォーマンスカーだ」
ひと走り終えて、再び一般道に戻る。ゆっくり街中を流していても、クルマの完成度の高さが分かる。これは最新の高価な高性能モデルに今最も重要なパフォーマンスのあり方だ。虚仮威しの演出されたサウンドなど最早必要ない。周囲を驚かせるギミックも要らない。オーナーがそのクルマを駆ってガレージを出発した瞬間から、いいクルマを買ったという満足感に浸れるライドフィールがあること。それが真の最新ハイパフォーマンスカーであることの証左である。
812スーパーファストでいち早くその領域に達していたマラネッロは、大黒柱のV8ミッドシップモデルでもそれを実現した。その実現のために458から488、そしてF8へと異例の同一プラットフォーム三世代熟成を選んだのかも知れない。期待をいい意味で裏切ることもまた、フェラーリというブランドの真骨頂というべきであろう。
熟成にして革新であった。
REPORT/西川 淳(Jun NISHIKAWA)
PHOTO/小林邦寿(Kunihisa KOBAYASHI)
【SPECIFICATIONS】
フェラーリ F8トリブート
ボディサイズ:全長4611 全幅1979 全高1206mm
ホイールベース:2650mm
乾燥重量:1330kg
エンジン:V型8気筒DOHCツインターボ
総排気量:3902cc
最高出力:530kW(720ps)/7000rpm
最大トルク:770Nm(78.5kgm)/3250rpm
トランスミッション:7速DCT
駆動方式:RWD
サスペンション形式:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク(カーボンコンポジット)
タイヤサイズ(リム幅):前245/35ZR20(9J) 後305/30ZR20(11J)
最高速度:340km/h
0-100km/h加速:2.9秒
車両本体価格:3246万3000円
※GENROQ 2020年 5月号の記事を再構成。記事内容及びデータはすべて発行当時のものです。
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