シルエットレーサーの究極形 935/78
ポルシェ911 カレラRSR 2.1ターボは、ブレーキペダルのストロークが不自然なほど長い。加速から減速へ移行する瞬間には、若干の不安定感が漂う。
【画像】「スピード抑制」から生まれた高速ポルシェ カレラRSR 2.1ターボ 935/78 GT1 917Kと718も 全128枚
フロント・サスペンションは、トーションバーからチタン製コイルスプリングとマクファーソンストラットへ刷新されている。ダンパーもビルシュタイン社製だが、ノーズダイブが小さくない。グリップ力を読みにくく、リアタイヤの限界は掴みにくい。
そのかわり、情報量豊かで見事な重み付けのステアリングが、僅かな自信を与えてくれる。高速コーナーでは、911らしい穏やかなアンダーステアをなだめ込める。
1974年のル・マン24時間レースを含む、世界スポーツカー選手権では、ヘルムート・コイニク氏や、ヘルベルト・ミューラー氏、ジィズ・ファン・レネップ氏といったドライバーが、カレラRSR 2.1ターボと格闘。コンストラクターで、総合3位を掴んだ。
そんな、モンツァやニュルブルクリンク、ブランズハッチなどで競った経験が落とし込まれたのが、1976年にデビューしたシルエットレーサーのポルシェ935。今回は、その究極形といえる、1978年式の935/78にご登場いただいた。
ダイナミックなフォルムを目の当たりにすると、911然とした容姿のカレラRSR 2.1ターボから、4年しか開発時期が違わないことに驚く。極めてワイドなフェンダーラインに、長く伸びたテールや突き出たウイングなど、プロトタイプの雰囲気を漂わせる。
ワイドなボディは通称モビー・ディック
実際、935/78は公道用の911とは別物だった。それ以前、ポルシェは2年間に渡って、概ね市販の911 ターボをベースとした935/76と935/77を、レーシングチームへ提供していた。
しかし1978年シーズンは、シルエットレーサーの規定の網を最大限に利用した新マシンを開発。ファクトリー・チームとして、勝利を奪うことに専念している。
その規定とは、ボディ構造の領域。フロントとリアのバルクヘッドの間を維持すれば良いという、緩い制限へ目が付けられた。主任技術者のノーバート・シンガー氏が率いるチームは、930用シェルのキャビン部分を残し、前後をまったく別の設計へ置換した。
前後のフレームを構成したのは、軽量なアルミ製パイプ。これを、キャビン部分へ組まれた、アルミ製ロールケージへボルトで固定した。このシャシーを覆ったワイドなボディは、その形状から白鯨を意味する「モビー・ディック」とチーム内で呼ばれた。
935/78では、エンジンも別物だった。開発を率いたハンス・メッツガー氏は、935/77の水平対向6気筒ツインターボを、3.0Lから3.2Lへ拡大。ツインカム化し、4バルブのシリンダーヘッドも組んだ。更に、水冷化されてもいた。
最高出力は、予選仕様で約860ps。安全マージンを取った本戦仕様でも、約760psに達したという。結果として、これまでに開発された911の中で、最も強力なレーシングカーとして歴史に名を刻んでいる。
強烈な心象を残す大胆なマルティニ・カラー
流線型のボディが示すように、935/78の開発で念頭に置かれたのは、ル・マン24時間レースで走るミュルザンヌ・ストレート。それに先駆け、マシンを完璧に仕上げるべく出場したのが、1978年のシルバーストン6時間耐久レースだ。
ステアリングホイールを握ったのは、ジャッキー・イクス氏とヨッヘン・マス氏。かくして、予選ではポールポジションを奪取。ファステストラップを更新しただけでなく、2位でフィニッシュした935/77Aに7周差を付け、優勝を果たしている。
その勢いのままフランスへ。ところが、ル・マンでは燃料消費が多すぎ、メカニカルトラブルにも見舞われ、総合8位に留まった。それでも、ミュルザンヌでは366.1km/hを記録。プロトタイプレーサーのポルシェ936より、約20km/hも速かった。
ちなみに、1978年に総合優勝したのは、プロトタイプのルノー・アルピーヌA442B。2位と3位には、936-78と936-77が入っている。
2024年に目の当たりにする935/78は、強烈な心象を残す。恐らく、レッドとブルーの大胆なマルティニ・カラーが印象を強めているのだろう。
ドアを開くと、フェルトで覆われたバケットシートが出迎えてくれる。911 カレラRSR 2.1ターボとは異なり、運転席は右側。FRP製のフロアパンへ足を載せないよう気を使うものの、それ以外の景色には親しみが湧く。
フロントガラスやリアガラスの形状は、紛うことなき911。リムが細めのステアリングホイール越しに、5枚のアナログメーターが見える。文字が打ち出された、ダイモテープのラベリングが懐かしい。
一拍おいてカタパルト発進のように強烈な加速
トランスミッションへ続くリンケージは露出。フロア部分には、アンチロールバー・アジャスターが突き出ている。シリアスなマシンなことは間違いない。
ギアは4段しかなく、最高速度は370km/h近く。レシオはかなり高いが、3.2Lツインターボ・フラット6は、カレラRSR 2.1ターボのユニットより遥かに扱いやすい。
ストロークの長いアクセルペダルを踏み込むと、一拍おいてブーストが上昇。カタパルト発進のような、強烈な加速に見舞われる。あっという間に935/78はストレートを走りきり、ブレーキングゾーンへ突入する。
暴れん坊なカレラRSR 2.1ターボより、俄然安定している。高速コーナーでも落ち着きは失わず、ラディカルRS10のようなシャシーバランスを備える。速く走るほど充足感が増し、コミュニケーション力も豊かになっていく。
ブレーキングをギリギリまで遅らせ、早めに加速へ移っていける。この扱いやすさから、カレラRSR 2.1ターボより、ル・マンのサルト・サーキットを20秒以上も速く周回できたのだろう。
思わず、ミュージアム・コンディションにあるレーシングカーの限界を探りたくなってしまう。マジウィック・コーナーからの脱出では、リアアクスルを悶えさせながら、700馬力以上のパワーを活用できた。
圧倒的な速さを披露した935/78ではあったが、強すぎるが故に、それ以前の935を購入していたレーシングチームは反発。ポルシェは彼らの意見を尊重し、1年限りでの引退が決まった。
この続きは、カレラRSR 2.1ターボ 935/78 GT1 911を3台乗り比べ(3)にて。
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みんなのコメント
なんにしても935-77.935-78ターボかっこいなあ
醜いGRヤリスみるとうんざりする
クルマは美しくなきゃだめ
市販車ではフェラーリやランボルギーニが好きな人にも刺さるほど、独特の「行き切った感」みたいなものが感じられて好きですね。