オペルの日本市場再参入を知り、ボクは胸が熱くなった。「やっとオペルが帰ってくる!」と。なぜなら、かつてわが家にオペルがあったからだ。
オペルは祖父のクルマだった。祖父が初めて購入した輸入車である。初代アストラのサルーンだった。ボディカラーはグリーン。当時4~5歳だったボクは、「イエローがいい!」と、言ったが、それはサルーンには設定がないスポーツグレード専用のボディカラーだったため、カタログモデルのグリーンになったという。
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オペルを選んだのは祖母の意向。「フォルクスワーゲンはたくさん走っているからイヤ」が、最大の理由。そこで、予算(200万円~300万円)に収まるドイツ車ということでオペルになったらしい。メルセデス・ベンツやBMWなどのほかのドイツ車は、予算もさることながら、“イメージ”が好きではなかったそうで却下。オペルの“クリーンなイメージ”が良かったという。
祖父の愛車だった初代「アストラ サルーン」。ちなみに、祖母は免許を持たない。ゆえに、同価格帯のモデルについての知識はほとんどなかったそうで、たとえばフォード「モンデオ」やプジョー「306」などは知らなかったという。オペルについては何らかの宣伝で知ったらしい。当時、輸入元のヤナセが大量の宣伝を投下していた効果だったのかも。というわけで、祖父のクルマ選びはオペル1本に絞られた。
ちなみに、祖父はアストラ以前、ずいぶん長いこと三菱「トレディア」に乗っていた。乗っていた、と、言っても国内外の出張が多く、一時はイラクにも長期間いたためあまり乗ってはいなかったという。したがって、買い換える必然性もそこまでなかったようではあるが、故障の可能性なども考え、買い換えたという。
三菱「トレディア」はミラージュベースの4ドアセダン。ボクも、トレディアのことはよく覚えていて、当時(1995年ごろ)、祖父のクルマ以外に見た記憶は皆無。祖父が所有していたのは「スーパーシフト」と呼ぶ、副変速機付きの5MT仕様。副変速機を操作しながら祖父が運転していたのが懐かしい。
マニアックなサルーン祖父母はオペルを購入すべく、当時、町田駅(東京都)近くにあったヤナセに向かったそうだ。ボクもここへは度々連れて行ってもらった。今の輸入車ディーラーでは見られない、カーペット張りの床だったのをなぜか鮮明に覚えている。そして、初老のメカニックが丁寧にドアを開け、迎えてくれたことも記憶する。“はしゃいではいけない場所”と、子供ながらに覚悟したような……。
祖父母は初代アストラないしはベクトラの購入に向けて話を進めていた。ベクトラはモデル末期だったこともあり、アストラになったそうだ。オメガについては「こんなに大きい必要はない」という祖母の意向でナシ。
初代「ベクトラ」は1988年に登場。「アスコナ」の後継モデル。免許を持たない祖母は、性能などはまったく気にならないので、「ロゴがついていればおなじでしょ?」と、今でも述べる。ゆえに、アストラも「安価なモデルで」となったらしい。
とはいえ、サルーンになったのは祖母のこだわり。5ドアハッチバックやステーションワゴンは所帯染みて好みではなかったらしい。セダンのフォーマルな佇まいが好きだったという。
かくして、「アストラ サルーン CDX」がわが家にやってきた。たしか1996年ごろだったと思う。
当時、アストラはそれなりの台数を見かけたように思うが、サルーンを見たことはほとんどなかった。オープンモデルはちょくちょく見たが、サルーンをみた記憶はまるでない。トレディアといい、アストラ サルーンといい、さしてクルマに興味のない祖父がある種の希少車を乗り継ぐとは……。
カブリオレは、イタリア・トリノのベルトーネの工場で製造された。超マニアックな3代目ベクトラへそんな祖父がアストラ サルーンの次に選んだのは、またもやレアな3代目「ベクトラ」である。ユニークなドアミラーで話題を集めた2代目から、プレミアム路線に変更した3代目は、日本でまったくといっていいほど売れなかった。
2002 Opel Vectra3代目ベクトラは2002年に登場。“3代目ベクトラ”と、言っても、多くの人は「どんなクルマだったっけ?」と、首をかしげる。5ドアハッチバックの「ベクトラGTS」や、ショートワゴンの「シグナム」など派生モデルもあったが、それらを含めてもさっぱり売れなかったのだ。
ただし、クルマとしてはよく出来ていた。当時中学生だったボクが思う“よく出来ていた”とは、快適装備の充実ぶりだ。300万円台(当時)の輸入車では考えらなかった、6連奏CDチェンジャー+MDプレイヤー、フロント電動調整式シート(運転席はメモリー機能付き)、リアウインドウサンシェードなどが標準だったのだ。
電動調整式シートのメモリー機能は、シート位置やドアミラー位置にくわえ、なんとルームミラー位置も記憶。スウィッチひとつで、設定したポジションまでルームミラーが電動で動くのだ! ルームミラーまで電動で動くモデルは今も昔もほとんどない。「ベクトラすげぇー」と、大いに感動したのを覚えている。
派生モデルの「シグナム」も日本で販売された。なぜ、祖父は3代目ベクトラを選んだのか? 理由はボクの意向である。祖父のクルマ選びを指南したボクは、前述のとおり中学生になっていた。いつのまにかクルマ好きになっていたボクは『CAR GRAPHIC』や『UCG』、『NAVI』などの雑誌を読み漁っていたうえ、インターネットも使えるようになっていたので『web CG』なども頻繁にチェック。それなりにクルマ情報は持っていたように思う。そこで、アストラを買い換えるにあたり、ボクがいくつかのクルマを提案した。
1台は3 代目ベクトラ、もう1台はプジョー「406」、そしてリンカーン「LS」とジャガー「Sタイプ」。祖父母の意向を踏まえた上の結果だったように思うが、われながらいいセレクトだったと思う。
祖父母と相談した結果、LSとSタイプはボディが大きいためNG。406は、「フランス車は故障の不安が……」ということでNG。そこでベクトラになったのだ。
リンカーン「LS」は、2000年に登場。日本仕様は右ハンドルも選べた。当時、参考にした『web CG』の記事をあらためて読み返すと、5つ星評価のうち星4つを獲得している。記事には「実際、室内は広い。特に、先代からのボディ拡大分の大部分を消化したリアシートは余裕の空間。ベクトラをショファードリブンとして使うヒトが出てきても、なんら驚かない」「見かけよりずっと活発なハンドリングも加点要素だ。サスペンションがスロットル操作によく反応し、活き活きとした印象をドライバーに与える」と、記されている。
執筆者は誰だろう……と、思いスクロールするすると“webCG青木禎之”の文字が。今、ときどき仕事をご一緒している青木ヨシユキさんではないか! 中学生のときに何度も読んだ記事を、まさか青木さんが執筆されていたとは……オペル復活に次いで胸が熱くなった。
瀬戸際の売却祖父が購入したベクトラは、素のモデルだった。素のモデルで前述の快適装備が一通り備わっていたのだからすごい。ボディカラーは鮮やかなブルー。シルバーや紺が多いベクトラでは希少色だった。
アストラ サルーンやトレディアをほんと見かける機会がなかったように、ベクトラも、祖父のクルマ以外を見かけることはほとんどなかった。最新モデルのうえ、先代ベクトラ(2代目)はそれなりに販売されたはずなのに……。
当時、日本のオペルはプレミアム化路線まっしぐら。装備や仕様を見直し、従来のオペルからワンランク上の価格帯になった。が、消費者はそれを受け入れなかった。しかも、輸入元移管に伴うヤナセとの軋轢から販売店舗数も激減。結果、2006年にオペルは日本から撤退した。なるほど、ほとんど3代目ベクトラを見なかったのも納得である。
3代目ベクトラは、2006年にフェイスリフトを実施。しかし、オペルの日本市場撤退のため、フェイスリフトモデルは日本へほとんど導入されていない。祖父のオペルはその後どうなったのか? 「整備で苦労した」などのエピソードを読者は期待するかもしれないが、そういうこともなく、日本撤退前後に売却したのだ。理由はよく覚えていない。結果的に、日本撤退に伴う中古車相場崩壊の波に飲まれなかったのだ。
ちょうどその頃、祖父母宅に届いたヤナセかGMジャパンからのダイレクトメールがすごかった。日本撤退に伴う在庫一掃セールのため、「40万引き」「60万引き」「80万引き」などの文字が躍っていたのだ。当時、もっとも高いモデルでも400万円台だったから、相当な値引き額である。
その後、祖父はオペルに乗ることはなかった。乗りたくても、正規輸入されなかったから乗れなかったのだ。
日本導入予定のコンパクトハッチバック「コルサ」。日本では「ヴィータ」の名で販売された。Opel Automobile GmbHしかし2021年、オペルが日本市場に復活する! もしかしたら祖父はもう1度オペルに乗るのでは? と、思ったが、それはないだろう。なぜなら80歳を超えた祖父は、このところ頻発する高齢者ドライバーの事故を受け、クルマの運転をやめてしまったからだ。
残念。もう少しオペルがはやく日本に復活していれば……と、孫として悔やむ。もっとも、エッヂの効いたデザインの最新オペルを祖父母がどう思うかは未知数であるが。
振り返ると、オペルのある祖父母の生活は地味だったように思う。でも、それこそ祖父母が望んだカーライフ。ドイツ車のあるシンプルな暮らしを望み、オペルを購入したというが、その目論見は叶えられたようだ。
祖父にオペルの印象を訊くと「いいクルマだったなぁ~」と、述べる。さしてクルマに興味のない祖父ゆえ、具体的な理由はわからなかったが、とにかくいいクルマだったという。
日本で今後、販売されるオペルも、祖父のような“旧来ファン”を裏切らないクルマであってほしいと願う。はたして、日本導入予定モデルはいかに? 今から楽しみである。
文・稲垣邦康(GQ)
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