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なぜ「シーマ」だったのか? バブル絶頂時に「現象」を巻き起こしBMWやベンツすら凌駕した恐るべき日産車

バブルならではの値付けでも売れた1台

 1988年。今では伝説となったバブル絶頂期のその年は昭和、平成、そして今の令和まで語り継がれる、1台のハイソカーが登場した年でもあった。

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 1988年と言えば青函トンネル(58.85km)が開通し、東北新幹線・上越新幹線が開業。殺人事件!? でも有名なオリエント急行が日本に上陸し、三億円事件の民事時効が成立。またバブル期を象徴する六本木のディスコ、トゥーリアの店内で約2トンの照明が落下するなどの事件が起こったことでも有名だ。

 そんな1988年前年に登場した日産セドリック/グロリアのプラットフォームをベースに、国産セダン初の流麗な3ナンバーボディを纏って華々しくデビューしたのが、スペイン語で頂上を意味する、ピラーレス4ドアハードトップの日産シーマだった。

 フードトップにメルセデスベンツの3ポインテッドスターならぬ、アカンサス(葉薊)を模したオーナメントが燦然と輝き、内装にはウール100%のファブリックや本革を贅沢に使用。また、上級仕様のエンジンは、当時泣く子も黙るVG30DET、3リッターV6ツインカム、255馬力。最高額グレードで510万円という価格は、まさにバブルならではの値付けと言える。

街のあちこちで見かけた大ヒット作

 80年代は六本木のカローラ=BMW3シリーズに代表される、バブルの勢いに導かれた空前の輸入車ブームでもあったのだが、そこに国産最高峰の高級セダンが分け入り、1年間で35000台以上を販売する。後に「シーマ現象」と呼ばれるほどの大ヒット作となったのである。

 ボディサイズは全長4890×全幅1770mm×全高1380mm、ホイールベース2735mm。87年デビューの8代目トヨタ・クラウンが全長4690mmはともかく、全幅が1695mmの5ナンバーサイズだった(3Lのロイヤルサルーンなどを除く/全幅1720mm)ことを考えれば、バブル期ならではの大型車と言っていい。

 シーマのバブル期ならではの魅力は、それまでの国産セダンとは一線を画すスタイリッシュなボディだけではない。フワフワでソフトなサスペンションと、当時国産最強だった255馬力、35.0kg-mのパワーとトルクがもたらす走行性能は、アクセルを床まで踏み込めば一瞬お尻を深く沈みこませ、タイヤのスキール音を発しながら、猛ダッシュ。

 しかし、ゆったりと走ればバブルに酔う婦女子を虜にする静かで滑らかな、ディスコのVIP ROOMさながらの広々としたVIP感たっぷりの空間でもあったのだ。無論、六本木のディスコの周りは、イケイケの輸入車とともに濃いブルーメタリックのシーマも数多く見られた。女子ウケ度の高さもまた、シーマ現象の大きなポイントではなかったか。

 筆者の周りでも大手出版社の編集部に勤務する身長およそ190cm、肩幅50cm以上、そして態度までデカい、夜道で会ったとしたら思わず一目散に逃げだしたくなるような強面の輩が「シーマは俺のためにあるクルマだ」とばかりに手に入れ、そこどけそこどけと、夜な夜な女の子を満載して都心を走り回っていたらしい(本人の豪語による)。高速道路の渋滞時、路肩をグイグイと我が物顔で走る姿を見かける確率が多かったのもシーマだったような・・・・・・。

 もっともシーマ現象はシャンパンの泡のごとく、シュワシュワとしている時間は長くない。シーマのデビューの翌年に世界を驚愕させた静粛性と走行性能で一世を風靡した、海外ではレクサスLSとして登場した日本名「初代トヨタ・セルシオ」に、やがてその座を奪われることになる。何しろ、全長4995mm×全幅1820mmのシーマをうわまわる3ナンバーボティに、1UZ-FE型4リッターV8エンジンを積んでいたのである。

シーマは日本車の大きな分岐点だった

 そんな1988年のシーマ現象について記憶を蘇らせていると、当時、個人的には輸入車一辺倒だったことを思い出す。愛車は六本木のカローラ=1985年型BMW325iに続き、バブルの波に乗って1987年には、当時のマセラティの販売代理店ガレージ・イタリアからマセラティビターボ2.5を購入。

 外車専門誌の寄稿も多く、それをきっかけに同年、おそらく日本で初めての輸入車購入ガイドの単行本「ぼくたちの外車獲得宣言」(リヨン社刊 1988年6月20日発行)を執筆、出版。メインテーマは「個性で選び、楽しむならゼッタイ外車、愛車選びは恋人選び」である。外車という表現自体、80年代的でバブルだ・・・・・・。

 ちなみに巻頭のカラーページは箱根のスカイラインを疾走するVWゴルフGTI、ランチャ・テーマieターボ、トランクにルイ・ヴィトンのバッグ満載のルノー5バカラ、そして愛車のマセラティビターボのキーと本革の車検証ケースにバローロという赤ワインが添えられている写真で構成されている。

 ランチャ・テーマieターボの見開きページには「オーバーブーストを与えられたテーマが、オフシーズンのリゾートを目指す。男と女。空がランチャブルーに染まらぬうちに」なんていう、自作のキャッチコピーが添えられていたりする。

 その単行本の出版記念パーティー。出版社主催で参加者男性3・女性7の比率で、新宿のホテル京王プラザで行ったあたりもバブル期ならでは。「ぼくたちの外車獲得宣言」は当時ヤナセのセールスマニュアルとして採用されたほか、その本が目にとまった、かの自動車評論家、巨匠の徳大寺有恒さんから、お住まいだったホテルのラウンジに招かれ「君は輸入車ばかりに興味を持っているようだが、あくまで日本車に軸をおいたほうがよい」と、パイプをくゆらせながら助言してくださった思い出がある。

 その後メルセデスベンツEクラスに乗り継いでいったのだが、バブル期に大人としていながら、バブルを満喫していながら、シーマとセルシオを所有しなかったことは、今でも後悔しているところだ。何しろ日本車の大きな分岐点、進化、文化の象徴でもあった2台だからだ。

 バブルを知らない世代で、しかし今、バブル期を体感したいというなら、セルシオよりもよりバブル臭の強い初代シーマの中古車をマイ・タイムマシーンとして探し、味わってみるのも悪くないだろう。 ただしバブル当時とは違い、女子ウケはしないだろーなー。もしカセットデッキが生きていたら、カバー・ガールズの「ショー・ミー」など80年代のディスコで流れていた曲のセットも忘れずに。

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