一部改良を受けたホンダの2シーター・オープン「S660」に、青木ヨシユキが試乗した。かつて本気で購入を考えたS660にあらためて乗った印象とは?
S660購入を諦めた理由
「ホンダS660にビートの薫りはありますか?」と『GQ JAPAN』デジタル・エディターのイナガキ氏。「うーん、あんまりないんじゃないでしょうか」。
S660のデビューは2015年。当初からホンダの開発陣は、同車を“ビートの後継”とみなされるのを嫌っていたが、エンジンをミドに搭載した軽スポーツとなると、ビートと比較するなという方が無理というものである。
Dan AOKIとはいえ、実際にステアリングホイールを握って走ってみると、両者がまったく違う存在であることがすぐに理解される。S660の方がずっと「スポーツカーしている」。
ビートのミドシップが、いわば1960年代から70年代のエキゾチックカーのようにある種の“記号”であったのに対し、S660のそれは、昨今のスーパースポーツ同様、キチンとダイナミクスに寄与している。ビートにように「アンダーパワー!」と、笑って諦めるのではなく、適度なアウトプットを上手に使って乗りこなそうと運転者に努力させる、そんなスポーツモデルに、S660は仕上がっている。
1991年に登場したマイクロミドシップのビートには何度も取材・試乗したが、その魅力は絶対的な動力性能とはまた別のところにあった。「ライフスタイル」と「スポーツ」を天秤にかけたなら、大きく前者に傾くクルマがビートだった。でも、全然それがイヤではなかったな。軽やかにどこまででもまわっていくかのエンジン音を背中に聞きながら、そのわりに“速くない”のをむしろ楽しみながら、ノンパワーのステアリングとストロークの短いシフトレバーを操って走らせるのが抜群に楽しかった。天気のいい日に幌を開けてドライブしているとわけもなく笑顔になるような、あっけらかんとしたキャラクターがよかった。個人的に大好きでした。
重ねて個人的な事情で恐縮だが、実はS660を「買おう!」と思ったことがある。四半世紀ほどを共に過ごしたスポーツカーを手放して、心の隙間を埋める後釜を探していたころだ(ちょっと大袈裟)。
S660は、若いホンダスタッフの熱情が実って市販化にこぎつけたというストーリーがよかったし、スポーツカーとしての“走り”も魅力的。もちろん絶対的には“軽”の限界があるけれど、過給機を得た3気筒はスポーツするのに十分なパワーを供給するし、わかりやすくシャープなハンドリングもいい。無限バージョンを借りに行った際には、「まぁ、バイクみたいなものですから」といわれ、「そうですね。思い切りのいいクルマですからね」と大いに納得したものである。
Dan AOKIが、しかし。実際に自分の愛車となったときのことを脳みその足りない頭でシミュレーションしてみると、あまりに荷物が積めないことが気になった。フロントエンドに設けられたなけなしのスペースはソフトトップの置き場として予約されているし、ボディ後部にはエンジンフードを兼ねたフェアリングが斜めに伸びている。ビートならリアトランクに簡易なキャリアを付けることもできたが、S660では難しかろう。
ホンダS660は、つまり開発にあたっての“スポーツカーの定義”があまりに狭いんですね。狭い峠道を独りでビュンビュン走ることしか考えていない、ような気がする。“スポーツカーのある生活”って、もうすこし豊かなものなんじゃないでしょうか。昭和な言い草を許してもらうなら、パートナーを乗せてドライブしたり、ときには泊まりの旅行にも行きたい。日常の用足しや、趣味やアクティビティの行き帰りにも、ちょっとしたスポーツ気分を味わいたい。S660のピュアさの追求は立派だけれど、ビートの「遊んだ人の勝ち。」の精神もすこしばかり継承してほしかった……って、そんな昔のキャッチコピー、おぼえてないか。
峠で本領発揮
久しぶりにS660に乗った。今年2020年1月にマイナーチェンジを受けて、フロントスクリーン外縁がボディ同色となったが、試乗車の「アラバスターシルバー・メタリック」という地味なカラーの場合、それがわかりにくいのが残念。「アクティブグリーン・パール」や「カーニバルイエローII」といった派手な色のほうが映えそうだ。そのほか、グリルやアルミホイールの意匠にも手が入れられた。
Dan AOKIグレード構成は、これまで通り上級版の「α」とベーシックな「β」の2種類。マイチェンの目玉であるアクセントカラーが縦断するシート表皮(本革+ラックスエード)、人工皮革「アルカンターラ」が巻かれたステアリングホイールやシフトノブは前者にしか装備されない。シートヒーター、衝突時の被害軽減ブレーキや誤発進抑制機能を含む「シティーブレーキアクティブシステム」が標準装備となるのも前者だけだ。αの価格は、6MT、CVTとも232万1000円。同じくβは203万1700円である。
ドアを開けると新しいシート地の恩恵で、黒とグレーに覆われた車内のビジネスライクな雰囲気が多少弱まっている。バックスキンが使われるステアリング・ホイールやシフターもレーシィでいい。ますますもって“スポーツ”を追求した印象だ。
Dan AOKIDan AOKIDan AOKI男ふたりを乗せての車内はさすがに暑苦しいので、さっそくソフトトップを外す。658cc直列3気筒ターボは64psの最高出力と104Nmの最大トルクを発生。830kgの車体を過不足なく運ぶ。ピークパワーは6000rpmで得られるが、そこまでまわさなくとも中低回転域から力強い。過給機付きエンジンの強みだ。そのうえカッチリした6MTがダイレクトに駆動力を後輪に伝え、痛痒感ないドライブフィールに寄与する。
サイドウィンドウを上げても風の巻き込みは相応にあるが、オープンスポーツとしてそれは別に欠点ではない。乗員間の背後に設けられた小さなリアガラスを開けると風の通りがよくなって、ウィンドノイズがむしろ気にならなくなるのがおもしろい。
Dan AOKIDan AOKIDan AOKIプリント高速道路を100km/hで走行すると、6速のトップギアで3000rpm付近。まだまだ余裕を残しての巡航だ。峠に入れば、S660の本領発揮。ボディの高い剛性感、それなりにパンチの利いた加速、そして路面にラインを描くかのような正確なハンドリングを再確認する。当たり前だが、ビートとは隔世の感がある。スロットルオフのたびに、プシューン、プシューン!とブローオフサウンドが響くのが嬉しはずかしい。
ひとしきりS660を堪能した後に、初めてホンダ・ビートに乗ったときのことを思い出す。NAユニットの「プーン」という独特のエンジン音を聞きながらテストドライブを始めて、感動したなァ。その運転感覚が、1年前に登場したNSXとソックリだったから。いま乗っているマイクロスポーツとニッポン初のスーパースポーツが一直線につながっている気がして誇らしかった。限られたスペックのなかでひとつの世界を作り出すビートは、「俳句のような軽スポーツだ!」と、いささか加熱気味に感心した。バブル期ならではの、正確には、バブル経済の余韻が残る時代の贅沢さですね。
Dan AOKIS660は、やはり“失われた30年”のなかから生み出されたクルマなのかもしれない。即物的に性能は上がっているけれど、あまり世界が広がらない。そんなふうにケチを付けながらも峠道を行くオープンスポーツは爽快で、「やっぱり欲しいかも」という気持ちがムクムクと湧いてくる。内装が少々無愛想でも、隣に素敵な誰かを乗せる予定もないし、そうであれば助手席を荷物置きとして使えるわけで……。なんだか寒くなってきたので、S660を脇に停めて、ソフトトップを付けることにする。
文と写真・青木ヨシユキ
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みんなのコメント
走る喜び、所有する喜びに満ち溢れた「小さな宝石」ですね。
出来る限り、末永く造り続けて欲しいものです。
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