英国ブランドの旗艦モデル、初代のスピリットを振り返る
英国のアストン マーティンが9月3日、新型「ヴァンキッシュ」を発表し、V12エンジン搭載のフラッグシップモデルが6年ぶりにラインナップに返り咲いた。
【画像】これが835馬力の最上級スポーツカーの姿だ!【新型アストン マーティン・ヴァンキッシュを写真で見る】 全26枚
最高出力835ps、最大トルク102kg-mという驚異的な性能に加え、先代のDBSよりも剛性の高いシャシーを備えており、スーパーグランドツアラーの王座を争う構えだ。
しかし、測定可能な資質がすべてではない。時には、純粋な魅力だけでハートを射抜かれることもある。初代ヴァンキッシュがまさにそうだった。
そのカリスマ性を思い起こすために、AUTOCAR英国編集部が2005年7月にヴァンキッシュSで欧州を横断したときの特集記事を一部抜粋し、ここに掲載する。
2005年7月26日:ランエボより遅い。運転しづらい。古臭いスイッチギア。大好きだ。
クルマの素晴らしさを見抜く方法はいろいろあるが、800kmを猛スピードで走った後の姿ほど信頼できるものはない。
もしクルマから降りて、泥まみれのサイドと虫だらけのノーズをひと目見て洗車場を探し始めたら、優れているかどうかはともかく、素晴らしいクルマでないことは確かだろう。しかし、もし現地の動物相が二次元化された数千の例を目の当たりにして、最後の輝かしい1kmを追体験できるのであれば、それは素晴らしいクルマである。
一部のクルマは、こうすることでより良く見える。アストンのヴァンキッシュSが販売店でピカピカに磨き上げられていたとしても、欧州の高速道路を数百km走ったあとの姿に比べれば大したことはない。何時間もかけて積み重ねられた “ゴミ” が、単なる美しさに目的と背景を加え、走り始めた時よりもはるかに心を揺さぶる光景を作り出している。
出発地点はニューポート・パグネルだった。この場所とアストン マーティンとの結びつきは並々ならぬものがあり、道路標識でさえ「アストン マーティンの本拠地」と宣言している。
しかし、ここはアストン マーティンが誕生した場所(フェルサム)でもなければ、多くのモデルが生産された場所(ブロックスハム)でもなく、現在の本社がある場所(ゲイドン)ですらない。しかし、我々は皆、ニューポート・パグネルがアストン マーティンの真の故郷だと考えている。
取材班の目的は、現在もニューポート・パグネルで生産されている唯一のモデルであるヴァンキッシュに乗って、ドイツのケルンまでドライブすることだった。ケルンでは、巨大なフォード工場のごく片隅で、アストン マーティンのエンジン生産がすべて行われている。
ニューポート・パグネルは1959年以来ノンストップでアストンを生産してきたが、ヴァンキッシュがその最後のモデルとなる。筆者はロンドンから北上して現地に向かいながら、デビッド・ブラウン氏やヴィクター・ガントレット氏のような元会長らは、アストンの魂の大部分がドイツ人によって生産されていることをどう感じるだろうかと考えた。
ゲイドンの新しい工場は素晴らしいが、アルミ板をハンマーで叩く男たちは見当たらない。古い旋盤も、耳に鉛筆を挟んだ作業員もいないが、彼らはまだニューポートにいる。ニューポートで初めて量産されたDB4のプロトタイプを見つけることもできた。
筆者が話をした人たちは、2008年にヴァンキッシュが引退すると、この施設が売却されるのではないかと心配しているようだったが、そのような計画はないと聞いている。アストン マーティンは旧工場でサービスやレストア事業を拡大しており、そこではまだ職人技が活かされている。これが将来にわたって存続することを願ってやまない。
海を越えてフランス、そしてベルギーのスパ・フランコルシャンへ。
とはいえ、今はヴァンキッシュをもう一度知ることが先決だ。このようなクルマに再会するのは、昔の同級生に会うようなものだ。最初は少し煩わしく思うだろう。しかし、もう一度、お互いに打ち解けてくると、2人の関係に火をつけた魔法がまだそこにあることがわかってくる。
それでも、アストンは筆者の忍耐力を試した。フォード傘下の同社が、ドライビングポジションが悪く、シートのサポート性がなく、クルーズコントロールがなく、古いジャガーのスイッチギアと無能なカーナビを備えた17万4000ポンドのクルマを売りに出すなんて馬鹿げている。
その理由はわかる。アストンは毎年350台のヴァンキッシュを生産しており、これらの問題を修正するために必要なコストを用意できないからだ。だからといって、気にならないわけではない。
さらに悪いことに、筆者は3万ポンドの三菱ランサーエボリューションIXで同じ道を走ったことがあり、それと比べて、アストンはあまり速く感じなかった。
ポルシェ911カレラSと残りの10万ポンドの預金があれば、どれほど多くの願望を叶えられるだろうかと思いながら、大渋滞を抜けて海岸までたどり着く。筆者はクルマの見た目だけでロマンを感じられる人間ではなかった。その下のハードウェアが値札相応のものでないのであれば、単なる悪いクルマではなく、信頼を裏切った悪いクルマなのだ。
しかし、筆者はこのクルマのことをよく知っていた。2001年に最初の試乗レビューを書いて以来、少なくとも年に1回は運転する口実を見つけては乗ってきた。どれだけ欠点を探しても、嫌いにはなれない。そして、最高出力527psの「S」も同じだと確信していた。
カレーからケルンへ行くのは難しくない。最も走りがいのないルートの1つである。オートルート(フランスの高速道路)を走り、ベルギー警察をかわすのに飽きたら、高速道路を降りて、スパ・フランコルシャンに引き寄せられて南へ向かった。
アストン マーティンはこの伝説的なサーキットで華々しい歴史を刻んできたわけではないが、両者の類似点が訪問の決め手となった。どちらも1920年代初頭に誕生し、速さと美しさでその名を馳せた。1980年代に大きく変貌を遂げ、現代に合わせて再定義されたにもかかわらず、両者とも誕生当時の魅力を保ち続けている。
もちろん、新しいサーキットは混んでいたが、今回ばかりは気にならなかった。筆者は旧コースで、カメラマンのスタンに怒鳴られるほどのスピードでスタブロー(コーナーの1つ)を駆け抜けた。
その後、ペドロ・ロドリゲスとジョー・シフェールが290km/h以上の速度でポルシェ917を並走させたであろう場所のすぐそばにある、マスタ・フリトリー(Masta Friterie)という店でチップスを食べた。チップスは美味しくなかったが、そんなことはどうでもいい。そこに座っていると、アストンに乗ってきてよかったと思えてきた。このような場所では、正しいクルマに乗ることが重要だ。
ついつい長居をしてしまい、テーブルを叩くカメラマン(スタン・パピオール)の指の音が耐えられなくなる頃には、周囲はすっかり薄暗くなっていた。そこで、カーナビがまったく役に立たないことに気づいた我々は、ドイツとヴァンキッシュの真のスピリットを見つけるために欧州を横断する旅に出た……。
(翻訳者注:この記事は2005年に『AUTOCAR』誌に掲載された初代ヴァンキッシュSの特集記事を抜粋・翻訳・編集したものです)
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