今時のクルマにも通じる先進の開発コンセプト
ただし、パッケージングではFFのメリットを活かせず…
「世界を震撼させた金型鍛造ホイールの頂点」レイズ“VMF C-01”は芸術だ【最強ホイール解体新書】
1978年に登場した初代ターセル。兄弟モデルのコルサとともに、2ドアセダン、4ドアセダン、3ドアハッチバックという3つのボディバリエーションが用意されていた。
エンジンはトヨタ初のゴム製タイミングベルトを採用したA型。当初は1.5L直4SOHCの1A-Uのみ(のち改良されて3A-Uに)、遅れて1.3Lの2A-Uを追加。いずれも縦置き搭載されたのが特徴だ。
その理由は大きく2つあって、1つは左右ドライブシャフト長の均等化によってトルクステアを最小限に抑えられるから。そこには、トヨタ車(=FR車)を乗り継いでいるユーザーに違和感を与えてはならないという至上命題があったようで、そんなエピソードにトヨタの良心が垣間見えたりする。
もうひとつの理由はエンジンのメンテナンス性を考慮したから。FFであってもエンジンが縦置きなら、それまでのトヨタ車と同じようにディーラーでイジれるだろう、と。こっちはいかにもトヨタ的な発想かもしれない。
さらに、注目したいのが開発コンセプト。国産車が骨抜きにされた排ガス規制を乗り越え、技術の進歩でエンジン性能と経済性を両立できつつあった時代的背景をよく表す『エンジョイ・エコノミー ~新時代の合理精神の誕生~』というキーワードが掲げられたのだ。
思えばそのキーワード、燃費や環境性能が最優先される今時のクルマと基本は同じじゃん! 経済性をも楽しむという、それまでになかった新しい価値観を提唱した初代ターセル/コルサは初のFF車というだけでなく、もっと広い意味でトヨタにとって大きなターニングポイントとなったクルマだと思う。
小学生の頃よく見かけたのに、気がついたら「もはや日本には存在しないんじゃないか(汗)??」と本気で思うくらいの壊滅的状況。そんな初代ターセルなのに願ってもみない程度極上のフルノーマル車、走行たったの2万4000km弱!! という1台を取材できたのは奇跡という以外に言葉が見当たらない。
しかも、グレードは中途半端な(失礼!!)1.3ハイデラックスなんだから、もう卒倒寸前。変態グルマの神様、巡り合わせてくれてありがとう!…と、感謝の言葉を述べてから実車チェックだ。
第一印象、まずボディが小さい。全長は4mを切る3980mm、全幅は今時の5ナンバー車よりむしろ軽自動車に近い1550mmしかないんだから。
でもって、構造上フロントデフをエンジンの下に抱え込む縦置きFF車の宿命としてエンジン搭載位置が高くなり、必然的にボンネット高も高くなる、ちょっと不格好で独特なスタイル。クルマを真横から見たとき、フロントフェンダーのアーチからボンネット面までがやたらと間延びしてることに気づき、そこにハァハァ興奮しちゃうひとは立派な変態グルマ好きと言っていい。
また、外装では至るところにメッキパーツが使われてるのも目に付く。写真は、純正オプションだったサイドバイザー。ステンレスの輝きがまぶしい! 今どきのクルマに見られる樹脂製とは違って高級感も満点だ!!
さらに、サイドモールをよーく見てみると…樹脂の上部に別体のメッキパーツが組み合わされるなど非常に凝ったつくりとなっている。
センターキャップの“T”マークが懐かしい純正スチールホイール。タイヤは標準145SR13サイズのヨコハマS-208が組み合わされる。抜け気味のダンパーが醸し出すユル~イ乗り心地がたまらない。
一方の内装は、ベージュ&ブラウン基調で明るく落ち着いた雰囲気。径が大きくてグリップ部が細いステアリングホイールが“ヤル気のなさ”を醸し出している。メーターは左側にスピード、右側に水温&燃料計というシンプルな構成で、その両側に各種警告灯が並ぶ。
吹き出し口をはさんで上段にアナログ式時計とAMラジオが、下段にヒーターコントロールパネルが設けられたセンターコンソール。右手にはリヤデフォッガスイッチとシガーソケットが確認できる。
この時代、多くのトヨタ車に見られた球状のシフトノブ。上級&スポーティモデルには革巻きタイプが採用されたけど、通常グレードの樹脂タイプの素っ気なさもまた一興だ。シフトレバー前方には小物入れも。
前席は、背もたれがかなり短めだったりする。当時の日本人の体格に合わせて設計したら、こうなった…ってことなのか!?
後席はリヤウインドウ越しに見えるレバーを操作するだけで、50:50分割で背もたれを前倒しすることが可能。トランクスルー機能と合わせてラゲッジスペースを拡大できる。
ちなみに、1.3ハイデラックスはエアコンもパワステもパワーウインドウもナシ!! バカボンパパじゃないけど、大衆車の普及グレードってのは「これでいいのだ!」って時代だったわけ。
さて、興味シンシンの試乗だ。全幅が狭いから助手席がえらく近い!って思いつつ、シフトレバーを1速に入れてスタート。パワステレスだけど、タイヤが145幅と極細なんで、ステアリング操作力は据え切りでもラクショーなくらい軽い。シフトタッチもエンジン横置きのFF車にありがちな曖昧な感じはなく、かなりカッチリした印象だ。
ステアリングに伝わってくる振動はほぼ皆無と言えるくらいに小さく、ちょいとペースを上げて走る分にはトルクステアを感じることもない。こりゃ「FR車からの乗り替えユーザーに違和感を与えちゃならん!」と腐心したであろう、トヨタ開発陣のアツイ心意気がヒシヒシと伝わってくるってもんだ。
パワーは60psちょいしかないけど、車重が810kgと軽いから実用域での動力性能には不満ナシ。言ってみれば、パワーも車重も今時の軽自動車NAモデル並み…ただ、660ccの2倍近い排気量のおかげでトルク感はターセルの方がはるかに勝っている。
唯一、試乗していて気を使ったのがプアなブレーキ。絶対的な容量が足りてないようで、常にペダル踏力に対してスーッとクルマが前に持っていかれるような感覚が…(汗)。もっとも、飛ばすクルマじゃないんだから、余裕を持った運転を心がければイイだけの話。
もうひとつ、FF車はパワートレインをコンパクトにまとめて室内空間を広く取れるのが大きなメリットだけど、エンジン縦置きのターセルではそれが極めて希薄。身長175cmのオレが運転席のポジションを決めると、後席の足元スペースが大きく食われたりして。
さすがに30年以上も前のクルマだけあって、今のレベルに照らし合わせると“アラ”も見えてくる。ただ、それ以上にターセルは、来たるべきFF時代を見据えたトヨタが本腰を入れて作り上げた意欲作…ということを強く感じさせてくれる1台だった。
■SPECIFICATIONS
車両型式:AL11
全長×全幅×全高:3980×1550×1370mm
ホイールベース:2500mm
トレッド(F/R):1330/1315mm
車両重量:810kg
エンジン型式:2A-U
エンジン形式:直4SOHC
ボア×ストローク:φ76.0×71.4mm
排気量:1295cc 圧縮比:9.3:1
最高出力:64ps/6000rpm
最大トルク:9.6kgm/3600rpm
トランスミッション:4速MT
サスペンション形式(F/R):ストラット/トレーリングアーム
ブレーキZ(F/R):ディスク/ドラム
タイヤサイズ:FR145SR13
TEXT&PHOTO:廣嶋健太郎(Kentaro HIROSHIMA)
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