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【舘内 端 連載コラム】 第35回 環境とエネルギーをめぐる自動車の旅 その4  トヨタを迎える人工頭脳とEV

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【舘内 端 連載コラム】 第35回 環境とエネルギーをめぐる自動車の旅 その4  トヨタを迎える人工頭脳とEV

2016年11月17日トヨタの社内変革の大きな一歩を示すXデーのひとつが、2016年11月7日となった。この日にトヨタは2020年までにEVの量産体制を整えると発表したのだ。世界一、二を競うビッグカンパニーの大変革である。「世界の自動車は大きく変わる」と、大手新聞は一斉に翌日の1面で大きく扱った。

続くトヨタのXデーは同年11月17日となった。この日、EV量産のために社内ベンチャーを立ち上げると発表したのである。これだけではさして驚かないが、その内容はきわめて衝撃的だった。

前回にお伝えしたように、EVの社内ベンチャーはトップを豊田章男社長が務めるが、実行部隊はたった4人で構成され、しかも豊田自動織機、アイシン精機、デンソーから各1人ずつ、そしてトヨタから1人である。トヨタ色がきわめて薄い。

トヨタの1人は、プリウス/プリウスPHVのチーフエンジニアである豊島浩二である。この件で尋ねると、もっと早くEV開発に取り組みたかったと言いたげな顔をした。

これから社外が3人、社内が1人の4人でトヨタの命運を握るかもしれない重要な役目を負った車両=EVを企画する。しかも、完成期限は迫っている。米国のZEV規制は、実質的には17年の後半から始まるからだ。しかし、大組織のトヨタの命運を握るEVの企画を、こんな小さなしかも外部の人間がほとんどを占める組織に任せるとは・・・・。豊田章男社長の深謀遠慮とは何か。

■Luddite movement
18世紀に英国で起こった産業革命が今日の先進国の産業・経済・生活のスタイルを作った。途上国はみなこれを範として先進国の後を追っている。

だが、産業革命は第一次世界大戦、第二次世界大戦を引き起こし、核兵器と原発の発明へとつながり、地球温暖化をもたらし、この革命の原動力となった石油エネルギーを枯渇させようとしている。そればかりか、産業革命を基とする産業・経済の在り方=資本主義が行き詰ると、米国は製造業から金融業へと移行し、それを成功させるためにグローバリゼーションを仕掛け、富の偏在を加速させている。

どうやら18世紀に起きた産業革命は、一部の人たちには膨大な富と便利で快適な生活をもたらせたが、格差はますます広がり、資本主義のエネルギー源である未開地はすでになく、産業革命は限界に達したようである。

それを見越したかのように18世紀の初頭に起きた運動がLuddite movementだ。ラッダイト運動とは「機械打ちこわし運動」である。

産業革命は、まず繊維産業で起こった。それまで手作業で織っていた織物を自動で織るようになる。自動織機が発明されたのだ。この発明により多くの職人が職を奪われた。これに反対して英国の織物地帯では紡織機を打ち壊す動きが高まった。これがラッダイト・ムーブメントである。

この運動は、多くの手工業者・労働者を巻き込み、英国全土に広がり、打ち壊される機械は、紡織機に限らず、あらゆる機械、工場に広がっていった。ラッダイト・ムーブメントは反産業革命運動へと移行し、大きくなっていった。

ラッダイト運動は、衝動にまかせた当初の機械の破壊から、やがて賃金闘争、労働条件改善運動、婦人と少年労働者の保護運動へと進展し、さらに誰でも投票できる普通選挙権の獲得、働く人たちに安全で快適な生活を保障する社会政策を要求する政治闘争へと発展した。

ラッダイト運動が燃え盛ったそのときに生を受けたのがカール・マルクスであった。やがてマルクスは「資本論」をまとめ、社会主義国ソビエト建国の礎となったことはご存じのとおりである。

そして今日、ラッダイト運動は形を変えて、再び燃え盛ろうとしている。あるいは運動の矛先がEVに向かい、EV打ち壊し運動がおこらないとも限らない。トヨタが危惧するのも、新しいラッダイト運動の勃興ではないだろうか。

■シンギュラリティ・技術的特異点
2045年に技術的特異点が訪れるといわれる。英語ではTechnological Singularityという。一般的には「シンギュラリティ」と呼ばれている。

この言葉を提唱したレイ・カーツワイルによれば、「人間の脳の限界を人間と機械が統合された文明が超越する瞬間」のことであり、これ以降、人間は未来を予想できない。言いかえると、人間がこれまでの歴史から推測する未来モデルの限界点が訪れるということだ。

未来社会は人間の能力と人工知能が統合される。その結果、人間はこれまでの人類を超越したポスト・ヒューマン的な存在になる。ただし、人工知能が人間の脳力を超える年ではない。あるいは完全な人工知能が登場する年ではなく、レイ・カーツワイルは、それらは2029年頃に現れるとしている。目前だ。2045年には人工知能の脳力は、たった1000ドルのコンピューターで人間の100億倍なのだ。

人類は遺伝学、ナノテクノロジー、ロボット工学が融合したGNR革命によって知性の進化が更なる進化を生み、その進化の結果さらに進化するという無限の進化の過程に入り、超人間的世界に生きることになる。

■シンギュラリティへの新たなラッダイト
シンギュラリティ=技術的特異点が到来するかどうかは、意見が分かれる。しかし、多数の人が(おそらく儲かるからと)この予測を肯定的にとらえており、実現させようと研究している。

一方で、技術的特異点など現れない。人間の脳を超えることは不可能だと考える人たちもいる。私見では、その理由は人間が自分の脳を自分の脳で考えられるかということだ。これは自分の目を自分の目では見られず、自分の耳が聞いていることを自分の耳では聞けないという比喩でお分かり頂けると思う。

自分を外部から見るには、幽体離脱的な身体技能が必要だ。しかし、幽体離脱した幽体はいったい誰なのか不明である。それを確かめるには幽体からさらに幽体離脱する必要があり、幽体を外部から見なければならない。そして、その幽体を検証するには…。

シンギュラリティの可能性はあるが、人類にとって危険であり、回避するべきと考える人々もいる。これは、脳死を人の死として臓器を取り出し、結果として心臓を止めて移植する臓器移植や、遺伝子の操作によってクローン人間を誕生させたり、生命そのものを人工的に誕生させる危険性に対する危惧と似ている。

私たちの近くで起きたこのような技術の暴走の例は、原発事故である。地球上には存在しない核分裂という超技術を使った原子炉が暴走したのである。その結果、溶融した核物質を最終的に処理するには、これまでの技術を超えた宇宙を支配する超技術を使わなければならない。それは残念ながら地球上では得られない。

シンギュラリティに対するラッダイトは、真剣に考えなければならないと思う。

■ITとネオ・ラッダイト
シンギュラリティ以降の世界では、人工頭脳と結ばれた脳を持った超人間が生物の頂点に立つ。したがって、人工頭脳とドッキングできない人間は、超テクノロジー・ハラスメントに晒され、彼らは超人間の下位に位置する。いわば超人間の奴隷である。

簡単な労働はすでにロボットに奪われている。(これまでの定義による)人間は、尊厳を失い、職業も失い、生きる意味も術も失う。 すでに、ITなどのハイテク技術によって雇用機会を失うのではないかと、日々不安の中で生きる現代の大多数の労働者が存在する。

現に、現代労働者は頻繁なコスト削減に追われ、上司には「新しい付加価値を付けろ」と命令され、そのためには「絶え間ない技術革新をやれ」と命令される日々を過ごしている。

そして、(ここがもっとも問題なのだが)こうしたニューエコノミー型経済は、所得や雇用機会に大きな格差を呼び、その結果、少数の勝者と多数の敗者を生んでいる。そして少数の勝者のグループに入るべく、個人生活を犠牲にして長時間低賃金労働に従事する結果、デフレはますます進んで、賃金は相変わらず上がらず、ますます家庭やコミュニティが破壊され、格差は広がっていく。

すでにシンギュラリティ以前に、格差社会は広がっており、世界は失業者と難民に満ち溢れている。いつネオ・ラッダイト運動が起きてもおかしくない。それを象徴するかのように、問題をもたらせたグローバリゼーションというシステムを破壊すべくテロが頻繁に起き、労働を移民から取り戻そうという一国至上主義、アメリカ・ファースト的な動きが欧州に広がっている。

■世界を破壊するEV化に慎重なトヨタ
それを助長するのが、じつはEVなのである。だから、もっとも資本主義が進み、それゆえに大きな壁にぶつかり、グローバリゼーションを押し広げる米国でテスラのようなEV企業が生まれ、発展するのだ。

トヨタは、巨大であるがゆえにEVへのシフトにともなう損失が大きく、それゆえにEV化への反対が強い。損失が大きく、反対も強いので、EVの量産には慎重であったということだ。

しかし、EV化の波に乗り遅れれば、トヨタは損失が大きいだけではなく、企業そのものを失いかねない。それは上記の人工頭脳化を避けて通れないのと同じ構造である。人工頭脳による自動車の無人運転化とEV化は、同時進行的であり、親和的なのはこのことによる。トヨタは、いずれも避けては通れず、やがて自分を苦しめる自動運転のEVを生産するのである。

そうした世界が嬉しいかどうか。あるいは好ましいかどうか。判断するのは私たちでありたいものだ。

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