現代の子供たちに「クルマの絵をかいて」といったら、いったいどんなかたちのクルマを描くのだろうか。
今から30年以上前、筆者が子供のころは「クルマといえばセダン」という時代であり、カローラやサニー、アコード、スカイライン、マークII、クラウンなど、セダンタイプのクルマが数多く存在した。
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しかし、それから30年経った現在、セダンは絶滅の危機に瀕している。いま日本でそこそこ売れているセダンは、トヨタクラウンやカローラ、カムリなど、数えるほどしかない。
プリメーラ、スカイラインと、セダンを乗り継いだ筆者としては悲しいことなのだが、このままでは、日本の自動車メーカーのラインナップから、セダンが消滅してしまうのではないか、と危惧している。
そこで、自動車メーカーで開発エンジニアをしていた経験をもとに、「セダンを復権させる方法」を真剣に考えてみた。
文:吉川賢一/写真:TOYOTA、NISSAN、ベストカー編集部
【画像ギャラリー】日本のセダンといえば、クラウンでしょ! クラウンの歴代全モデルをギャラリーでチェック!
セダンには「セダンでなければならない」機能的価値がない
軽自動車はさておき、現在の日本市場においては、ミニバンとSUVが主流だ。このミニバン・SUVをセダンと比較したとき、クルマとしての使い勝手の良さは、当然ミニバンのほうが優れているし、走破力の高さもまた、SUVの方が優れている。
クルマとしての使い勝手の良さはミニバンにはかなわない。また、雪道やオフロードの走破力の高さは、車高が高いSUVの方が圧倒的に優れている
また、「セダンは走行性能が高いのか?」というと、速く走ることを目的としたコンパクトな4WDスポーツカーや、スポーツタイプのSUVの方が速い、ということも珍しくない。
さらには、ボンネット、キャビン、トランクルームと空間が分けられるセダンの方が静粛性を高めやすい、といった特徴があったが、いまやミニバンやSUVであっても、十分な音振対策が織り込まれており、セダンだけが有利とはいえず、最後に残るのは、プロポーションの良さだけになってしまう。
ボンネット、キャビン、トランクルームと、空間が分けられることで、静粛性を高めやすいというセダンだが、現代では進化した遮音対策により、そのメリットも小さくなっている
このように、機能性で比べてしまうと、残念ながら、セダンには勝ち目がなく、「セダンでなければならない機能的な理由はない」というのがセダンの苦しいところだ。そのため、セダンは、機能的価値によらずに、ユーザーを惹きつける必要がある。
「クラウン」「カローラ」にはなれない
セダン不人気のなかにおいても、「クラウン」と「カローラ」だけは、なぜか売れ続けている。2020年のコロナ禍の中でも、カローラセダンは月に1500台(カローラの月販平均7500台の約20%がセダン)、クラウンは月に1000台以上が売れ続けている。
クラウンには、驚異の販売構造があるため、一長一短にマネすることはできない
200万円台で購入できるカローラは、ベーシックな営業車としての需要が、そして、車両価格500万円にもなるクラウンには、「新型クラウンが出たら、とりあえず買う」という安定した顧客層がいることが理由だ。
これは、クラウンならば「何もかもが大丈夫」という、絶対的な信頼関係を、営業マンが、顧客との間で強固に築いてきた恩恵だ。ただし、気に要らないことがあれば、営業マンは顧客に呼び出され、こんこんと説教をされることもあるらしいが。
クラウンが売れ続ける理由は、クルマが魅力的なのはもちろん、トヨタディーラーの営業マンの方々の努力が成し得た、「驚異の販売構造」にこそ、ある。そのため、どんなに素晴らしい新型セダンでも、クラウンやカローラにはなれず、セダン不人気の波にのまれていってしまうのだ。
セダン復権のためにできること
クラウンやカローラにはなれない、となると、セダン復権のためにできることは「使い勝手やパフォーマンスといった機能的な価値によらずに、ユーザーを惹きつけること」これしかない。
そのために手っ取り早い方策として、そのクルマを愛でたくなるような、「情緒的な価値」を与えるのはどうだろうか。具体的には、過去にファンから支持されていたセダンを、現代の技術水準で、そのままのスタイリングで復活させる、という案だ。いつまでたっても忘れられない、心に刻まれた名車に絞り、復刻生産をするのだ。
U12ブルーバードのような名車を、このままのボディスタイルで限定販売したらどうだろうか
当時の姿のまま復刻することが目標だ。ボディサイズは当然そのままに、目に入る内外装のデザインはすべてオリジナルのものとする。ただし、衝突安全性能や排ガス規制といった法規は当然クリアする必要があるし、最低限の現代技術は採用するが、クルーズコントロールやステアリングアシストシステムといった先進運転支援技術はつけない。
こうした条件で、例えばR32型スカイライン、初代プリメーラ、ブルーバード、6代目マークII、初代セルシオ、といった、当時の若者が飛びついたような、歴史的なセダンを順々に出していくのだ。さらには、「復刻台数は3,000台のみ」のようなシナリオを用意して、希少価値を高める売り方も、人気に拍車をかけることにつながるかもしれない。
未だに人気の高いR32型スカイラインGT-Rだが、ベースとなる4ドアセダンもまた人気があった
セダンの復権は「クルマ離れ」を阻止できる可能性も
当初は昔からのファンにとどまるだろうが、セダンのプロポーションの良さを再認識するきっかけになれば、セダン全体がカッコよく見えてくる可能性はある。そうなったらこっちのもの。一大ブームが湧き上がるかはわからないが、いまの「オッサン臭い」セダンのイメージを崩すことはできるだろう。
日産のV37型スカイラインは、2014年のデビュー当時、インフィニティバッヂであったが、2019年のマイナーチェンジで日産バッヂへと戻してフェイスリフトを行い、しかも歴史的な車名にあやかって、「400R」を出した結果、思いのほかヒットをした。
もちろん、400Rに関しては、405ps/48.4kgfmという圧倒的なパフォーマンスを備えているからこそではあるが、バッヂ効果に関しては、機能的価値によらずにユーザーを惹きつけた、いい例だと思う。
日産バッヂとなったV37型スカイラインは、日本のセダン市場に光をもたらす一台となるか要注目だ
言うのは簡単、実現するのは容易ではない、というのは、元メーカーエンジニアとして、よく分かっているつもりだ。そして、自動車メーカーとしては、流行をキャッチして「すぐに売れるクルマ」を造らなければならないのもよく分かる。でもそこに注力しすぎた結果が、「クルマ離れ」になってはいないだろうか。
移動するだけなら、タクシーや電車、バスでもいい。それでもあえて、自動車を保有したくなるのは、「機能的な価値」ではなく、もっと深くに「そのクルマへのあこがれや愛情」があるからではないだろうか。
自動運転やカーシェアリングの時代がすぐそこまで迫っているが、筆者は、「セダンの復権」が、こうしたクルマ離れの流れを変えてくれるのではないか、と思っている。
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