ドイツ・インゴルシュタットでのアウディ100試乗から始まった「カッコいいアウディ探しの旅」は、その後、ツヴィッカウ、ケムニッツ、ネッカーズルムの3都市をめぐることになった。ホルヒ、アウディ、DKW、ヴァンダラー、NSUという5つのブランドが時を経て複雑に絡み合う不思議な魅力。現在のアウディの個性はどのように作られたのか、ドイツで感じた「アウディのヘリテージと革新」を報告する。(Motor Magazine 2018年11月号より)
戦前に高級車を生産したツヴィッカウ工場は次世代のEV生産拠点に
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アウディの歴史を時系列でたどるなら、真っ先に向かうべきはツヴィッカウになる。創業者Dr・アウグスト・ホルヒが、初めて自分の自動車メーカーを立ち上げた場所であり、アウディもまたここから歴史が始まっているからだ。
ツヴィッカウという街の印象は想像していたものとは違っていた。第二次世界大戦下、この街は激しい空襲にさらされ甚大な被害を受けた。そのイメージから寂れた古い街並みを勝手に想像していたのだけれど、実際は見事な復興を果たしただけでなく、活気のある若々しい街として意外なほど賑わっていた。
市街中心部の教会の壁などは黒く煤けているように見えるし、空襲の爪痕がそのまま残っているのではと思える場所もあった。しかし街中の商店街はさまざまな店舗が営業していて、ちょっと外れたエリアにはカラフルな大型商業施設なども見かける。
また、フォルクスワーゲンは2019年にツヴィッカウ工場をモーター駆動車両専門工場にする計画を持っている。思えば第二次世界大戦前はホルヒとアウディが高級車を作り、戦後はトラバントを延々と作り続けてきたわけで、今後次世代EVの生産拠点として重要な拠点となってもなんらか不思議ではない。これからは次世代モータリゼーションを担っていくことになるわけだ。つくづく自動車産業に深い関わりとご縁がある、この街は。
ドイツ有数の工業都市ケムニッツは苦難を乗り越えて発展し続けている
ツヴィッカウに続くのはケムニッツだろう。二輪車メーカーとして成功を納めたDKW、同じく二輪車から小型車メーカーに転身して人気を集めていたヴァンダラーがここに本拠を置いていた。
世界恐慌を経て、将来に危機感を持っていたDKWが、隣街のツヴィッカウにあったアウディを統合、さらに超高級車メーカーだったホルヒ、小型車メーカーのヴァンダラーをまとめて、1932年にアウトウニオンを結成し、本社を置いた場所でもある。
統合の立役者はDKWのやり手経営者、イェルゲン・スカフテ・ラスムッセン。2ストロークの大衆向け小型車メーカーから本格的な四輪メーカーを目指した男の熱意が、ある意味、アウディというブランドを守り、育てるきっかけとなった。
ケムニッツは約25万人が住む地方都市だが、そこには大都市の風格が漂っていた。かつて紡績業を中心に、ドイツにおける産業革命で中心的な役割を果たした街であり、やがて国内有数の工業都市へと進化を遂げた。やはり第二次大戦では大きな打撃を受け、東西ドイツの統合時にも大変な不況に見舞われるなど、その道のりは決して平坦ではなかったようだけれど。
その荘厳な「新」市庁舎と白亜の「旧」市庁舎が連なっている旧市街の風景を見ていると、経済恐慌や戦争で翻弄され、けれど懸命な努力で復興し発展し続けている姿に、現代のアウディに通じるものがあるように思えた。
旧東ドイツにあった地元を離れインゴルシュッタットで再起を図る
そして、インゴルシュタット。第二次大戦でケムニッツとツヴィッカウの両拠点に大損害を受けたアウトウニオンは、このふたつの街が東ドイツにあったこともあり、事実上解体されてしまう。
しかし戦後、細々とではあるが新生アウトウニオンとしての業務を始めたのが、当時西ドイツだったインゴルシュタット。そしてこの地で、アウディは再び「アウディ」としてのブランドを復活させることになる。
もしドイツを訪れる機会があれば、ぜひそのインゴルシュタットのアウディフォーラムに立ち寄って欲しい。ここは趣ある旧市街からクルマで数分ほどのビジネスエリアにある複合型アミューズメント施設で、広場を中心とする広さ約7万7000平方メートルの敷地に、博物館、レストラン、工場見学ツアーや映画館などが集まっている。
そのメインとなる施設がアウディ博物館(Audi museum mobile)だ。内容は随時入れ替わるようだが、常時約120台ほどの車両が展示されている。アウトウニオンの各ブランドのクルマたちが充実しているので、それぞれの強みや関係性が見えてきて、総論的にアウディの歴史を知ることもできる。
ここでは2ストロークエンジンと前輪駆動で大衆車レンジを支えたDKWの、ユニーク極まりないクルマたちにも遭遇。世界恐慌の直後に、思い切り割り切った作りで生まれた超お手頃モデル「F1」のドアまで省いたシンプルネスに驚き、F89 Lこと「シュネルラスター」のファニーフェイスに癒されてしまった。
アウディスポーツの源流を感じさせるネッカーズルム
最後は、NSUが本拠を構えていたネッカーズルムへ行こう。DKWやヴァンダラーと同様、出自は二輪事業だが、自動車製造にも1905年から携わっていた。その後一度は二輪専門メーカーとして世界一の生産台数を誇っていたが、1957年に四輪事業を再開、1969年にアウトウニオンの一員となった。当時の社名は「アウディNSUアウトウニオンAG」。しかし、フォーリングスは結局5つにはならず、4つのままだった。
そのNSUの代表的なモデルと言えば、1960年代の「プリンツTT」だろう。リアに搭載されていたエンジンは当初、わずか1000ccだったが、後期には1300ccまでアップ。最高出力は実に130psに達していたという。そのキャラクターや名前を見ても。これが「アウディTT」の源流であるのは間違いない。そこにはアウディのスポーツスピリットを体現する「RS」モデルにも通じるインパクトが感じられた。
ネッカーズルムという街は非常に落ち着いた感じの地方都市という印象。しかし実は、ドイツでも有数の経済振興を達成した街なのだという。1万4000人が働くアウディの工場では新型のA8やR8を生産、それに併設したアウディフォーラムなど、アウディの企業城下町的な雰囲気が濃厚だ。工場内にはアウトウニオン時代の古い建屋も残されており、ヘリテージと革新がここにも同じスタンスで息づいているように感じられた。
アウグスト・ホルヒ博物館で現在に続くアウディの情熱に触れる
こうした大まかな歴史の流れを把握しておけば、ツヴィッカウ郊外にあるアウグスト・ホルヒ博物館(August Horch Museum)はさらに興味深く、見学できることだろう。
かつてアウトウニオンの工場だった建物を改修して作られたこの博物館は、ホルヒ、アウディ、ヴァンダラー、DKWからなるブランド連合のヘリテージをとてもわかりやすく、楽しく理解させてくれるスポットだ。
2017年にリニューアルされたという館内の展示はとてもモダンで、動画を使った説明やプロジェクションマッピングによるショーアップなど、見学者を飽きさせないさまざまな演出が用意されている。
中でも興味深かったのは、ホルヒの工場を再現したエリアだった。実際に使われていた作業機械がオリジナルのレイアウトに忠実に配置され、その稼働風景まで再現してくれる。
ホルヒの先進性と高級ブランドとしてのイメージを代表する直列8気筒エンジンの製品チェックを行うマシンなど、プロダクツそのものというより、それらが生まれるプロセスに込められたこだわりがはっきりと伝わってきた。
アウトウニオンのモータースポーツ活動についても、見どころがたくさんある。約4000kmという過酷なラリー「リエージュ ローマラリー」で活躍したヴァンダラー ストリームラインの流麗なラインに魅せられたり、タイプBに搭載されたV型16気筒SOHC32バルブスーパーチャージドという怪物くんみたいなエンジンに遭遇したり。30年代のレース活動を支えたサポートトラックといった、存在すら想像したことのない縁の下の力持ち的車両も、なかなかのインパクトの持ち主だった。
ネッカーズルムでも、意外な出会いがあった。DEUTSCHES ZWEIRAD-UND NSU-MUSEUM、日本語にすると「ドイツの二輪車とNSUミュージアム」を偶然発見。訪れてみれば、日本から来たというだけで大歓迎。おそらく日本ではほとんど知名度がないに等しいのだろう。名前のとおりほとんどが二輪車の展示だったけれど、その充実ぶりには圧倒されてしまった。
インゴルシュタット、ツヴィッカウ、ケムニッツ、ネッカーズルムの4都市をめぐる「カッコいいアウディ探しの旅」は、アウディというブランドが現在の形になるまでの歴史をたどる、有意義な旅でもあった。今度ドイツを訪れる時は、ドイツ版の「アウディ オン デマンド」で最新のQ8を借りてドライブを楽しみたい。(文:神原 久)
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