本当の究極に「次」はない
text:Takuo Yoshida(吉田拓生)photo:Koichi Shinohara(篠原晃一)待ち合わせ場所にスゥーっと静かに表れたメルセデス・ベンツ500E(W124型)。その姿はまるで紺色のブレザーを纏ったラガーマンのようだ。
クルマに興味がない人が見れば中古のメルセデスだが、クルマ好きが見ればフレアしたフェンダーで一目瞭然。内側にドライビングランプが仕込まれた専用のヘッドランプも異彩を放つ。
500Eが目の前を通り過ぎるだけで、ちょっとした畏敬の念に打たれると言っても大げさではないのである。
今回の撮影個体で目立っているのは大胆な6スポークのホイールだ。これは1994年モデルのE500リミテッドのものに似ているが、1991年モデルの純正装着品ではない。
「このホイールは190EエボリューションIIのもので、父がこのクルマを注文した際にオーダーしたものなんです」とオーナーの才門勇介さん。子どもの頃から両親が運転するこの500Eの後部座席に乗っていたという彼が大人になり、受け継いだのである。
正規輸入が開始される前に本国オーダーされたという才門さんの500E。ブルーブラックのボディはピアノのように艶々しているが、オドメーターに刻まれた数字は何と27万km!
とはいえこれは500EをはじめとするW124では珍しくない。
500Eオーナーが異口同音に言う言葉を才門さんも口にした。
「乗り換えようとしても、このクルマに変わるものがないんですよ」
最新のEQC/500Eの共通点は
筆者は以前、W124のE320を所有していたことがあるし、500Eや後期型のE500も何度か乗ったことがある。
それでも試乗するときは毎回「これから500Eに乗れるんだ」と感激し、感謝したくなる。
業務用の冷蔵庫を開けるようなメカニカルな噛合を見せるドアの開閉や、運転席から眺める景色は他のミディアムクラスと同じだが、ひとたび走り出せばそれはW124の最高峰、500Eだけの世界だ。
標準のW124より明らかに手応えのあるステアリングはフレアしたフェンダーとマッシブなタイヤの存在を伝えてくる。
一方、2速発進(20世紀のメルセデスの特徴)であるにもかかわらず、500Eの走り出しは非常にダイレクト感が高い。
右足の動きをなぞるように、ドンッと躊躇なく加速がはじまる様子は、最新のメルセデスにして、同社初のピュアEVであるEQCの発進によく似ている。
しかも、500Eが凄いのは、スピードメーターの針がどの位置にあっても、スロットルのひと踏みで「ドンッ」がもれなく襲ってくること。
これはパワフルなエンジンに加えて、トップ(4速)のギア比が90年代でも珍しい「1.00」であることと無関係ではない。
つまり現行のCクラスが備える9速ATを例に取れば、ずっと6速までしか使わずに走っているようなものなのである。
500Eのスピードメーターは260km/h止まり。これでは足りないのではないだろうか。
「炎と絹」に集まる熱視線
デビュー当時、ドイツ人が500Eにつけたキャッチコピーは「Feuer und Seide」(ファイヤー&シルク)。
これを上手く訳した日本語版のカタログには「炎の情熱と絹の優美」と記されていた。
圧倒的な動力性能が「炎」だとすれば、静かに街中を流して走る時の500Eの立ち振る舞いは、まさに「絹」の如しである。
W124は500Eじゃなくても、そのボディが異常なくらいに硬い。ところが500Eはそこにどっしりと根を下ろしたような座りの良さ(操作系の重々しさとも言う)が加わることで、その他大勢とはまるで違う巌のような世界観をかたち作っている。
500Eだけはリアにワゴンモデル由来の液体とガスによるレベライザーが付いており、これがV8ゆえのノーズヘビー感を取り除き、500Eの絹のような乗り心地の完成に役立っていると思われる。
30年近く前に作られた走行27万kmの500Eをドライブしていると、21世紀の自動車の進化とは果たして何だったのか?と思わずにはいられない。
現代のクルマはどれも、機械的、物質的なレベルで500Eを越えないまま、ESCとかACCとかEPSとかPHVとか、アルファベット3文字系のギミックを付け足すことに心血を注ぎ新しさを創出してきた。
けれど時代を越えてクルマ好きを「すんげぇ、コレ!」と唸らせる本質がそこにあるだろうか?
だから500Eは走行距離にも価格にも全く左右されず、多くのファナティックたちから支持され続けているのである。
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