その技術は誇り、町を行けば見事な石垣に出会える
「穴太衆(あのうしゅう)」の名を初めて聞いたのは、大分の山城「角牟礼城(つのむれじょう)」をバイクで訪れた時のことでした。加工されていない自然石を積み上げたそれは、400年以上も崩れずに残っているのです。その強固さや無骨さ、繊細さが入り混じった独特の美しさ、風情に心を打たれたのでした。
その後、穴太衆のことが気になっていつか訪れてみたいと思っていたのが、活動の拠点となっている滋賀県大津市坂本です。穴太衆は織田信長や豊臣秀吉といった超有名な武将の城の石垣を築いた石工集団であり、全国各地の城でその技術が活かされたようです。
いざ坂本にやってくると、いきなり石垣だらけの町に入り込むことになりました。穴太衆の石垣は山城のイメージしかなかったのですが、ここでは個人宅の庭や神社など、あらゆるところに石垣があるのです。
石垣好きにしてみれば、目がクラクラするような光景が目の前に広がっているのでした。今回は行けませんでしたが、比叡山「延暦寺」の石垣も穴太衆の石工たちが動員されたとのこと。
石垣の前にバイクを置いて写真を撮らせてもらおうと、地元の方に話しかけたところ「見事なものでしょう? ここらは山の中のいろいろなところにたくさん石垣が残されていますよ」とのこと。
本当に見事としか言いようがありません。穴太衆による石積みは「穴太衆積」と呼ばれ、その技のひとつが「野面積(のづらづみ)」です。一見乱雑に見えますが、実に繊細な特殊技術によって堅牢さを生み出しています。
穴太衆や石垣に関しては、唯一の末裔と言われ、坂本に現存する株式会社粟田建設のホームページに詳しいので、そちらを参照します。
表面に見えている石の奥には栗石(くりいし)という小さな石が詰められており、排水性が良く、表面にかかる圧力も軽減しています。目に見えない細かい技によって、何百年ものあいだ雨や風、雪、それに地震に耐える堅牢な石垣を実現しているというわけです。
もちろん表面に見える自然石も、石の面、石目(割れやすい方向)などの具合を見極めて積んでいます。ちなみに、粟田建設では織田信長が築城した「安土城」の復元工事も担当されています。
面白いのはコンクリートブロックの擁壁との強度比較テストです。最大荷重250トンと言うジャンボジェット1機分に相当する重さを加えたところ、コンクリートは約200トンの荷重で割れてしまったのに対して、穴太衆積の石垣は最後まで支え続けたそうです。
なぜそんなにも強固な石垣を作ることができたのか。それは石と対話する力、石の声を聞く能力のある熟練者がいたということだと思いますが、そのイメージを膨らませることができる小説があります。
今村翔吾氏の『塞王の楯』(集英社)です。2021年に第166回直木賞を受賞したこの作品は、主人公の穴太衆頭目、飛田源斎と、鉄砲集団「国友衆」の次期頭目、国友彦九郎の対決を描いたフィクションです。
この話の中で、主人公が石の声を聞き、石を切り出し、迅速に運搬し、積み上げたり修復する様子が描かれています。どの仕事も重要です。これらの技術は紙などに残されておらず、口伝のみとされています。
その真の理由はわかりませんが、城の守りの要を扱うということは、城主にとって最重要である防御機構の情報を得ているということでもあり、機密情報を扱う職人としての心得だったのかもしれません。
逆に言えば、城の構造を熟知する穴太衆は、ある意味忍者のような諜報活動に長けた集団のようにも思えたのですが、実際には、穴太衆のみの口伝に徹し、信頼という武器を得て、今の時代にもその技術が受け継がれているのでしょう。
ちなみに、穴太衆の活動拠点である坂本は滋賀県琵琶湖の西南側で、明智光秀の築いた「坂本城」に程近いところにあります。
一方、鉄砲の国友衆は琵琶湖の北東になります。小説では双方が敵対関係にあったというシナリオでしたが、実際にはそんなことはなかったようです。
しかし、最強の盾と矛、最強の石垣作りと最強の鉄砲作りに従事した特殊技術集団が同時代にこの地に存在していたこと自体、歴史好きにとってはワクワクしてきます。坂本の石垣を堪能した後は、バイクで国友町へ走りました。
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