エコロジーや自動運転への興味が高まると同時に、自動車離れが叫ばれているのはフランスも一緒。だが他方で、古いモノを単なるヴィンテージ ファッションと捉えるのでなく、それを大事に長く使うという態度あるいは消費の仕方に、一定以上の強い注目が集まっているのも事実。それを裏づけるように「レトロモビル」を訪れる観客数は年々、増え続けている。パリで行われるそれは、インドアでは世界最大のヒストリックカー ミーティングだ。
主催者発表によれば、2019年は5日間で来場者数13万2000人に達した。これは4年前の12万人強という記録を塗り替える数字だ。その一因として、パリ オリジンであり今も現役のフレンチ ポップな自動車メーカー、シトロエンが創業100周年を記念する展示を行ったことが挙げられる。
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今へ繋がる100年の歴史を振り返るために、シトロエンが並べたのは歴代市販モデルだけでなく、コンセプトカーとラリーを含むコンペティションカー、それぞれの分野から各10台ずつの30台だった。それはとりもなさず、移動の自由と冒険を支え続ける進歩的なメーカーであるというシトロエンの自負が浮き彫りになった内容でもあった。
他社がマネのできない技術で自動車としての特長や優位を確保し、市販車として差をつける、というのはどこのメーカーもやっていること。だがつねにパリに拠点を置く自動車メーカーであるシトロエンのやり方は、進むべき方向はこちらと、目をつけるインテリジェンス理論まずありきだ。
創業者アンドレ シトロエンの強烈なトップダウン経営とカリスマが、その伝統の礎なのかもしれない。それを実現するソリューションの定義の仕方が理屈っぽいところかもしれないが、人間臭くパッショネートでもある。DSやSMのような高級車も作れば、2CVやメアリのような大衆車も手掛けてきたし、単目的に一直線に進む様はつねに楽観的で、冷たい機械としてのクルマ造りを掲げたことがない。それこそが、単なる懐の深さというより、「人間の冒険」の側に立ち続けるという、シトロエンのシンプルな態度表明なのだ。
というわけでクルマという固モノ、ハードだけを眺めていてもシトロエンらしさの半分しか見えてこない。100周年を祝うためのプレスデー初日、報道陣を迎えるためのケータリング サービスがこれまた圧倒的に洒落ていた。
しかもワインとチーズのセレクションが絶妙だった。シャンパーニュはビルカール サルモン、赤はクローズ エルミタージュ、白はサンセールと、いわゆるプレステージ銘柄ではないが、誰もが知る良質のワインで、高過ぎないが日常的には飲まない辺りという、じつに地に足の着いた選択だった。
加えてチーズは、モルビエにサン フェリシアン、ブルー ドーベルニュにラングル、カマンベールという禁断の5種盛り(フランスの通常の食卓ではたいてい3種)で、バゲットの刻みとドライフルーツのみならず、バターまでごっそり盛られた昔風かつ田舎風のプレゼン。居合わせた招待客らのホクホクした顔が、明らかに伝わってくる、コンヴィヴィアル(convivial、餐の場が賑わう様子を指す形容詞)な雰囲気だった。
進歩や冒険といった、勇ましいキーワードだけでなく、人肌の温かみや快適性を重視するシトロエンらしさ、そのホスピタリティが十全に発揮された夜だった。
なお、シトロエンの100周年を祝う展示は、レトロモビルの会期いっぱいで終わったわけではない。その100年間の多彩かつ豊富なアーカイブ画像とともに、公式サイト上でヴァーチャル・ミュージアムが設けられているのだ。こちら(www.citroenorigins.fr/fr/exposition/retroinside)を訪れることをお勧めしたい。
シトロエンの100周年以外にも見どころが限りなくあることも、レトロモビルの奥深さ。110周年という節目を迎えたブガッティも、会場内に一体何台あったのか分からないほどだが、考えられないクルマが考えられない台数で集まっていたりする。スイスのあるショップはお勝手ランチア特集で、アウレリアB10やアッピアなどのほか、ストラトス7台をレインボーカラー状態で並べるという離れ業をやってのけた。
レトロモビルの主催者によれば、あらゆるファン層に応じて見どころがあるように、戦前のアールデコのような高級車や地上速度トライアル車、50~70年代の各世代のクルマに、消滅した弱小メーカーなど、あらゆる年代のあらゆる傾向のクルマが集まるよう、配慮しているという。それは特定の車種やメーカーだけでなく、年代や国籍への偏重を避け、会場内全体のクルマの多様性を保つという方向性だ。
折しも今年は、パリ市内ではまだイエロージャケットの騒動が喧しき頃。レトロモビルではアールキュリアルという公式オークショネアがいてヒストリックカーやコレクティブルの競売が行われるが、高止まりした相場と例外的なクルマの高騰落札ぶりに、リッチなコレクター偏重との批判が絶えなかった。そこで昨年から打ち出されたのが、2万5000ユーロ以下のヒストリックカーという、展示即売コーナーだ。
70年代後半から80年代のモデル、いわゆるヤングタイマーが中心で、英国のライトウェイト&ミドルスポーツのような古典だけでなく、中にはなぜこれまで高騰を免れていたのか? という車種もある。スポーツカーやホットハッチだけでなく、大人っぽいクーペの売り出しモノにも妙があるのが、パリっぽいなと思わされた。
世にも珍しいクルマたち
そしてレトロモビル名物ともいえるのが、アンソリット(insolite、奇妙な、珍しい、でも回り道に値するというニュアンス)な希少車たち。今年は主催者展示として、戦前に消滅したサイクルカーメーカー、ベデリアが現存する18台のうち14台が集まった。
ベデリアは第1次大戦前のフランスのサイクルカーメーカーで、モーターサイクルと4輪車の中間のようなジャンルのクルマをつくった。フロントの方向舵はモーターサイクルのようにステム軸を中心に前2輪が、ステアリングに繋がれたワイヤーで転舵する仕組みだった。ドライバーの前方が長く、担架を載せられることから、第1次大戦中は前線で救急車として重用されたほどだ。
ほかにも、アフリカの砂漠で石油採掘の重量級機材を運搬するのに使われていたというベルリエT100トラックの姿もあった。1957年にまさしく同じ会場で行われたパリ サロンで発表されたトラックそのもので、全長15mに全幅、全高とも5mという超巨大なトラックの招聘には、何と20年以上かかったという。
どんなエンスージアストでも、これは知らなかった・見たことがなかったという不思議なクルマが必ずある、揃っている、そんなカルト魔窟としての本領にレトロモビルはますます磨きをかけ、クルマ好き以外の注目をも集めていたのだ。
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