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軽やかなロールス・ロイス──新型ブラック・バッジ・ゴーストの世界観とは?

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軽やかなロールス・ロイス──新型ブラック・バッジ・ゴーストの世界観とは?

ロールス・ロイスの新しいブラック・バッジ・ゴーストを見た今尾直樹の感想とは?

“脱贅沢”

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暗がりのなか、ベールをかけられた2台の新型ブラック・バッジ・ゴーストが参加者たちの視線を浴びている。スモークがたかれ、レーザー光線が飛び交う。まるで、ディズニーランドとかユニバーサル・スタジオのアトラクションみたいだ。音楽が盛り上がり、ベールがスルスルと外される。

筆者から見て、手前のゴーストはブラック、奥はレッドのボディ色をまとっている。近寄ってみると、ブラックのゴーストの内装はエルメスを思わせるターコイズ・ブルーとブラックの組み合わせ、レッドのほうはブラックとボディに合わせた鮮烈なレッドとの組み合わせで仕立てられている。う~む。なんとカジュアルで軽やかなことでしょう。とりわけ赤いほうはスニーカーみたいである。

後席に乗り込んでみると、天井に人工の星空が瞬いている。ディズニーランド的にロマンチック。ウォルナットのウッド・パネルとシンプルなレザーのシート、メッキのスイッチという、1990年代まで残っていた馬車を思わせるロールス・ロイスは明治時代ぐらい遠くになりにけり。いや、昭和が遠くなったということか。

昨年11月17日、ロールス・ロイスの新型ブラック・バッジ・ゴーストが日本で発表となり、同日から受注を開始した。GQはあいにくこの発表会に出席できなかったので、その数日後、都内の同じ場所で開かれた顧客向けのイベントにまぎれこませてもらって実車を拝んだ。神殿ですからね、自動車の。

しかして、新型ゴーストの「ブラック・バッジ」は、筆者の想像よりも軽やかで、いまどきの富裕層、スーツではなくてストリート・ウェアを愛用し、銀行ではなくて暗号資産を利用する、デジタル時代の寵児たちの好みに合わせてあった。

昨年、2代目ゴーストが登場したとき、R-Rはそのデザインを「ポスト・オピュレンス(脱贅沢)」ということばで表現した。「ブラック・バッジ」は、この脱贅沢という名の贅沢をさらに推し進め、ロールス・ロイスの既成概念を脱構築というのでしょうか、ぶち壊すモデルなのである。

問題は、どこまでそれをやっちゃうのか、である。これについては大いに議論した。ということを、このイベントで紹介された動画のなかで、同社のトルステン・ミュラー・エトヴェシュCEOも語っている。

顧客の新たなニーズ

「ブラック・バッジ」は、従来の自動車用語でいえば、そのモデルの高性能版を表すサブ・ブランドのことだけれど、性能面の上乗せはむしろ控えめというべきかもしれない。

6.75リッターV12ツイン・ターボは、最高出力がノーマルより29psプラスの600ps、最大トルクは50Nmプラスの900Nmに引き上げられている。トランスミッションとスロットルの特性にも手が入り、0―100km/hはノーマルより0.1秒速い4.7秒を主張する。車重2.5t超のスーパー・ヘビー級がポルシェ「718ボクスター」並みのタイムで加速する。マジック・カーペットの快適性を維持しつつ、重量級ボディのコーナリング時のロールを抑えるため、エア・サスペンションの容量を拡大しているという。

前255/40、285/35の、ともに21インチというタイヤ・サイズもピレリPゼロの銘柄もノーマルとおなじだけれど、カーボン・ファイバーとアルミニウムのコンポジット・ホイールを採用している。ホイールのバレル部分がカーボン特有の折り目模様になっているから、特殊な素材で、お高いことは一目瞭然だ。

くわえて、マスコットのスピリット・オブ・エクスタシーとパンテオン・グリルがブラック仕上げになっている。このブラックに輝く、セクシーなスピリット・オブ・エクスタシーこそ、ブラック・バッジのオウナーをときめかせるものだろう。

ロールス・ロイスの新しい顧客たちには、ロールス・ロイスという偶像を、リスペクトしつつも壊したいという欲望がある。

R-Rのマーケティングの担当者がそのことに気づいたのは、初代ゴーストを2009年に発売してからのことだとされる。それが確信に変わったのは、エトヴェシュCEOが偶然、クローム部分をブラックで覆い、ダークなホイールを履かせたレイスの所有者に出会ったからだった。彼のダークなレイスは外部のチューニング・ハウスでつくったもので、それというのもR-Rがこんな仕様を受け入れてくれるはずはない、と、思い込んでいたからだった。ま、R-Rというのは王侯・貴族のための乗り物で、階級社会の象徴のようなものだから、成り上がりのロックスターたちをはじめ、新富裕層がそう考えるのも当然だ。

ところが、BMW 傘下でイギリス南部のグッドウッドを拠点にリスタートした、いまのロールス・ロイスは度量が広かった。2016年に「常設型ビスポーク・モデル」として初のブラック・バッジをゴーストと、ゴーストのクーペであるレイスに設定。その後、ドロップ・ヘッド・クーペのドーン、さらにSUVのカリナンにも加え、いまやブラック・バッジは世界のR-Rの27%、日本市場に限るとさらに人気が高く、52%を占めている。

ロールスの未来

R-Rのプレス・リリースには、ブラック・バッジについて、トルステン・ミュラー・エトヴェシュCEOのことばとしてこんなふうに書かれている。

「ブラック・バッジは、クライアントとのコラボレーションの文化によって定義される、ブランドの自然な進化を表しています。ブラック・バッジはサブブランドではありません。それは、大胆な自己表現を誇らしげに実践する、新しいクライアントたちの欲望に対して、本物の自信に満ちた反応を表す態度なのです」

直訳なので、ちょっとわかりにくいのですけれど、ようするにR-Rはお客さんの要望に応えるビスポークの文化と伝統をもつ会社であり、そのビスポークの会社であるわれわれが、いまどきの新しいお客さんの欲望に応えたのがブラック・バッジだ、と語っている。

同リリースによると、イーロン・マスクもマーク・ザッカーバーグもリチャード・ブランソンも、そしてラリー・エリソンも、現代の成功者たちはディスラプター(破壊者)であり、時代は違うかもしれないが、R-Rの創業者のサー・ヘンリー・ロイスもC.S.ロールズも、そうだった、と続ける。

サー・ヘンリーは貧しい粉屋の息子に生まれながら、刻苦勉励、ほとんど独学で当時の最先端の技術だった電気技師となり、40歳で初めて自動車づくりに挑んだ。裕福な貴族に生まれたチャールズ・ロールズは、これまた当時の最先端だった自動車に魅せられ、ケンブリッジ大学の行事にオイルで汚れたホワイトタイを着用して、「ダーティ・ロールズ」というあだ名を進呈された。

こんな反骨精神をもつディスラプターたちがつくったブランドだからこそ、ロールス・ロイスは変革を恐れない。ということで、ブラック・バッジにより新生ロール・ロイスはガッチリと現代のディスラプターたち、イコール超富裕層のハートをつかむことに成功した。R-Rがこの春発表したところによれば、2021年の第1四半期は1380台を納車して2020年の同期比62%増を記録。パンデミック前の2019年を超え、116年の同社の歴史で過去最高を達成しているという。

9月29日には、2023年の第4四半期に完全エレクトリック・カーを発売する、と発表。2030年までに、すべてのロールス・ロイスをEV化することも表明している。もともとロールス・ロイスは電気モーターのような静粛性とワフタビリティを持ち味としている。ワフタビリティ(waftability=ふわふわと浮かぶことができる)とは、1906『オートカー』の編集者がのちにシルバー・ゴーストとして知られるようになるロールス・ロイス40/50HPをテストして使ったことばで、「明瞭な努力いらずのパワー」とも説明される。ヘンリー・ロイスはもともと電気技師だったこともあり、R-RブランドとEVとの親和性というか、相性はよさげに思える。

スピリット・オブ・エクスターを飾るEV第1号の名前も発表されている。スペクター(spector)がそれだ。英語で「幽霊」という意味だけれど、映画007の宿敵でもある。世界を征服するかもしれない。

文・今尾直樹

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