一昔前まではミニバンだったクルマの主流も、今やSUVがその座を奪い街中を闊歩している。まだまだSUVのブームは続きそうな気配。だからかどうかは分からないけれど、改めて低く構えたサルーンを見ると、なんだかとても格好良く見えてくるのだ。各世代の気になるサルーンをピックアップした。
穏やかでまろやかな美しさを持つセダン
かつて存在したマツダのサブブランド『M2』とはなんだったのか――? ユーザーの「生の声」を製品に反映する、時代を先取りした”第2のマツダ”の物語
街角で目の前の道路を見渡すと、ここ数年で勢力分布が変わったことを実感する。ファミリーカー代表だったミニバンの地位をSUVが脅かし、デートカーの分野でもクーペやスポーツカーに代わってSUVが優勢だ。
解らないでもない。ミニバンほど生活の匂いを漂わせたりはしないし、どこか充実したライフスタイルをイメージさせるところもあるし、単純に広々と使えるし便利で、近頃では走りに鈍さのないモデルも少なくない。暮らしの相棒として、ほぼ非の打ちどころがないのだ。乗用車のひとつのカテゴリーとして伸しているのは当然だろう。
でも最近、道の眺めがそんなだからか、逆にやたらとセダンが気になりはじめている。独特の雰囲気を持っていたり上質な走りを予感させてくれる姿勢をしていたりするトランク・リッド付きの4ドアが走ってくると、軽くドキッとして自然に目で追ったりする。
セダン、サルーン、リムジーネ、ベルリーヌ、ベルリーナ─。呼び方は様々だけど、独立したトランクを持つ4ドアは長いこと乗用車のメインストリームだった。クルマの基本、だった。ちゃんとしたセダンはフォーマルな雰囲気すら匂わせていて、だからガキには今ひとつ似つかわしくない、大人の男(と女)の嗜み、といえる存在だった。憧れるべき存在だったのだ。
背が高いのが乗用車の当たり前となった今、低く構えた4枚ドアがなおさらカッコよく思えてくる。ここ最近は、そんなところに想いを遊ばせる人がグッと増えそうな予感がしてる。
時代というのは様々なモノやコトがオーバーラップしながら流れていくモノだから何かをカッチリと区切るのは難しいけれど、セダンというカテゴリーが最も大きく花開いたのは、1950年代のどこかから1970年代のどこかだったんじゃないか? と思う。1920年代ぐらいまでの自動車には、荷室らしい荷室は存在しないか、あるいは乗員のスペースと区分されていないか、どちらかだった。ボディと一体化した独立型の荷室を持つクルマが少しずつ普及しはじめたのは1930年代のことで、その後の第2次世界大戦、戦後の復興期をという流れを経て、自動車が再び発展をしていくのに呼応するようにしながら、乗用車の主役であるセダンはカテゴリーの中で目覚ましいばかりに多様化し、それぞれの道筋の中で深みを増していった。そういう時代、だったのだ。
だから、かの時代にはレーシングカーそのもののようなスポーツ・モデルから贅を凝らした応接間のようなプレステージ・モデルまで、あるいはすでにある技術と素材を巧みに組み合わせて大衆に振る舞ったファミリー向けや、素封家がチョイ乗りで狭い街へ出て行くときのための小さな高級車など、様々な魅力を持った様々なセダン達が次から次へと生み出された。現在あるバラエティ豊かなセダン達の実質的なルーツのほとんどが、この時代にあるといっても過言ではないだろう。
その頃の魅力的なセダンの名前を並べはじめたらキリはないけれど、ここに登場するディムラー4.2ソブリンも間違いなくその中の1台である。
【写真33枚】SUV全盛の今だからこそ気になる、4ドアサルーンの詳細を写真で見る
2005年から2008年にかけて販売された“スーパー8”以降、ディムラーの名前は途絶えてしまっているが、戦前には英国王室御用達の格式の高い自動車メーカーだった。1960年にジャガーの傘下に加わり、基本的にはジャガーのバッジ・エンジニア・モデルとなるのだが、ジャガーは自社より古い歴史を持つブランドに敬意を表し、ラインナップの中の最も車格の高いグレードにその名を冠したのだった。
このクルマのベースとなったのは、1968年デビューのジャガーXJ6シリーズ1。穏やかでまろやかな美しさを持つこの時代のXJのボディには、ディムラー特有の波形があしらわれた伝統のグリルがよく似合う。ドアを開ければ紛うことない麗しいウッドパネルに分厚いレザー。グローブボックスを開けると、助手席の麗人へと顔を向ける化粧直し用のミラーがそっとせり出してくる。あらゆるところが美意識に満ちていて、それをカタチにする手間とコストが許された時代ならではの作りなのだな、と感じ入る。
滑らかに回転を上げる4.2Lのストレート6エンジン。電子制御など微塵もなかった時代から“それが何か?”といわんばかりに路面の凹凸を巧みにいなしていたサスペンション。Eタイプ譲りの心臓と絶妙に調律された足腰がスポーツカーを思わせる運動性能を見せたのは有名な話だ。
こうしたセダンをサラリと転がせる大人の男になれていたならよかったのに……と、少しばかり泣きたい気分だ。1990年代のどこかの辺りからミニバンが台頭しはじめ、背の高い車体の後端までルーフを伸ばした空間効率のよさによる合理性がもてはやされるようになるわけだが、それに反比例するかのように、セダンは少しずつ苦しい方向へと追いやられるようになる。リア・シートの後ろ側に隔壁があって車体の剛性が確保しやすいセダンはその分だけアシをよく動かせるから乗り心地よく仕立てていくこともできたし、剛性に加えて重心高を低くすることも可能だから安定性やハンドリング性能を確保しやすい基本的な性格を持っているが、実用性の面では人をたくさん乗せられるし荷物もバンバン積み込めるミニバンに対抗することなどできるはずもない。単に暮らしの道具としてクルマを考えるなら、流れがそうなるのも然り、ではあったのだ。
シトロエンのハイドロ最終進化形
けれど、1980年代、1990年代、2000年代初頭といった、今ではヤングタイマーあるいはネオ・ヤングタイマーと呼ばれる“ちょっと古いクルマ”達の中にも、魅力的なセダンはちゃんと存在している。前の時代に培った技術を延々と熟成させて人知れずかなりの高みへと押し上げた“偉大なる普通”とでも呼びたくなるような地味目系や、先鋭化が進んでいくモータースポーツのレギュレーションの中で何が何でも勝利を得ようと最新テクノロジーを徹底的にベース車へ盛り込んだスポーツカー顔負けのパフォーマンスを持ったスーパー・マシン、加速度的に進化していく電子制御の世界を快適性の分野に投入した癒しの塊のようなもの─。継続と熟成と進化の時代、といっていいのではないかと思う。
2005年にデビューしたシトロエンC6は、それをよく体現しているモデルだ。シトロエンは乗員が快適であることを何より大切にし、1955年発表のDS以来、とにかく乗り心地のいいセダンを─一時的に留守にしたことはあったものの─作り続けてきた。DSの時代からしばらくはハイドロニューマティックという窒素ガスとオイルの圧を利用したサスペンションが乗り心地のよさを担い、“魔法のカーペットのよう”と賞賛されたが、1980年代の終わり頃に電子制御が組み込まれたハイドラクティブへと進化し、さらに緻密で効果的な制御を可能とするよう改良と熟成を徹底させていった。C6には、その最終進化形といえるサスペンションが備わってる。
その乗り味は、途轍もなくスウィートだ。体感的な面からいうなら古いハイドロニューマティックの海原をたゆたうようなフィーリングに独特の─そして解りやすい─気持ちよさがあるけれど、C6のそれはもっと遙かに自然なのにもっと遙かに身体に優しい。さり気ないけど素晴らしく快適で、疲れ具合も走ってるときの安定感や動きの素直さも、こちらの圧勝だ。後にシトロエンはサスペンションを金属バネへと変え、それにしては素晴らしい乗り心地のよさを提供してくれているけれど、この徹頭徹尾スウィートな感触を得るまでには至っていない。
セダン受難の時代ではあったけど、こういう“ピカイチ”も生まれたのだ。
走る楽しさを第一に考えたサルーン
そして現代、である。ミニバンに加えてSUVが力強く台頭し、走りの面でも昔と較べたらどちらも驚くほどの進歩を遂げていて、セダンの存在意義はますます薄れたように感じられていたここ数年。普通に選ぶならミニバンもしくはSUVで、セダンを選ぶのはマニアックな行為なんじゃないか?なんて気すらしていたほどだ。
SUVが飛躍的な伸びを見せる一方でセダンが厳しくなったのは世界的な傾向で、中にはセダンをラインナップから外してしまったブランドもある。逆に“セダンとはどうあるべきか”ということに真剣に対峙して、飛躍的に出来映えのいい感動的なセダンを生み出すブランドも出てきている。そうしたクルマ達を走らせてみて強く感じるのは、迷いのなさ。どこか振り切ったような感じ。セダンがセダンとしての道を全うするには、セダンとしてのメリットを徹底的に突き詰めていくのが最大にして唯一の手段だとばかりに、不利な点を消そうと足掻いたり誤魔化すことに励んだりするのではなく、有利な点や持ち味をとことん伸ばすことを説得力にしようという思想を軸にして作られてる、といえるかも知れない。
アルファ・ロメオ・ジュリア辺りは、その代表選手だろう。アルファ・ロメオは159以来、久方ぶりにセダンを復活させるにあたって、ハンドリングに徹底的にこだわった。運動性能に徹底的にこだわった。そのため駆動は後輪もしくは後輪ベースの全輪へと切り替えた。シャシーも、パフォーマンスを優先してサスペンションを設計し、それに他の構成要素を加えていったような気配のある、このクルマのためにゼロから起こしたようなものだ。重量配分も、前後がきっちりと等分だ。12対1という常識を思い切り飛び越してクイックなステアリング・ギア比の採用なんて、“何のため?”とわざわざ訊ねる必要などないくらい明白だろう。
ジュリアは、だから素晴らしい勢いで、よく曲がる。ステアリング操作に対して嬉しくなるくらいにシャープに反応してくれる。そのシャープさを、サスペンションが綺麗に受けとめてくれる。“曲がる”という行為にまつわる一連は、フィールの面でも実際の動きの面でもピカイチといえるところにあって、それはまさしくスポーツカーのよう……というより、並みのスポーツカーを軽々と凌駕しているといっても何ら差し障りはないだろう。そのフットワークのよさが滅法効いていて、ただひたすら楽しいばかり、気持ちいいばかり。後席がやや狭かったりトランク開口部が小さかったりもして、極端といえば極端ではあるのだけれど、まるで“俺達の考えるセダンっていうのはこうなんだ。楽しさが第一、だろう?”という主張が乗り味から伝わってきて、その潔さに嬉しくなったりもする。今いちばん欲しいセダンの名前をあげろといわれたら、僕は間違いなくジュリアと応える。血が騒ぐ。
──今回は3台のみの御紹介だったけど、時代ごとに、タイプごとに、魅力的なセダンは数多ある。セダンを転がすのが“粋”である時代に、着実に戻りつつある。あなたは、どうする?
【SPECIFICATION】ディムラー4.2ソブリン
■全長×全幅×全高:4812×1762×1440mm
■ホイールベース:2765mm
■トレッド(F/R):1473/1481mm
■車両重量:1600kg
■エンジン:直列6気筒DOHC
■総排気量:4235cc
■最高出力:170PS/4500rpm
■最大トルク:31.9kg-m/3500rpm
■サスペンション(F/R):ダブルウイッシュボーン/ウイッシュボーン
■タイヤ(F&R):205/70R15
【SPECIFICATION】シトロエンC6 3.0HDi 240FAP Exclusive
■全長×全幅×全高:4900×1860×1460mm
■ホイールベース:2900mm
■トレッド(F/R):1580/1550mm
■車両重量:1948kg
■エンジン:V型6気筒DOHCターボ
■総排気量:2992cc
■最高出力:240PS/3800rpm
■最大トルク:45.9kg-m/1600-3600rpm
■サスペンション(F/R):ダブルウイッシュボーン/マルチリンク
■タイヤ(F&R):245/45R18
【SPECIFICATION】アルファ・ロメオ・ジュリアQ4 VELOCE(左ハンドル)
■全長×全幅×全高:4655×1865×1435mm
■ホイールベース:2820mm
■トレッド(F/R):1555/1625mm
■車両重量:1630kg
■エンジン:直列4気筒マルチエア・ターボ
■総排気量:1995cc
■最高出力:280PS/5250rpm
■最大トルク:40.8kg-m/2250rpm
■サスペンション(F/R):ダブルウイッシュボーン/マルチリンク
■タイヤ(F&R):225/45R18
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死語になったらしい