BMWのクーペSUV「X4」のハイパフォーマンスモデル「X4Mコンペティション」に田中誠司が試乗した。印象は?
600万円超の価格差
8月1日からBMW「X3」/「X4」のMパフォーマンスおよびMモデルが軒並み約7%の値下げを受けた。ドイツのプレミアムブランドは、ライバル企業各モデルの性能や装備をよく観察しながら慎重に価格設定するのが通例だ。つまり為替相場が安定している現在、相当な要因がなければわずか登場1年で7%も値段を変えることはあり得ない。
ひるがえって現在の高性能SUVマーケットを見ると、直接のライバルであるメルセデス「GLC」「GLCクーペ」のAMGバージョンは東京の街中でよく見かけるし、ランドローバー「レンジローバースポーツ」やマセラティ「レヴァンテGTS」、アルファロメオ「ステルヴィオ・クアドリフォリオ」など500psクラスが数多ラインナップされるようになった。
Sho Tamura JRPA-1601これまで高性能セダンを好んでいた層が、どんどんこちらに移ってきているのではないだろうか。競争の激化を受け、BMWはシェア確保のため値下げに踏み切った、ということなのだろう。
ところで今回のテーマは、「約700万円から買えるX4のなかにあって、トップモデルである『X4Mコンペティション』の価格は1339万円。一体なにがそんなにスゴイのか、説明してほしい」とのことである。
Sho Tamura JRPA-1601BMWウェブサイトのカーコンフィギュレーターを操ってみると、X4の最廉価版である190psディーゼルの「xDrive 20d」(695万円)は、実は価格訴求のための見せ球であるのがわかる。ホイールや内装のオプション設定がなく、本気で売る気があるようには思えない。
代わって販売のメインストリームになりそうなのは「xDrive 20d M Sport」(774万円)だ。こちらには「M エアロダイナミクス・パッケージ」が備わり、19インチもしくは20インチのホイールが選択可能である。BMWが名乗る“スポーツ・アクティビティ・クーペ”(SAC)にふさわしい外観を手に入れられるし、内装も7種のレザーに5種のパネルを組み合わせられるので一気にリッチな雰囲気になる。
Sho Tamura JRPA-1601その上にくるガソリン252psの「xDrive 30i M Sport」(838万円)は、ディーゼル車の低い燃料コストや税金、長い航続距離などの恩恵を捨てさせるには中途半端なので、ぼくならもう87万円足してガソリン6気筒387psの「X4 M40i」を選ぶ。「M アダプティブ・サスペンション」「M スポーツ・ディファレンシャル」「M スポーツ・ブレーキ」を身につけ、装備は万全である。
F1から50ccミニカーまで、ぼくはありとあらゆる車に乗ってきたなかで、あれば嬉しいのはせいぜい350psくらいまでだと思っている。そこから先は自分の制御可能範囲を超えた速度域で求められるものなのではないかと。
だから前述のとおり500psを超える領域で高級SUVの覇権が競われていることには違和感も覚えるが、現実に1236万円出すと「X4 M」は誰にでも手に入る。
Sho Tamura JRPA-1601新開発のエンジンを搭載
「X4 M」と「X3 M」にはまだほかのMモデルに搭載されていない、新開発の「S58型」と呼ばれるBMW M社謹製3リッター・ツインターボ・ユニットが搭載されている。
基本設計はX4 M40iに搭載されている「B58型」をベースとするが、ターボチャージャーはツインスクロール1基からシングルスクロール2基に変更されているほか、ピストン、クランクシャフト、コンロッドといったムービングパーツは鍛造の専用品で、大径バルブと組み合わせられるシリンダーヘッドは3Dプリンターで製作した特別品である。冷却系も大幅に強化されたことでチューンアップの許容度も高まったと、マニアやモータースポーツの関係者が歓迎している模様だ。
Sho Tamura JRPA-1601Sho Tamura JRPA-1601Sho Tamura JRPA-1601X4 Mで480ps、X4 Mコンペティションで510psという超高性能を受け止めるべく、ドライブトレインには専用設計が導入されている。
4輪駆動の「M xDrive」システムは高出力に合わせて容量を高めたほか、「アクティブMディファレンシャル」と融合したより高度な電子制御によりハンドリング性能を改善。タイヤはM40iと同じ21インチながら、ランフラット式でない「ミシュラン・パイロットスポーツ・4S」を装着し、前後サイズのバランスも見直している。
Sho Tamura JRPA-1601Sho Tamura JRPA-1601Sho Tamura JRPA-1601およそ100psのエクストラ・パワーを自在に操るため、こうした抜本的な改良を施す追加費用がM40iに対しておよそ300万円という計算になる。さらに103万円アップのX4 Mコンペティションには、ベンチレーション機能付きのMスポーツ・シートやグレードアップされたレザー、カーボンファイバー製パネルなどが加わるが、運動性能に関わる部分に変更はない。
一種不気味にも思えるのは、M40iに対してX4 Mの車重は160kgも増えて2030kgに達する点だ。クーペ系のMとは異なり、重量増をかえりみず冷却系やサスペンション、駆動系の強化と電子制御の導入に励んだわけである。このような条件の中でX4 Mは一体、どんな世界を目指そうとしているのだろうか。
数字から想像するよりずっと紳士的な振る舞い
X4 Mのコクピットに、X4 M40iと比べて際立った違いはない。けれどもそこには、わかる人にはわかるMのエッセンスがしっかり注がれている。たとえばステアリングを握る両手親指の位置に備わる赤い「M Drive」のボタンや、ATセレクターの頂上にありシフトタイミングを細かく調整できる「Drivelogic」のスイッチである。
トランスミッション、エンジン特性、サスペンション、ダイナミック・スタビリティ・コントロール、パワーステアリング、ヘッドアップ・ディスプレイを、瞬時に好みの設定に切り替えられるのがMモデルならではの楽しみだ。
Sho Tamura JRPA-1601Sho Tamura JRPA-1601Sho Tamura JRPA-1601赤く塗られたエンジンスタートボタンは、いかにも取扱要注意の危険性を強調している。510psという数字を聴いて、思い起こされるのは2016年の「M4 GTS」である。吸気管に水を噴射するシステムを新設までして、ほぼX4 Mと同じ排気量から500psを絞り出したその限定モデルは、チタン製エグゾーストからかなりの音量を放っていたものだ。
しかしX4 Mコンペティションがそんな獰猛さを意識させることはついぞなく、音量は馬力の数字から想像するレベルを常に下まわる。ベースとなるエンジンのポテンシャルが高まったぶん、ハイパワーでもクールさを保てるのだろう。
Sho Tamura JRPA-1601Sho Tamura JRPA-1601Sho Tamura JRPA-1601DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)を用いたM4などとは異なり、トルクコンバーターを介することもあり、定速巡航からドンとスロットルを全開にした瞬間のレスポンスは劇的ではない。しかしそこから前後4つのタイヤの能力をすべて吸い尽くすようなたくましいトルクが放たれ、7000rpmのレブリミットへ向けて一度収斂し、シフトアップを経て再び息の長い加速が続く。
Mドライバーズ・パッケージを装着した試乗車では、通常250km/hに制限される最高速が280km/hまで高められるらしいが、とにかく数字から想像するよりずっと紳士的な振る舞いが印象的だ。
Sho Tamura JRPA-1601Sho Tamura JRPA-1601Sho Tamura JRPA-1601Sho Tamura JRPA-1601ロジカルでクールな選択肢
コイルスプリングに電子制御ダンパーを組み合わせたシャシーの仕立ては、結論から言えばそれ相応にハードな仕立てになってはいるものの、極端な硬さではない。
動き出した瞬間、サスペンションは引き締まった骨っぽさを示し、ステアリングは、“さぁ曲げてみろ”というテンションを伝えてくる。路面のざらつきやロードノイズも意識させるものの、おそらくはランフラットタイヤを採用していないがゆえの救いが挙動から垣間見える。
Sho Tamura JRPA-1601限られた速度域での話ながら、操舵に対する追従性は非常に高く、背の高さゆえの反応の鈍さや、2tを超える車重を意識するシーンに遭遇することは皆無であった。「Mサーボトロニック」と名付けられたパワーステアリングのアシスト力も、車速や操舵量に対して非常に繊細に調整されていて、重心が高いクルマであればより難度の高いはずのチューニングに、エンジニアが多くの時間を費やしたことが看て取れた。
速度やGが高い、あるいは路面コンディションが優れない状況における4WDシステムの振る舞いなど、BMW Mのこだわりをもっとじっくり観察してみたいところだが、少なくとも日常的な環境下において、このX4 Mコンペティションが510psを持て余さないよう入念に作り込まれていることは短時間のテストドライブでも理解できた。
Sho Tamura JRPA-1601ただ、オーバー500psという数字や、SACならではの多用途性、いざとなればサーキットに持ち込んでも大丈夫なMモデルといった事実を除いたとき、特別にエモーションに訴えかけるなにかがあるか、と言われればぼくは答に窮してしまう。たとえば、431psにすぎないけれど7500rpmまでまわる現行「M4クーペ」のS55エンジンが恋しくなったりする。
X4 Mはロジカルでクールな選択肢、なのだろう。
文・田中誠司 写真・田村翔
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