日産の「セレナ オーテック」に追加された「スポーツスペック」に、今尾直樹がひと足早くテストコースで乗った!
オーテックの源流
日産の人気ミニバン、セレナにオーテック・スポーツスペックという新しいグレードが誕生する。発売は12月上旬で、それに先駆けてプレス向け試乗会が神奈川県横須賀市の追浜にある日産のテストコースで開かれた。
開発したのは日産モータースポーツ&カスタマイズ株式会社、略称NMCという耳慣れない会社だ。ご存じの方はご存じのように、NMCは2022年4月に、日産のモータースポーツ部門であるニスモことニッサン・モータースポーツ・インターナショナルと、特装車両メーカーであるオーテックジャパンが統合して生まれた、日産の100%子会社である。
1986年に設立されたオーテックジャパンは、スカイライン神話を築いた伝説のエンジニア、櫻井眞一郎が初代社長に就任したことで知られている。バブルの頃、「オーテック・ザガート・ステルビオ」というスペシャルなクーペで話題を提供した。初のチューニング・カーは2003年発売の「マーチ12SR」で、サーキット専用ではなく、ストリートでの気持ちよさを念頭に、エンジンから足まわりまでチューンが施されていた。マーチ12SRは市場の熱い支持を得たこともあり、オーテックジャパンとしても手応えを感じたのだろう。オーテックのカスタマイズの原点に位置づけられている。
2007年発売のZ33型「フェアレディZ Version NISMO」は、レースから得たニスモのノウハウを活かして、オーテックジャパンが開発したファクトリー・チューンのカタログモデルだった。このときのコラボレーションがのちの統合を予告していたのかもしれない……。
同じ2007年の年の瀬には、「エルグランド」、セレナをチューンした「ライダー」を発表。ファクトリーカスタムの需要はミニバン市場にもあることを知らしめた。オーテックバージョンは現在、エルグランド、セレナ、そして「キャラバン」、「エクストレイル」などに設定。いずれも、キラキラ輝くドットパターンのフロントグリル、ブルーに発光するシグネチャーLED、メタル調フィニッシュの専用パーツ、そして専用アルミ・ホイール等を外観の特徴とし、人工皮革のレザレットをシート表皮に用いていたりする。ブルーのボディ色がアイコニックカラーで、この青はオーテックジャパンの発祥の地、湘南・茅ヶ崎の“海”と“空”をイメージしている。もちろんブルー以外のペイントもあるけれど、湘南の海と空、といわれると、ボカァ幸せだなぁ。という感じがする。
コンセプトは、ハイウェイ・クルーザー前置きが長くなってしまった。そんなわけで、オーテックジャパンとニスモが統合した日産モータースポーツ&カスタマイズ株式会社、略称NMCは、ニスモとオーテック、ふたつのブランドで持っており、このふたつのブランドを柱にファクトリーカスタムのビジネス展開を図っている。ニスモはパフォーマンスとモータースポーツのイメージで“速さと高揚感を”、オーテックはプレミアムとクラフツマンシップで“上質さと爽快感を”、というコンセプトで性格分けをしている。と同時に、このふたつのブランドは、スポーツというところでつながってもいる。
新しいオーテック・スポーツスペックはつまり、ボディ内外のコスメティックを変えることでプレミアムとクラフツマンシップを表現していたオーテックブランドにスポーツの要素を強調したものなのである。
さて、では、これまでのオーテックと、新しいオーテック・スポーツスペックは具体的にどこがどう違うのか? チラッと前述したように、セレナにはすでにオーテックバージョンが用意されている。それも現行型が2022年11月に発表されたときから。ベースは、セレナのハイウェイスターVというグレードで、パワートレインはe-POWERと2.0リッター直4ガソリンから選べ、4WDの設定もある。
これに対して、セレナ・オーテック・スポーツスペックは、ベースがハイウェイスターVというのは同じだけれど、パワーユニットはe-POWERのみで、駆動方式はFWDに限られている。それというのも、パワーユニットから足まわり、ボディに至るまで、元オーテックジャパン、略称NMCのカスタマイズ事業部が専用チューンを施しているからだ。それには車種は絞ったほうがよい。
コンセプトは、ハイウェイクルーザーである。これを実現するために、まず、「VCM(ヴィークル・コントロール・モジュール)」と、呼ぶパワーユニットのコンピューターに専用チューンが施されている。発電用の1433cc直列3気筒直噴エンジンと、駆動用のモーター、どちらも最高出力と最大トルクの数値は変わっていない。数値を記せば、エンジンは98ps/5600rpmと、123Nm/5600rpm、モーターは120kW(163ps)、315Nmのママである。
ところが加速フィールはノーマルと大きく異なる。ドライバーの入力に対するモーターの出力特性を変えることで、ようは基準車よりも少ないアクセル開度で、より鋭くて強力なトルクをモーターが発揮するように仕立て直されている。全開にしたときの加速タイムは基準車と変わらない。あくまでスポーティなフィーリングをドライバーに味わせようというチューニングなのだ。
サスペンションではフロントのバネ定数を約15%、リヤのそれを約20%、それぞれアップし、それぞれに専用減衰力特性を与えたダンパーを配している。ホイールは1インチアップの17インチで、タイヤは215/55ZR17のミシュラン・パイロット・スポーツ5が奢られている。17インチはセレナで唯一となる。電動パワーステアリングの特性も専用という。
ボディの剛性アップも図られている。フロントにクロスバーが尽かされ、ハイウェイスターVにもついているリヤのクロスバーは径と板厚をアップ。Z33型フェアレディZ Version NISMOから採用しているヤマハのパフォーマンスダンパーをリヤに装備してもいる。ヤマハの担当者によると、パフォーマンスダンパーはスチール製のボディをスプリングととらえ、スプリングだったらダンパーをつけたらどうだろう、という発想で生まれたものという。これがどうして安定性と不整路での質感向上につながるのか、実はよくわかっていないらしい。
試乗会の会場に、四角いスチール製の枠だけのもの、枠のなかに金属のつっかえ棒を入れたもの、つっかえ棒の代わりにパフォーマンスダンパーを取り付けたもの、の3種類が持ち込まれていて、これらを樹脂製のカナヅチで次々と叩いてみると、パフォーマンダンパーの威力がよくわかった。これをつければ、音叉はもちろん、祇園精舎の鐘の声も除夜の鐘も、響かなくなること請け合いである。もちろん、それがどうして上質感につながるのか、専門家にわからないものが筆者にわかるはずもない。
さらに静粛性向上のために、フロントのサイドガラスの板厚を上げ、ダッシュボードにインシュレーターが追加されている。サイドのガラスはセレナの最上級グレードの「LUXION」と、同じものだという。セレナe-POWER LUXIONは484万7700円。同オーテック・スポーツスペックは438万6800円。より高いグレードの厚板ガラスを装着しているのだから、オーテック・スポーツスペックはお買い得に思える。
全高1865mmの背の高いミニバンを上手にまとめている。試乗は最高速100km/hのテストコース内を4周ほどしただけである。コース内には軽いアップダウンとごく短いコーナーの連続が設けられている。その範囲で申し上げると、正式名称セレナe-POWERオーテック・スポーツスペックは快適なハイウェイクルーザーだった。
低速だと、若干乗り心地が硬めであることは否めない。足まわりが基準車より硬められ、ミシュランの17インチのZRタイヤを装着しているのだから当然だ。その分、高速走行は安定している。セレナはいまどき、いかにもミニバンで、着座位置は高くて、いかにも腰高で、重心も高そうである。それを無理やり曲がる、スポーティなクルマに仕立てようとしていない。筆者の見るところ、曲がりたがらない。それでよいのである。物理の法則に逆らっても、よいことはひとつもない。といって、曲がらないわけではない。腰高な感じはするけれど、不安感はない。全高1865mmの背の高いミニバンを上手にまとめている。
VCMの専用チューンは効果的だ。軽くアクセルを踏んだだけで、爽快な加速感を堪能させてくれる。ドライブモードはスタンダードでも十分力強い。スポーツにすれば、なおさらである。
静粛性はかなり高い。走行中、気になったのはエアコンの吹き出し音だった。温度設定が18℃になっていたせいもある。
オーテック・スポーツスペックを含めたオーテックバージョンは、セレナの販売台数の5%程度を見込んでいるという。その5%のうち、オーテックとオーテック・スポーツスペックの販売比率はおおよそ50%ずつだそうで、考えてみたらニッポンのメーカーで子会社が開発したファクトリーカスタムをカタログモデルとして販売していること自体、珍しい。海外ではメルセデスAMGとかBMW MとかアウディRSとかの例がある。
日産ファンは、ミニバンを買う人でも熱い。セレナ・オーテック・スポーツスペックはその熱い期待に応えている。
文・今尾直樹 写真・田村翔 編集・稲垣邦康(GQ)
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