■GRヤリスについて「そろそろ喋ってもいいかな」と言う裏話を!
トヨタの「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を最も愚直に体現させたモデルがGRヤリスでしょう。
その進化型が4月8日に発売開始されます。
今回はGRヤリスについて「そろそろ喋ってもいいかな」と言う裏話を、当事者の証言を交えてお伝えしていきたいと思います。
【画像】「えっ…!」これが「すごいヤリス」 見た目からスゴい画像を見る!
ちなみに筆者は1月下旬にモンテカルロラリーの取材に行ってきました。
レモニアルスタートが行なわれるカジノ前で、進化型をベースにした2台の特別仕様車「セバスチャン・オジェエディション」、「カッレ・ロバンペラエディション」がお披露目。更にカスタマー向けのラリーマシンである「GRヤリス Rally2」が初参戦しました。
2017年のWRC復帰から7年、このモンテカルロでRally1、Rally2、そして量産モデルのGRヤリス“ファミリー”が勢ぞろいしたシーンを見て、このクルマを登場前から追いかけてきた筆者は「こんな光景を見ることができるようになるとは!」と、何とも言えない感慨深さを感じました。
2015年、当時社長だった豊田章男氏はWRC(世界ラリー選手権)への復帰を宣言。実はこの時、豊田氏の頭の中にはもう一つのプロジェクトがありました。
それは「WRCマシンの血を受け継いだスポーツ4WDを創る」でした。
と言っても、単なる言いだしっぺで後は現場にお任せではなく、プロジェクトの一員として色濃く関わっているのは周知の事実。
開発責任者の齋藤尚彦氏は、「モリゾウさんはマスタードライバーとしてだけでなく、スポーツ4WDにすることの決断やデザイン、更にはパッケージまで具体的な指示をいただきました。言うなれば、チーフエンジニアはモリゾウさんであり、我々はその想いを具体化させる実践部隊なのです」と語っています。
そもそも、豊田氏はなぜこのようなクルマを作ろうと考えたのでしょうか。豊田氏に直接聞いてみました。
「トヨタは古くから式年遷宮の如く、20年に1度スポーツカーを作ってきました。
1960年代には2000GTやヨタハチ、その20年後との1980年代にはスープラ、レビン(トレノ)、MR-S(MR2)、セリカなどが世に出ました。
その後、20年後の2000年代にも出るはずでしたが、当時のトヨタは『儲かるクルマ、売れるクルマ』が優先で出すことができませんでした。
しかし、LFAで流れを作り、スバルの力を借りて86、BMWの力を借りてスープラを出すことができました。
しかし、トヨタの中に『ゼロからトヨタだけの力でスポーツカーを復活させたい』と言う気持ちを持つ人がたくさんいましたが、言えない状況でした。
それをモリゾウと言うマスタードライバーが生まれた事、更には86/スープラをお客様が応援してくれた事で、『あっ、やってもいいんだ』と言う気になり始めた事が一番大きいです。
普通の頭で考えれば『売れるわけがない』で却下ですが、お客様が欲しいモノが提供できる会社にトヨタが少し変わってきたと言う事でしょう」
GRヤリスの開発がスタートしたのは2016年の年末、齋藤氏は豊田氏から直接「やるぞ!」と明確に言われたそうです。
「当時はTCカンパニーでノーマルのヤリスの開発をしていましたが、『なぜ、自分何なんだろう??』と言うのが素直な気持ちでした」。
ちなみに筆者は以前から齋藤氏を良く知っていますが、当時の印象はいわゆる一般的なトヨタマンとは真逆で、チャラい上にヤンチャ坊主。
ただ、社内に自動車部を立ち上げクルマづくりやレース参戦を行なうなど、クルマに対する熱量は人一倍高かったのも事実です。
トヨタマンの中でも異端児でなければ、従来のトヨタの枠を超えたクルマは作れない豊田氏はそう考えたのでしょう。
「声をかけると凄いクルマ好きが集結しました。このようなクルマなので色々な部署から各部の部長がそういうメンバーを推してくれたのもあると思います。
そういう意味では、“当初”はプレッシャーより新しいモノに挑戦できる歓びのほうが大きかったです。
実はこういう事は自動車会社に勤めていてもなかなか経験できない事。普通は大抵シナリオの大筋は決まっていますから」(齋藤氏)。
とは言うものの、トヨタのスポーツ4WDの技術・技能は1999年に生産終了したセリカGT-FOURで途絶えていたため、全てはゼロスタートだったと言います。
「スポーツ4WDの復活と言うと聞こえはいいですが、社内ではその技術・技能はありませんでした。
そこで失われた20年を最短で取り戻すためには、モータースポーツから学ぶ開発を選択。
そこで強いクルマ作りは当時WRカーの開発を行なっていたTMR(トミ・マキネン・レーシング)、市販車では考えられない評価はレーシングドライバー/ラリードライバーの力を借りています」
この話を聞き、筆者はGRヤリス登場の3年前となる2017年、フィンランドラリー取材後にTMRを訪れた時のことを思い出しました。
今だから言えますが、ここで齋藤氏とバッタリ遭遇。この時、「齋藤さんは素のヤリスの開発をしてると聞いてますけど、なぜいるの?」と聞こうと思いましたが、普段ならざっくばらんに会話をしてくれる齋藤氏が避けるかのように立ち去ろうとしている姿を見て、「なるほどね!!」と確信。
齋藤氏は「あの時はまだクルマの影も形もない状況で、そんなタイミングで1番会ってはいけない場所で、1番会ってはいけない人に見られてしまい、本当に焦りました」と教えてくれました。
その後、先代ヴィッツ(5ドア)にGRヤリスのパワートレインや4WDシステムをドッキングさせた試作1号車が完成。
ただ、このモデルが箸にも棒にもならない代物で、プロドライバーですらコースに留まることが難しいモデルだったと言います。
「今だから言えますが、じゃじゃ馬を超えて暴れ馬のようなクルマでした。
エンジンもミッションも4WDシステムも全部ダメ。モリゾウさんは直接我々には言いませんでしたが、『スバルにお願いしたほうがいいのでは?』とホンキで考えた事もあったそうです。
トヨタは今までは『クルマ側でこれがベスト』と言う作り方でしたが、それでは通用せず。
そんな中、モリゾウさんに叩き込まれたのは『ドライバーコンシャス』です。
それを突き詰める事こそが、我々の開発における最大のミッションでした。
その本質とはクルマと向き合い、現場でモノを見ながら議論、道を走って作ると、開発のやり方を昔に戻すと言う非常にシンプルな物でした」(齋藤氏)
ちなみにこの記念すべき試作1号車は、シッカリと保存されています。更に3ドアの専用ボディ採用にも紆余曲折があったそうです。
「当初はノーマルのヤリスと共通にしてファミリーとしてホモロゲを取ろうと思っていました。
細かい部品まで全てリストにして、WRCチームと『これはできる』、『これはできない』とやってみるも、結局は中途半端。
モリゾウさんには『レーシングカーから市販車を作ると言っているのに、また市販車からやっているのか!』、『市販車ベースに都合でやるな』と怒られました」(齋藤氏)
■そして…ついにデビューを迎えたGRヤリス。 豊田章男氏自ら振り返る!
そして、2020年1月の東京オートサロンで世界初公開。実はこの時点で量産車の形になっているも課題は山積みで、予定通りに発売できるかどうか暗雲が立ち込める状況だったそうです。
ただ、齋藤氏は「ここからの半年、モリゾウさんに毎日のように乗ってもらった事でクルマがガラッと変わりました」と。なぜ、それができたのでしょうか。
この頃、新型コロナウイルス感染拡大により世界中がパニックに。移動規制や外出の自粛などが行なわれましたが、豊田氏は蒲郡市にある役員研修施設「KIZUNA」で、寝泊まりしながら誰にも会わずに執務を行なっていたそうです。
GRヤリス開発チームは、これまで秒単位のスケジュールで世界を股にかけて行動していた毎日が一転しまった事を逆手に取り、「ちょっとでも時間が空いたら乗ってもらえるように」と、KIZUNAに試作車を配備しました。
豊田氏はこの時の事を振り返ります。
「私は朝5時から仕事をしているので、だいたい14時-15時には終わります。
その後の時間は空いている、更にKIZUNAの前には広い空地(ダート)がある。
それなら試作車の走り込みができるぞと。それから毎日のように走りました。
走ると壊れるので、状況を電話/動画などで連絡、クルマを直してもらって再び走らせるの繰り返しをしました」
その結果はどうだったのでしょうか。齋藤氏は次のように振り返ります。
「実際に乗ってもらうと本当に壊れました。
『プロドライバーが乗ると壊われないのに、なぜ?』の繰り替えしでした。
クルマはデータ/映像を自動で撮れるのようにしてあったので、それらを見ながら部品を確認、その場で直せない場合は本社に持ち替って検証しながらカイゼンを進めました。
代表的なのはトランスファー冷却、シフトフィール改善、4WD制御、エンジンの冷却などがこのKIZUNAで鍛えられたと言っていいでしょう。
その距離は2020年から2022年までの2年で1000km(KIZUNAのダートコースは1周1km弱なので、何と1000LAP)。
その試作車を我々は『207号車』と呼んでいますが、2024年の東京オートサロンやラリー三河湾、ラリチャレ沖縄のデモランで走らせているモデルです」
そして、2020年8月にラインオフ式を迎えました。通常であれば開発チームにとっては“ゴール”ですが、豊田氏の心の中はそうではありませんでした
「この時の私は『やったー、ラインオフだ~!!』と浮かれていましたが、モリゾウさんに『ちょっとおいで』と。
褒められるかなと思ったら『今日がスタートだよ、今度のS耐24時間、壊すからね』と。正直、この時はその意味がよく解っていませんでした」
2020年9月4日、GRヤリスは正式発売。その翌日となる9月5-6日に開催された富士24時間耐久レースにGRヤリスが参戦しました。
その実力を示すにはいい機会ですが、豊田氏はチームメンバーに異例の指示を出しました。
「『壊してください』
決勝前に私はチームメンバーに『壊せ』と言いました。その意味は、壊した所を強化して、ユーザーの皆さんの手に渡るときにしっかりしたものになるように、『この24時間をその舞台として捉えろ』と。
変に守って走るのではなく、全開で走って壊れたものは改良していこうと。それを開発メンバーにリアルに解ってほしかった」
また齋藤氏はこの時の事を、今でも鮮明に覚えていると言います。
「GRヤリスでのレース参戦、その時の私は『次はレースに出れる!』と調子に乗っていました。
そして、心の中では『自信を持って開発してきたので、問題ない』と。しかし、実際は大違いで、次々と起こるトラブル。
今までのトヨタが経験した事の無い出来事でした。正直に言うと、夜中はホテルに戻って仮眠しようと思っていましたが、そんな余裕など全くありませんでした。ただ、結果はデビューウインでした」
だた、齋藤氏は表彰式の後のミーティングを見て、ガツーンと衝撃を受けたと言います。
「レース後に浮かれているのは私くらいで、チームのスタッフはすでに次のレースの話をし始めました。
心の中では『色々不具合はあったけど、クルマは持ちこたえて勝てた。それでいいじゃない』と思っていましたが、チームはそう考えていません。
要するに現状に満足せず、すぐに次に活かすと言う考え。つまりリアルな『もっといいクルマ』を目の当たりにしました。
ここでモリゾウさんの『スタート』の意味が、本当に解った気がします」
恐らく、今までのトヨタは壊さないようにつくるが正義でしたが、豊田氏はそこに疑問を持ち、「壊れなかったからOKではなく、壊さないと本当の限界は解らない」を開発チームにモータースポーツの現場でリアルに伝えたかったのでしょう。
これも「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」の大事な考えの1つです。
この時以降、GRヤリスは本当の意味での“壊しては直す”開発がスタートしたそうです。
レースやラリー、ダ―トラ、ジムカーナを始めとする様々なモータースポーツシーンを活用して、極限の状態でクルマは鍛えられていきました。
「これまでは我々はモータースポーツやカスタマイズの世界はトヨタとしては領域外でしたが、モリゾウさんは『彼らもお客様の1人、彼らの困りごとをサポートするのも、君たちの役目だよ』と。
確かに発売時に『チューニングやモータースポーツに存分活用してください』とアピールしながら、その裏では何もできていませんでした。
そこに真摯に向き合う事こそが、モリゾウさんの語る『モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり』の近道なんだと」(齋藤氏)
■そしてフルチューニング仕様の「GRMNヤリス」やアップデートに繋がっていく…
そのトライが、2022年に限定500台で発売されたフルチューニング仕様の「GRMNヤリス」、そして既販車へのアップデートプログラム/パーソナライズなどに繋がっていきます。
今回登場した進化型GRヤリスはその“集大成”と言ってもいいでしょう。
「実は当初の企画は『法規適合くらいで変える必要はない』と言う判断でしたが、ここでもモリゾウさんに『鍛えた結果は、できるだけ早いタイミングでユーザーに還元すべき』とガツンと言われました。
確かにこれまで様々なチャレンジをさせてもらいましたが、チャレンジしただけでは何の意味がありません。
それならこれまでモータースポーツの世界でトライしてきた事を、全て盛り込んでしまえと考えました。
ちなみにWRCドライバーが監修した特別なモデルはそんな経験・知見がたくさんあったからこそ、素早く対応することができました」
ちなみにGRヤリスの販売計画は、当初は「発売初年度にホモロゲ獲得に必要な2万5千台を生産、その後は10年くらいかけて4万台売る」だったと言いますが、蓋を開けると登場3年で4万台以上を発売。どの仕向け地でも「もっと欲しい!!」と言う声があるようです。
「嬉しい反面、欲しい方全てにお届けできていない反省も。
当初は売れるかどうか、皆が懐疑的だったので、完全な采配ミスです。
GRヤリスを生産している元町工場の生産ラインの能力は約2100台/月ですが、現在それを引き上げるためのカイゼンを進めています」(齋藤氏)
豊田氏は「社会情勢や景気に左右されないスポーツカービジネスを行なう」ために、今までとは異なるアプローチを取ってきました。
それはGRヤリスも同じで「赤字はダメよ」と。ただ、予想を超える販売の結果、次のモデルに投資できる開発資金が生まれた、進化型を世に出すことができたと言うわけです。
このように進化型は“現時点”では最良のGRヤリスなのは間違いないが、「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」ゴールはない。開発チームはすでに次のステップに進んでいます。
更に進化型のアップデートパーツもスタンバイされているようなので、今後の展開も目が離せません。
そして最後に齋藤氏は次のように締めくくりました。
「このクルマは乗ってナンボのモデルですので、購入された人は色々な“道”を走ってください。
我々はユーザー皆さんも開発チームの一員だと認識しています。
気になる事はSNSなどを通じて発信してください、常にチェックしていますので」
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