水素エンジン車がスーパー耐久シリーズの富士24時間耐久レース(正式名称:スーパー耐久シリーズ2021 Powered by Hankook・第3戦 NAPAC 富士スーパーTECレース)走るということで、TV、新聞などマスメディアでも大きく採り上げ話題となった。
レース出場の背景
トヨタ KINTO「GRヤリス“モリゾウセレクション”」の取り扱いを開始
その参戦車両は「カローラH2コンセプト」で、出場クラスはST-Qクラス。ST-Qクラスとは、スーパー耐久レースの規則に縛られない自動車メーカーの開発車両で賞典外の扱い。
富士24時間耐久レースには、この「カローラH2コンセプト」と同じRookieレーシングチームから出場する「スープラGT」の2台がST-Qクラスで、スープラGTも他のレース車両とは異なり開発用の車両とされている。
Rookieレーシングチームは、豊田章男社長がオーナーのレーシングチームで、スーパー耐久レースシリーズに参戦している。もちろん公式のワークスチームではないが、様々な企画や開発のために出場するチームで、参戦ドライバーもトヨタのテストドライバー、豊田章男社長、社長の長男の豊田大輔氏、そしてトヨタ契約プロドライバーの混成チームという構成だ。
既報のように、4月22日に行なわれた自動車工業会の「東京モーターショー2021」中止発表後の豊田社長オンライン会見で、突然カローラに水素内燃エンジンを搭載して富士24時間耐久レースに出場することが発表された。
社内では水素内燃エンジンの開発はごく少数で、細々と続けられていたと言われているが、豊田社長は、EV一辺倒の社会トレンドに一石を投じたいという思いから、レース参戦が決定したと考えられている。確かに水素の燃焼はNOxは発生するが、CO2の発生はゼロであり、環境性能は高いと言える。
ベース車両はカローラスポーツで、水素燃料電池車の「ミライ」で採用している高圧水素ガスタンクを搭載。タンクは4本で容量は180L。リヤシート部分に積み上げる形で搭載されている。超高圧タンクを保護するため、カーボン製の密閉カバーで覆い、さらに運転席との間にもカーボン製の隔壁を設置。そして万が一、タンクから水素が漏れることを考慮してリヤのスペースからルーフの後端にダクトを設け、水素ガスを車外に逃がすようにしてある。
搭載エンジンはGRヤリス用のG16E-GTS型3気筒1.6Lターボエンジンで、水素を燃焼させるために必要な改造が加えられているが、直噴システムなどは既存技術をベースに水素燃焼用に手直ししているのは言うまでもない。また、高圧の水素タンク付近と同様にエンジンの近くにも水素ガスセンサーを配置し、極めて漏れやすい水素ガス対策を行なっている。
水素内燃エンジンの歴史では、2006年にデビューしたマツダRX-8ハイドロジェンREは、350気圧の水素ガスで最高出力が109ps、同時期に発表されたたBMWハイドロジェン7も、V型12気筒6.0Lエンジンを搭載しながら、超低温の液体水素を気化させて使用するシステムで最高出力は260psと低かった。
水素の性質は、体積あたりの熱エネルギーはガソリンの1/4、つまり体積あたりの仕事量が1/4であるため、水素内燃エンジンではパワーが出ないのだ。このように水素をそのまま内燃エンジンの燃料として使用すると、搭載量が少なく航続距離も短い、エンジンのパワーも十分ではなくスジの悪い燃料ということになる。
一方で水素を燃料とするとリーンバーン(希薄燃焼)がしやすい、燃焼速度が早いなどの利点もあるが、前述のようにパワー、航続距離との両立が最大の課題なのだ。
そのため、「カローラH2コンセプト」は、従来の水素内燃エンジンより水素の搭載量を稼ぐため、以前の350気圧から現在のミライと同様の700気圧という超高圧ガスを180L積載(ミライは141L)し、ガソリンエンジンのG16E-GTS型と同等の270ps程度のパワーを引き出すためにターボ過給を、それも水素はノッキングに強いことを活かし2.0バールかそれ以上の高過給圧としている。
水素内燃エンジンの実力
富士24時間耐久レースの結果を見ると、「カローラH2コンセプト」は走行距離1634km、周回数358周、走行時間11時間54分となっている。
つまり、24時間レースにおいて走行時間はちょうど半分で、例えばST-4クラスの86は646周、ST-5クラスのロードスターは631周を走っており、180Lの超高圧水素ガスを使用しても航続距離はガソリンの半分ということになる。
ラップタイムでは、「カローラH2コンセプト」のベストタイムは2分4秒059。比較対象の86は2分00秒961、1.5L自然吸気エンジン搭載のロードスターは2分4秒889で、「カローラH2コンセプト」はラップタイムで見ればロードスターよりわずかに速く、2.0L自然吸気エンジンの86よりは遅かったということになる。
そのため走行状態で見ると「カローラH2コンセプト」は意外と速く、将来性は十分あると考えている人はかなり多いようだ。
しかし最大の問題はやはり航続距離である。「カローラH2コンセプト」は、水素の充填回数は35回、ピットでの停車時間は12時間6分、水素充填時間も4時間5分となっている。ピットで停止していた時間は約12時間だが、そのうち4時間30分程度は電気系、センサー系のトラブルの修理のために停止していた。
注目点は、水素の充填回数35回、水素の充填時間4時間強というところだ。レース中は13周ごとに1回ピットインし、燃料補給のための水素充填時間は7~8分間を要し、通常のピットでの作業は10分間程度であった。
超高圧水素の取り扱いは法規的に厳しく、通常のピットでは水素充填は不可であり、そのため今回はパドック内周辺に影響がない場所に水素充填機が2台設置されていた。そのため燃料補給のためには通常のピットから水素充填機まで移動。そして1台目でまず高圧ガス取り扱い資格者が水素ガスを充填する。ただ、車両側の水素タンクと充填機側の水素ガスの圧力が近くなってくると滿充填までに時間がかかるため、圧力差がある2台目の充填機で再度充填を行なうという2段構えとなっている。
その水素ガスの充填機は850~800気圧で、車両側のタンクよりさらに一段と超高圧にまで圧縮して車両に充填している。
水素補充のルーティーンは、走行27分/13周で1回の充填が必要。約55kmの走行距離で170L程度の水素ガスを消費していることになり、燃費は0.3km/Lというレベルだ。ガソリンの場合、自然吸気2.0Lエンジンでは走行時間は約50分で燃費は2.0~3.0km/Lというレベル。
水素のエネルギー化
したがって、水素内燃エンジンの場合は、やはり航続距離が短い、つまり体積あたりの仕事量が小さいということが最大の課題ということができる。
実は水素には燃料電池スタックによる発電でモーターを駆動するFCVと、内燃エンジンとして水素を燃焼させて動力を得る手段、そして水素とCO2を反応させた合成液体燃料(e-fuel)を燃料とするという3種類の使い方がある。
水素を乗用車に使用する場合、水素を直接エンジンで燃焼させるより、航続距離や出力ではFCV、合成燃料の方が圧倒的に有利と考えられている。ただし、FCVに水素を使用する場合、燃料電池(発電)スタックでは超高純度の水素でなければ発電が十分に得られない。さらに、FCVに使用する水素は800気圧以上という超高圧に圧縮する必要があり、そのため大量の電気エネルギーを使用する。そのうえ超高純度の水素を製造するためにきわめて高コストになっているのが実情だ。
そのため、従来からの内燃エンジンが活用でき、同時に水素の有効活用をするために水素とCO2を反応させて製造する「eフュエル」にも着目されているというわけだ。
再生可能エネルギーで発電した余剰電力で電気分解して製造した水素と、濃縮回収したCO2やバイオガス中のCO2を原料として合成・製造したカーボンニュートラルな燃料が「eフュエル」と呼ばれている。
現在、余剰電力を利用して電気分解により製造した水素や、その水素とCO2を合成しメタンなどの気体燃料として貯蔵、利用する方法、あるいは水素とCO2を合成してガソリンや軽油並みの炭化水素液体燃料やメタノールなどの液体燃料を作り出す方法が検討されている。
いずれも、現状では試作プラントレベルのため高コストであるが、水素単独ではなくCO2と合成した気体燃料、または液体燃料として低コスト化が実現すれば世界は新たなエネルギー源を得ることができると期待されている。
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今後解決すべき短所、伸ばすべき長所の精査をして市販車への可能性を見極める為にもレースを継続して欲しい。