この記事をまとめると
■カーボンニュートラル実現に向けた最先端の自動車工場を日産が公開した
「手放し運転」に「車外からのリモート駐車」! 無敵にみえる日産アリアの「あえてのバツ」と素直に「凄いところ」
■ITやAIなども積極的に利用した最新技術が豊富な生産ラインを構築
■世界初となる技術も工場内や生産ラインに多く取り入れられている
人にも環境にも優しい最先端技術が集結したハイテク工場を見よ!
言うまでもなく自動車業界は大変革を求められています。そのキーワードとなるのは気候変動対策としてのカーボンニュートラルで、2050年までにCO2排出量を実質ゼロにすることは日本政府の目標ともなっています。
これは電気自動車などゼロエミッション車を作ればいいのではなく、生産から廃棄までライフサイクルで考えて、CO2排出量を削減することが求められるという話です。そのため生産工場もドラスティックに変化・進化しなくてはなりません。
また世界的に少子高齢化は進んでいます。フォードTの時代から続く、ベルトコンベアの周りに人員を豊富に配置した労働集約型の生産工程は持続可能なシステムではないといえます。
雇用確保と環境対応という2つの大きなテーマを解決することが、次世代の自動車生産工場には求められるのです。
果たして、それはどのような姿になるのでしょうか。
日産が栃木工場に新設した「ニッサン・インテリジェント・ファクトリー」を見学することで、そうした未来を感じることができました。この工場は新型電気自動車「アリア」を生産するファクトリーという意味でも注目です。
さて、カーボンニュートラルについては、大きく2つのアプローチがあります。
ひとつは消費エネルギーを減らすこと。ふたつ目が使用するエネルギー源を再生可能エネルギーや代替燃料へシフトすることです。
そのポイントは電化にあります。メインとなる再生可能エネルギーは結局、電気に変換されるからです。
現在は、金属の鋳造工程において天然ガスなどを用いて熱融解していますが、それを遠赤ヒーターに変える試みがなされています。また、工具類もエアツールが主流ですが、電動タイプへ変えていく方針ということです。
カーボンニュートラルの代替燃料(主に植物由来のエタノールを想定)についても燃やすのではなく、燃料電池ユニットを使って電気として利用することを日産は考えています。じつはエタノールを使った燃料電池というのはクルマを走らせる技術として開発していた経験がありますから、定置型で運用するというのは積み重ねてきたノウハウが使えるというアドバンテージが日産にはあるのです。
ニッサン・インテリジェント・ファクトリーは、まだ外部グリットからの電力供給を受けていますし、天然ガスなどの燃料も使っていますが、その工程において電化が進んでいることは、ごく一部を見学しただけでも感じることができました。とにかく、エアツールに独特のシューというエアを抜く音が聞こえてこないのです。
もう1つ、少子高齢化社会における雇用問題については、自動化を進めることで高度な習熟を必要としない生産工程とすることを基本としつつ、習熟が必要な部分についてはMR(ミックスドリアリティ)技術を活用したトレーニングの採用を進めています。
自動化の一例として、サスペンションの自動締め付け&アライメント調整、コクピットモジュール(インパネなど)の自動組付けなどが挙げられます。非常に微妙な力加減が必要なヘッドライニングの組付けも自動化しているのは日本初です。
これらの作業はそもそも作業者に負担が大きく、自動化することで労働環境の改善も期待できるというのは、雇用確保の点からも重要なポイントです。新設されたラインは機械油の臭いもほとんどなく、非常にクリーンな環境となっていたことも見逃せません。
そのほか塗装の仕上がりを自動的に確認して、作業者の腕についたスマートフォンに問題のある箇所を知らせるシステムは、これまで作業者の集中力に頼っていた部分の一部を機械化することで、労働負担を軽減すると同時に、品質向上にもつながっています。
トレーニング面でのMRテクノロジーの採用においてはマイクロソフトのHoloLens 2を利用したものです。たとえば品質チェックのトレーニングにおいては、駆動ユニットを目前にすると、どの部分をチェックすればいいのか仮想空間的に表示した矢印やテキストによって指示があり、その通りに学んでいくというもの。ペーパーのテキストや指示書に比べると格段にわかりやすく、実際に習熟期間は従来の半分(10日が5日になったイメージ)になるといいます。
こうした習熟期間の短縮は、パンデミックなど予期せぬ事態において人員配置を変えるなど柔軟な対応がしやすくなるというメリットもあるというのは、コロナ禍だからこそ重要度を増して感じます。
カーボンニュートラルのカギはシステムの「自動化」だ
さて、ニッサン・インテリジェント・ファクトリーにおける自動化の象徴といえる新しいシステムがパワートレイン一括搭載システム、愛称「SUMO(Simultaneous Underfloor Mounting Operation)」です。SUMOはスモーと読むそうですが、その現場に行くとまさに相撲取りを思わせる巨大な機械が並んでいます。
このシステムでは、パワートレインをフロント・センター・リヤの3ピースにわけたパレットにセットして、各車共通のベースに載せます。フックによって吊り下げられたボディに対して±0.05mmの精度でベース位置を合わせて、一気にロボットがボルトを締めていくというものです。つまり無人でパワートレインが車両に組付けられるのです。
注目したいのは、SUMOのパレットは3ピースとなっていて、それぞれのピースに載せるユニットを変えることで27通りの組み合わせが可能になっているということです。
つまり、アリアのような電気自動車だけでなく、ガソリン車・シリーズハイブリッド(e-POWER)車のいずれにも対応できるわけです。
このことから、ニッサン・インテリジェント・ファクトリーは電気自動車専用ではなく、エンジン車の生産も前提とした新工場ということがわかります。
なお、SUMOはホイールベースの長短には対応できますが、取り付けポイントが斜めになっているのはNGという設計要件があるそうで、その設計に準じた車両でなければ、このラインでは作ることができないといいます。次世代の日産車は、すべてSUMO対応のプラットフォームとなることでしょう。
今回は取材用にラインをトライアル的に動かしていたため、実際の生産ペースというのは感じることができなかったのですが、ニッサン・インテリジェント・ファクトリーはかなりのペースで電気自動車アリアを生み出すことができると感じるに十分な工場となっていました。
10年前に日産初の量産電気自動車「リーフ」の生産ラインを取材したときには、ガソリン車よりも時間のかかる工程があって、混流生産に苦労していた様子もありましたが、ニッサン・インテリジェント・ファクトリーでは、そうした電気自動車だから特別な工程を要するという雰囲気はありませんでした。
また、栃木工場ではモーター生産もしています。アリアのモーターは、永久磁石を使わない巻線界磁型モーターとなっていますが、その肝となる8極ローターに電線を巻いている工程が今回、公開されました。
ノズル式巻線装置を使って、完全自動で1.2mm径の銅線を巻いていくのですが、8極分を巻き上げるのに要する時間はわずか20分。しかも、ひとつの機械で8個のモーターを同時に巻き上げることができます。さらに、この機械が3機ありました。前後の行程も同じピッチタイムで動くようになっているでしょうから、20分で24個のモーターを作ることができるというわけです。つまり1個のモーターを作るタクトタイムは約50秒です。
アリアの場合は、FWDでは1個のモーター、AWDでは2個のモーターを使うので、モーターの生産ペースが、そのまま車両の生産ペースになるとはいえませんが、FWDとAWDが1:1の比率になると仮定して、車両のタクトタイムは75秒です。この数字はあくまで仮説に基づくものですが、量産車としては十分な生産ペースで作ることのできる電気自動車になっているといえそうです。
前述したSUMOシステムによってエンジン車やハイブリッド車との混流生産も可能というニッサン・インテリジェント・ファクトリー。はたしてアリアにつづいて、どのようなニューモデルが生まれてくるのか大いに注目です。
そうそう、この新工場では塗装工程において世界初の技術が採用されていました。それが金属ボディとバンパーなどの樹脂パーツを同時に塗装するというもので、技術的なポイントは85℃で焼付けできる塗料を新開発したこと。
そのほか余った塗料ミストを、石灰を使って回収するドライブースを採用することで使用エネルギーを25%も削減しているのも、冒頭で記した環境対応に一役買っていることは言うまでもありません。
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