◆イタリアの仕立てカルチャーが他と違う理由
超高級車の世界では、パーソナライズ・オーダーシステムを各ブランドとも充実させているのは周知の通り。ボディカラー×インテリアの選択肢はいうに及ばす、シートや内装レザーの色、これに組み合わせる加飾パネルの色や素材、質感フィニッシュまで選べたり、さらに機能や装備仕様などなど、何百万・何千万通りもの組み合わせが可能なパーソナライズ・オーダーシステムも、今や珍しくない。
組み合わせの多さ・多彩さは、選択肢の幅広さも確率論的な数値も大したもの。だがノーマル仕様車でも備わっているパーツを異なる色や素材に「上位互換」するだけのカスタマイズなら、1台の本当に欲しい車や仕様がはっきりしているオーナー予備軍には、じつは選ぶこと自体が煩わしい。服を買うのに、ファストファッション的な量販店で陳列棚の物量に気圧されては種類の多さに絶望するのにも似て、自分の好みや似合う色が分かっている人ほど、じつは既製服よりテーラーメイドで誂えた方が、ずっと望ましい結果を易々と得られるものだ。
レッド内装が映える! 特別仕様の『グレカーレGT』は「マセラティの入り口に」
マセラティが提供するパーソナライズ・オーダーシステム「フォーリセリエ(FUORI SERIE)」とは、まさしくイタリア語で「アウト・オブ・シリーズ」のこと。セリエもしくはシリーズとは、ここでは現行の量産モデルを指す。つまりテーラーメイドのスーツやローブなどと同様、最初から量産の埒外で、唯一無二の生産車を仕立てることが目的なのだ。
◆珍しいオーダープログラム車両のサンプル
今回、このフォーリセリエのプログラムで誂えられた個体が、神戸のマセラティ・ディーラーにあると聞いて取材に赴いた。元々はフォーリセリエのサンプル車両として製作された一台だという。車種は『レヴァンテGT』で、ボディカラーは「アッズーロ・アストロ・マッテ」という艶消しのブルー、そして内装は「モンドリアン・ブルー」をメインにあしらった濃いチャコールグレーとのツートンで、フルナチュラルレザーだ。
「納期までの期間は生産工場のスケジュール次第ですが、車種によって多少の差はありえます。このレヴァンテについては、オーダーの時期が時期でしたので、納期に2年ほどかかりました。現在はフォーリセリエのオーダーについては、納期は8か月ほど頂戴しております」
と、マセラティ神戸の先川敦店長は述べる。マセラティのSUVは今年半ばから『グレカーレ』に一本化されレヴァンテは受注停止されたところだが、元々それ以前から入れていたオーダーがようやく生産に移され、このタイミングで日本に上陸したというのだ。平たくいえばコロナ禍や半導体のサプライチェーンなどの問題が落ち着くのを待って、工場の生産ラインにのせられるタイミングが、最終ロット近くにずれ込んでしまった、ということだろう。
概して自動車の組立工場というのは、どれだけトレーサビリティが確立され生産管理のインテリジェント化が進んでも、塗装ブースの関係で同じ色ばかり数百~数千台単位で作っている方が、効率的な状態にある。逆にいえばフォーリセリエのように、自動車メーカーにとって特色扱いの受注から、完成時の組立品質として品質管理の視点からハジかざるを得ないような不出来な1台を出すことは、そのために数百~数千台をまた遅らせることになるので、作る側にとってはなはだ非効率といえる。
だから、ではないだろうが、パーソナライズ・プログラムで組立品質の悪い個体に、個人的にはお目にかかったことが無い。いつも以上に丁寧に組み立てられているとは、品質の一定を期す自動車メーカーの側は絶対にいわないが、そうであることが多い、という意味だ。ハイエンドな車は元より生産台数も少なく、しばしば製造ラインの流れる速度もゆっくり目に組み立てられるものだし、最初から生産ラインで作っていない例すらある。その辺りが単なる「既製の量産品」との違いだ。よって、ただ自分らしく自分の好みで仕上がる以外に、パーソナライズ・オーダーという「非インダストリアルな」「工房めいた経路」を通す長所は、クオリティ面にも見出せるのだ。
◆ブルーはブルーでも定番には醸し出せない独特のこだわり
実際、レヴァンテ自体がまだ古さを感じさせないこともあるが、フォーリセリエの特別カラーをまとったこの元サンプル車両は、マット外装の独特の控え目さとシックなブルーの佇まいもあって、すでにクラシックの風格さえ漂わせている。それでいてブルージーンズのような、くだけた雰囲気すらある。ご存知のように、「ブルー・グラデーション」はイタリアでは定番コーディネイトで、適度にスポーティ・カジュアルでありながら、アイテムや昼夜を問わず装いをキチンとまとめやすく、好んで着こなしに用いられる組み合わせでもある。車がそうした一台であれば、逆に乗り手は服を選ばず、至極合わせやすい。
ボディカラー以外の部分にも具体的に、目を配ってみよう。21インチホイールの向こうに見えるブレーキキャリパーには、キャストの梨地仕立てにライトブルー・メタリックの塗装が施されている。ドアを開くとモンドリアン・ブルーの、均一に飽和したようなニュアンスの青いインテリアが広がる。インテリアのトリムはボディのマット仕上げとは逆に、ハイグロスのカーボンファイバーで、V字のステッチが施されたシート座面やシートバックと対をなす。
この内装の青はもちろん、20世紀初頭の現代画家で3原色を抽象画で実践したピート・モンドリアンにちなんでいて、前席のシートバックまできっちり、このブルーのナチュラルレザーで張り込まれている。ドアパネルやダッシュボードの青いステッチと相まって、さりげなくスキなく、青色に囲まれるという趣向だ。
いわばブルー・グラデーションというシンプルなストラテジーに沿いつつも、外から内に向かってブルーの彩度やトーン、素材の硬軟や艶の上でも、徐々に青が肌馴染みよく乗る人たちを包み込むという、じつは高度な仕上がりの1台といえる。発色やトーンの独特さに加えて、ヘッドレストに浮かび上がるトリデンテのエンボスの効果も、控えめで美しい。
◆際限なく広がるフォーリセリエの世界
いざオーダーを入れる前に、コンフィギュレーターの画面上で、車の細かな仕様や気に入った色を、あれこれ当てはめながら選べる点は、ノーマルつまり“セリエ仕様”とて同じ。パーソナライズ・プログラムがなかなか浸透しない、もしくは理解されないのは、標準的なカラーパレットで顧客が満足しているか、あるいはそれ以上の効果を求めようとしないからでもある。画面の中というバーチャル空間だけで仕上がりをイメージしても限界があるからこそ、マセラティ神戸の店舗内の一隅にはとくに、フォーリセリエに充てられたコーナーがある。
ここで分厚い冊子のようなボックスを開くと、フォーリセリエの仕上がりや素材のサンプル、カラーニュアンスなどが、それこそ際限なく揃えられている。大まかに「コルセ」という伝統的なレーシング&アスリートなスポーティ仕立てと、「フトゥーロ」というモードかつエレガンス志向という、ふたつの異なる系統にメインテーマは大別される。
それぞれのメインテーマに沿って、絵具のパレットのように用意されるアイテムやニュアンスは、ボディカラーから内装、レザーもしくは起毛素材アルカンターラの色、ステッチのパターンあれこれに、どのステッチ色を組み合わせるかなど、多岐にわたる。あれこれ迷って選ぶこと、出来上がりを待つこと自体に楽しさ、体験価値があるのだ。
ただ地色を選んだり、アクセントをつけられるだけでなく、モケットやフロアカーペット、ウッドやカーボン、アルミのパネルといった、素材の質感やフィニッシュまで、同系で馴染ませるか際立たせるかといった判断以外にも、やろうと思えばストライプやドットといった柄を入れることすら可能だ。
あえて最大公約数を狙わなくてもいいレパートリーとして用意されている分、変わったニュアンスの実現例を多々見つけられるのは、ごくごく自然なことでもある。しかし、中にはそれ以上の何かを求めてくる顧客もゼロではないという。
◆下取りを意識した白黒銀は本当に王道のチョイスなのか?
「フォーリエセリエですと俄然、コーディネイトとして選べる色や仕上げが沢山、用意されているのですが、マセラティの場合、そこに無い色や仕上げも、時間も料金もまた別にかかるものの、意外なほどあっさりと受け付けてくれるんですよ。裏メニューがつねに開かれているような状態といいますか」
実際にあった要望として、サンプルにない赤をどうしてもボディカラーに使いたいとか、女性が好む有名メゾン・ブランドのテーマカラーでブレーキキャリパーを仕上げて欲しい、そんなオーダーを引き受けたこともあったとか。そうした場合は、要望や仕様を本社に伝えた後、仕上がりサンプルを取り寄せるなどして、オーダー主のOKが出た段階で生産に移るため、通常よりもさらに時間がかかるそうだ。
こうしたサンプルのない特殊オーダーは、やはり人間同士のやり取りというか担当者から担当者へ吸い上げられて実現された上で手元に届けられるものなので、販売店選びも大切になる。マセラティ神戸は、イタリア本国のヒストリック・イベントにも積極的に視察や参加を重ね、スタッフがマセラティの何たるか、旧いモデルの色やトーン、イタリア的な背景も熟知している。そうしたスタッフと二人三脚を組むことが必要なのだ。
他方、一般市場では全世界的に、分かりやすく白・黒・銀のボディカラーが無難で、数年後の残存価値も毀損しづらいと考える人々が多数派を占めている。あまつさえ残価設定ローンで十分という人も増えている。ヒストリックカーの世界では逆に、現役当時では不人気だったであろう内外装の色の組み合わせが、希少さや珍しさで人気を得ることがある。マセラティのようなヒストリック残存率の少なくないブランドの車であれば、むしろ無難な色に仕立て上げる方が勿体ない、という見方もできる。
この辺りは、車を工業製品として、コストと需要のせめぎ合いで一方的にオファーされたもので互いに着地できれば十分と見るか、あるいは顧客が満足したかどうかにひたすら腐心するメゾン的なカルチャーとの、違いといえる。当然マセラティは後者の側で、だからこそ膨大なサンプルの選択肢にないものを作り出すことを厭わない訳だ。
今後、マセラティのSUVでパーソナライズを楽しむならグレカーレが対象となるが、今回のレヴァンテGTは2リットル直4エンジンにeブースターつまり電気式ターボと48V BSG(ベルトスタータージェネレーター)を組み合わせたMHEV。気になる価格は車両本体が1318万円のところに、フォーリセリエを含む装備オプション一式で668万円。つまり総計1986万円というベースからほぼ1.5倍の価格となっている。
この「お仕立て代」は、世の大多数の目には決して安く見えないはずだが、自身の趣味嗜好やテイストと合致する人には、お値打ち以上の価値がある。他人には価値の推し量れないものだからこそ、仕立てる意義があるともいえる。いずれ自分の好みに100%マッチした車に乗っている時間は、数分でも数年でも数十年でも、妥協した何かではどうしても贖えないもの。「プライスレス」とはそういうことなのだ。
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