1月初旬に開催された東京オートサロン2023では、トヨタの往年の名車「AE86」を改造したバッテリーEV車に加えて、水素エンジン車のコンセプトモデルが登場、大きな注目を集めた。
さらに驚いたのが、その水素エンジン車がわずか3か月で作り上げられたということ。そう聞くと、「水素エンジンもすぐできるじゃん!」と考えてしまいそうだが、はたしてどうなのだろう。水素エンジンを仕立てるための主要な変更点と残された課題について紹介しよう。
ハチロク水素仕様で話題沸騰! 水素エンジンってチャチャッと実用化できるの?
文:Mr.ソラン/エムスリープロダクション、写真:トヨタ、ベストカーWeb編集部
■CO2を発生しないカーボンニュートラルな水素エンジン
水素エンジンは、ガソリンエンジンおよびディーゼルエンジンと基本的には同じ構造となる、燃料を水素とする内燃機関だ。最大の違いは、燃焼によって排出される気体(液体)。通常のエンジンで使うガソリンと軽油は、炭素水素化合物(CnHm)の混合燃料なので、エンジンのシリンダー内で燃焼すると、必ずCO2と水が発生するが、水素(H2)の燃焼では、原理的には水しか発生しないことから、カーボンニュートラルなエンジンとして注目されている。
加えて、水素エンジンは、従来のエンジンを容易に流用することが可能であり、まったく別のパワートレインとなるバッテリーEVと比べて、これまで培ってきた内燃機関に関する技術を活かすことが可能。AE86水素エンジン車のエンジン本体が、オリジナルの4A-GEUの原型を保っていたことからも、水素燃焼に対応するコンバートは(難しい課題がいくつかあるものの)比較的容易にできることがうかがえる。また、バッテリーEVと違い、トータルでのCO2排出も抑えられることから、トヨタは、この水素エンジンの開発に、注力しているのだ。
水素は、ガソリンや軽油と比べて、大きく異なる3つの特性がある。エネルギー密度が低いこと、燃焼速度が非常に速いこと、そして鉄系金属を攻撃する水素脆化性があることだ。水素エンジン実現に向けた、これらの特性への対応と残る課題について、以下でひとつずつ紹介しよう。
■課題その1:不可欠となる高圧水素タンクが高額
気体で密度の低い水素は、高圧水素タンクで圧縮して搭載。AE86水素コンセプト車は、燃料電池車MIRAIの高圧水素タンク2本を後部荷室エリアに搭載
水素は、燃焼の際に、質量当たりガソリンの約3倍の発熱量を発生する。しかしエネルギー密度は、ガソリンの約0.74に対して水素は0.07と、ガソリンの1/10程度しかなく、ガソリンと同じ容積の水素では、1/4程度の航続距離しか走れない。逆にいえば、ガソリンと同じ航続距離を得ようとすると、ガソリンの4倍近い容積の水素を搭載する必要がある。
そのため水素エンジン車では、水素を圧縮して密度を上げる、FCV(燃料電池車)で使っているような高圧水素タンクの搭載が不可欠となる。現在、FCV「MIRAI」で70MPaの高圧水素タンクの技術は実用化されているので、これを流用することはできるが、CFRP(カーボンファイバー強化樹脂)製の高圧タンクは、高度な製造技術が必要であり、水素エンジン車のコストを上げる大きな要因となっています。
■課題その2:異常燃焼抑制のためのリーン化で性能が低下してしまう
鈴鹿S耐で走行中のカローラスポーツの水素エンジン車。プレイグを抑えるために水素混合気をリーン化(薄く)して、出力は抑え気味に設定
水素の燃焼速度は、ガソリンの6~8倍程度と非常に速い特性を持っている。燃焼速度が速すぎると、燃焼ガスの温度が急激に上昇し、高温になりやすい点火プラグや排気バルブを熱源として、点火プラグの火花が飛ぶ前に熱面着火を起こす。この現象は、「プレイグ」と呼ばれる異常燃焼で、燃焼(出力)を制御できなくなり、最悪の場合は過昇温したプラグや排気バルブが溶損して、エンジンが破損してしまうこともある。
これを防ぐため、現在は、可燃範囲が広い水素の特性を利用し、リーン化(水素濃度を低下)することで、燃焼速度と燃焼温度を低減する手法が採用されているが、水素混合気をリーンにすると出力は低下するので、本来の水素エンジンのポテンシャルは発揮できないことになる。水素エンジン車実現に向けては、プレイグの発生をいかに抑えるかが長年の課題であり、水素エンジンの性能を左右する重要なテーマとなっている。
■課題その3:水素脆化性に対応した材料や加工法が必要
AE86に搭載された水素エンジン。見た目は大きく変わらないが、インジェクタ、デリバリーパイプ、点火プラグなどを水素仕様に変更
水素は、ほとんどの材料を透過する性質があり、長時間経つと材料を脆くする「水素脆化性」を持っている。特に鉄系材料は使えないので、水素と接触する噴射系部品には、水素脆化性に強いステンレス系が採用されている。また、プレイグの熱源になりやすい点火プラグについては、熱価を上げたり、形状の最適化が必要だ。
さらに気体の水素は、液体燃料のガソリンや軽油と比べて潤滑性が劣るので、インジェクタの先端のバルブやライナーの摺動面には、メッキ加工を施すなど特殊な材料や加工技術が必要となる。これらも水素エンジンのコストアップの要因となってしまっている。
現状、水素エンジン車は、課題であるプレイグなどの異常燃焼を、制御などによって強引に抑え込んでいる状況で、まだそのポテンシャルを十分発揮しているとはいえない。今後の燃焼制御技術の進化に期待したいが、一向に進まない水素インフラの整備(政府によるバックアップが必要)なども考えると、一般的な普及には、まだ時間がかかりそうだ。
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みんなのコメント
実際TV番組で走行シーンが出ていたし、番組の中での一番の課題は水素タンク。
開発チーフが職工さんに何とかRX8のトランクルームに入れてくれとお願いしていた。
まあ、機密情報も有りエンジンのことには触れなかったのかもしれないが。
資本提携しているのだから、トヨタからロータリーどう?って働きかけられないだろうか?