2019年シーズンから新たにレッドブルとタッグを組んで、実に11年ぶりの表彰台に上がることができたホンダのF1マシン。
今季ここまで5戦を終え、開幕戦に続いてスペインGPでも3位に入り、現在、伝統のモナコGPを迎えている。
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F1ファンならずとも、日本人にとっては嬉しいニュースだが、F1には莫大なカネがかかる。トップチームを維持するとなると、年間の必要経費は500億とも600億円とも言われ、パワーユニットを供給するホンダの負担も決して軽くない。
莫大はカネを投入し、ホンダはそこから何を得ようとしているのか。そして、実際に何を得ているのか。
コラムニストのフェルディナント・ヤマグチ氏が、実際にF1の現場に赴き、その真意をホンダのキーマンに直接聞いた。
〈ホンダ F1 復帰後のコンストラクターズランキング〉
■2015年:9位(27点=決勝最高位:5位)/■2016年:6位(76点=決勝最高位:5位)/■2017年:9位(30点=決勝最高位:6位)/■2018年:9位(30点=決勝最高位:4位)
※2015-2017年はマクラーレンに、2018年はトロロッソにPUを供給
文:フェルディナント・ヤマグチ
写真:HONDA、Red Bull Content Pool
ホンダがF1にこだわる理由は意外とシンプル?
2019年のF1開幕戦、オーストラリアGPで3位表彰台を獲得したレッドブル・ホンダ。直近のスペインGPでの3位と合わせて、第5戦終了時点で計2回表彰台に立っている
今回、お話を伺うのは、ホンダの執行役員ブランド・コミュニケーション本部長森山克英さん。スペインはバルセロナ。カタルーニャ・サーキットのホンダ・ホスピタリティトレーラーの応接室で、今季2度目の表彰台となったレース直後に突撃インタビューを敢行した。
フェルディナンドヤマグチ氏(以下、フェル):お忙しいところ失礼いたします。今日はおめでとうございます。
森山克英氏(以下、森山):ありがとうございます。今日はホンダのパワーユニット(PU)を搭載したクルマが3台入賞したので非常に有意義なレースでした。
フェル:おめでたい雰囲気に水を差すような質問で恐縮なのですが、ホンダはなぜF1にこだわるのでしょうか。販売促進に直結するとも思えませんし、その割には大変なおカネがかかる。どうしてホンダはレースに、特にF1に熱心なのでしょう。
森山:答えはシンプルです。F1が世界最高峰のレースだからです。そこには国籍も、会社の規模も関係ありません。ピュアに技術力だけで勝負ができる。レースは単純に速いものが勝つ。メーカーの実力を世界に知らしめるには、間違いなくレースが一番と我々は考えているからです。
フェル:F1は世界最高峰のレースだから。なるほど。
森山:もうひとつの理由は、今のF1の動力源がハイブリッドであることです。エンジンとモーターの力を組み合わせたハイブリッドは、どうしても燃費ばかりがクローズアップされて、「走り」は二の次、三の次、といった残念なイメージが世間には残っています。
世界最高峰のF1で、ハイブリッドは「走り」においても超一流であるということを証明する、そしてそれを世の中にアピールしていく、という狙いもあります。
フェル:すると、ホンダがF1に4回目の挑戦を決めたのは……。
森山:はい。お察しのとおり、パワーユニットの規定がハイブリッドになったから、というのが肩を押した部分もあります。ハイブリッドという規定が、我々の参戦を決めた大きな理由のひとつです。
フェル:現在のホンダは、国内では残念ながら「ワンボックスの会社」あるいは「軽動車の会社」といったイメージが先行しています。第二期の古いF1の時代を知らない若いユーザーであれば尚更です。
F1をやることによって、そうした方々の意識改革を図ることも狙いのひとつなのでしょうか。
森山:「意識改革」というほど大それたことは考えていませんね(笑)。ですが、ホンダはチャレンジする企業である、もがいてもがいても決して諦めない。挑戦し続ける会社である、ということをご理解いただけるのではないかと思っています。
そう、「ホンダは挑戦の会社」なんです。F1もそう、(二輪の)モトGPもそう。日本で、世界で、頂点に挑戦し続ける会社なんだ、ということを、レース活動を通してご理解いただけると嬉しいです。
「F1で何勝したってカブが売れるわけじゃない」
今や日本一のヒット車となった軽自動車のN-BOX。「軽自動車のホンダ」、「ミニバンのホンダ」というイメージが定着しつつあるが、それと無関係に見えるF1参戦の意義とは?
フェル:では、現在のレース活動は、実際の販売につながっているのですか? F1で表彰台に立ったから、ホンダのクルマに決めました、というお客さんは実際にいるのですか。
森山:うーん。その効果測定は非常に難しいですね(苦笑)。もちろん、なかにはF1のファンでホンダのクルマを買ってくださる方もお客様もいらっしゃいます。
しかし、それは購買理由の中のほんのひとつでしかありません。ご家庭における自動車の購買決定権は、奥様が握っているというケースがほとんどですし。
フェル:購買決定権は奥様が握っている。なるほど……。
森山:いまフェルさんは、ホンダのことを「ワンボックスの会社」、「軽自動車の会社」と表現された。そして、それを「残念ながら」とも仰った。もしかしたらフェルさんだけでなく、多くの方もそう思っているのかも知れません。
でもこれ、我々としては少しも残念だなんて思っていません。N-BOXが圧倒的に売れているのは、それが世の中に求められているからです。ホンダは世の中を少しでも便利にするために、少しでも暮らしやすくするために存在する会社です。
軽自動車をたくさんの方にご評価いただいて、たくさんの方に買っていただく。素晴らしいじゃないですか。
フェル:すると、ワンボックスだ、軽だと言われるのは……
森山:少しも残念なんかじゃありません。これがホンダのあるべき姿です。だってホンダが一番始めにF1に挑戦した頃は、スーパーカブをコツコツ売ったお金でやっていたんですよ。
F1とカブなんて、何の関係も無いじゃないですか(笑)。何勝したって、それでカブが売れるという話じゃないじゃないですか。
フェル:確かに。仰るとおりです。いや、これは面白い。
森山:もちろん、F1で勝って、それでホンダのクルマが売れてくれれば、こんなにうれしいことはありません。ですが我々はもっと長期的な目で見ています。
「挑戦する会社」であると同時に、「世の中の役に立つ会社」でもあるということをご理解いただきたいです。
「F1なんてやめちまえ」という人がいることがホンダらしさ
セナとプロストの手によって、黄金時代を築いたマクラーレン・ホンダ。1988年には16戦15勝という記録を達成したが、それでも「やめちまえ」という声はあったという(写真は1989年日本GP)
フェル:ホンダの役員陣は、全員揃ってF1の参戦に賛成なんですか。とてもおカネのかかることですよね。
みんながみんな、万歳三唱でF1をやっているのですか。「そんなにカネがかかるならやめちまえ。代わりにCMでも打ったらどうだ」、という人はいないのですか。
森山:F1に反対の人はもちろんいます。あんなのやめちまえ、という人もいます。
フェル:残念ながら、一枚岩ではないと。
森山:そこも「残念」ではないんですね(笑)。ホンダは多様性を何よりも重んじる会社です。反対意見があるのは良いことです。そこで議論して議論して、ようやく実現していくんです。みんな揃って万歳三唱なんて、その方がヘンですよ。
フェル:ほー、意外ですね。ホンダの社内でF1の反対意見なんて唱えたら、それこそ非国民扱いされるのかと思っていました(笑)。
森山:とんでもない。そんなことは絶対にないし許されない。ホンダは昔からそうなんです。あれだけ勝っていたセナ・プロの時代にだって、「レースなんてムダだ。やめちまえ」と大声で言う人はいたんです。
それでその人がスポイルされたかというと、決してそんなことはない。むしろ偉くなっているくらいです。
フェル:だ、誰ですかその人は。
森山:個人名は差し控えさえて頂きます(笑)。
フェル:最後にひとつ教えて下さい。「ホンダはなぜF1をやるのか」という質問に、一言で答えるとしたら何と言われますか。
森山:「ホンダの技術力は世界に通用するものだ」ということを証明するためです。だからF1で頂点を極めたい。
フェル:負けてしまったら、大金を叩いた上に大恥をかくことになりませんか……。
森山:そのとおりです。F1は勝者のみが称賛されるチャンピオンスポーツです。勝てる保証はどこにもありません。だからこそ挑戦するんです。ホンダは勝つために必死で頑張っています。このことを読者のみなさんにはご理解いただきたいです。よろしくお願いします。
フェル:たいへんよく分かりました。今日はお忙しいところ、ありがとうございました。
森山:ありがとうございました。
◆ ◆ ◆
ホンダF1第一期。たしかに、ホンダは安価なスーパーカブを売ってコツコツ貯めた資金を叩き、「無謀」にもF1に参加したのだった。
翻って今のホンダはどうだろう。売上15兆円を超える巨大企業。創業者本田宗一郎氏の夢であった航空機の製造販売を実現し、二輪においては押しも押されもせぬ「世界一」の企業にまで成長した。
黄金時代の第二期と比べても、文字どおり「桁違い」に成長したホンダは、これからどのように戦い、どのように勝っていくのか。
モナコGPは今日5月26日、決勝を迎える。ルノーのエンジンを積んでいた2018年のレッドブルは、ここで優勝している。ホンダにとっては正念場の戦いとなる。
■森山克英(もりやまかつひで)/1966年生まれ、53歳。1989年に本田技研工業株式会社入社。
本田汽車(中国)有限公司 総経理、広汽本田汽車有限公司 営業副本部長兼営業部長などを歴任し、2015年に本田技研工業株式会社の四輪事業本部長 マーケティング企画室長に。
2017年より執行役員を務める
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