1954年、シボレーにとって初の2シーター・オープンスポーツカーとして登場したコルベット。このC1型と呼ばれる第一世代以降65年、7世代に渡ってコルベットは、フロントに大排気量のV8型エンジンを積み、後輪を駆動するというFR(後輪駆動)レイアウトを守り抜いてきた。ところが2019年に登場した最新型のC8型はミッドシップ・レイアウト(MR)へと変わっていた。伝統から抜けだし、新たな道を歩み始めたアメリカンスポーツの雄、コルベットが見せてくれる新たな世界が相当に気になる。
完成した価値観を変革させることの意味とは
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アメリカ東海岸の最北端にあるメイン州のポートランドに滞在したときのことだ。我々はガイドの知人宅でバーベキューをごちそうになった。名物のロブスターを始め大西洋から上がった新鮮な海産物や牛肉などが並び、大満足のディナーだった。そしてメインとして登場したのが奥さん自慢のアップルパイである。日本でよく目にするミルフィーユ状のパイ生地ではなく、小麦とバターの風味をしっかりと感じられる練った生地に、名産のリンゴをびっしりと敷き詰めて焼き上げたアップルパイは、まさにメインと呼ぶにふさわしい仕上がりだった。もちろん、現代のようなジェンダーフリーの時代ではない、遠い過去の話である。
我々がその味を絶賛すると「これこそアメリカならではの味」とご主人も胸を張った。後に「上手くアップルパイが焼ける女性こそ良き妻」であり、アメリカのキッチンには、いつもアップルパイの香りがしていることが、アメリカの日常的な風景であることを知った。さらに「As American as apple pie(アップルパイのようにアメリカ的)」という慣用句が示すように、アメリカを象徴する食べ物であることも理解できたのだ。
少々前振りが長くなったが、実はアメリカンスポーツカーを象徴するコルベットがFRレイアウトからミッドシップに変わったことは、アップルパイの座をチーズバーガーに譲るような事かもしれない。どっちも美味しくてアメリカ的であるものの、チーズバーガーがアメリカの新たな象徴となれば、これまでアップルパイによって確立していた認識や価値観は一変するわけである。
「どちらでも良いから、速ければいい」というのであれば、FRよりミッドシップが有利であることは、多くのスーパースポーツがすでに立証してくれている。一方でコルベットが7世代に渡って世界に発信してきたロングノーズ&ショートデッキのカッコ良さや、ホイールスピンでお尻を振りそうなるところを力業で押さえ込みながら加速する、まさに荒馬を乗りこなすような感覚も、FRならではの魅力として、色あせていないはずである。旧型のC7だって十分にスーパースポーツとして輝いていたことを考えれば「なぜ?」という気持ちがどうしてもある。
確かにアメ車好きのノスタルジー、アメリカンスポーツへの画一的な思い込み、と言われるかもしれない。しかし、伝統あるスポーツカーブランドほど、そうしたイメージや受け継がれたDNAを大切にしなければいけないように思う。あまりの急変は、築いてきたものをすべて壊してしまう可能性だってあるからだ。
そんなことを考えながら最新のC8型を眺めてみた。ドライバーの着座位置が先代のコルベットに比べ、400mmも前にシフトしていると言うだけあって、ノーズは相当に短くなっている。反してエンジンが搭載されたリア後半のセクションは相当にボリューミーで肉感的だ。ミッドシップならではのくさび形フォルムは、ヨーロッパのスーパースポーツと見紛うばかりの佇まいであり、魅力的に映る。それでも「これが新たなコルベットだよ」といわれてもピンとこないというのが正直なところだ。
快適にして刺激的というアメリカの伝統が生きていれば変化も許せる
いつまでもこちらの思いだけを並べ立てていても進展なし。さっそくコルベット初の右ハンドル車に乗り込んでみる。とりあえずこれで日本を含めた左側通行の国、とりわけスポーツカー好きが多いイギリスなどでも堂々と売ることが出来る。あとはアメリカを代表するスポーツカーとしての資質が受け入れられるかどうか、である。
左ハンドルを右ハンドルとしたことで、もっとも懸念されるのはペダル類のオフセットである。その位置によっては腰から下を不自然にひねらざるを得なくなる。ところがそれは杞憂に終わった。ミッドシップ化でエンジンがフロントからなくなり、スペース的な自由度が高くなったからか、ペダルのオフセットもほとんど気にならず、ステアリングもドライバーの真っ正面に来ている。戦闘機をイメージしたというコクピットで、とても自然なドライビングポジションが取れたのだ。
メーター類の視認性も問題なし。左側にあるセンターコンソールにはエアコンスイッチなどが縦一直線に並んでいるが、これにもすぐに慣れた。さらに他のスイッチ類もとても操作性がいい。最近流行のタッチパネルのオンパレードではなく、ダイヤルやプッシュ式という物理的なスイッチが、ストレスを感じさせないインターフェイスを創り上げていた。
さっそく502馬力、 最大トルク637N・mを発生する 6.2LのV型8気筒OHV16バルブエンジンに火を入れ、8速トランスミッションをドライブにセットした。これまでの経験から、コルベットのスタートはまず、そろりそろり、が鉄則。ところが走り出すとリアタイヤはガッチリと路面をつかんでいる感覚がしっかりと伝わり、そこまでナーバスになる必要がない、とすぐに分かった。こうなればアクセルをガツンと踏み込むだけ。以前ならホイールスピンも、と思われるようなトルク感でも、涼しい顔で、一直線に安定して加速して行くではないか。同時にブレーキにもゆとりが感じられ、その安心感によってアベレージは自然と高くなっていく。
そして速めのペースのまま、コーナーへと突入し、ステアリングをスパッと切る。イメージどおりにノーズが、ドライバーを中心に鋭く切れ込んでいく。この駒のように方向を変える感覚は間違いなくミッドシップのものだ。さらに車両感覚が驚くほど把握しやすいことも、コルベットの楽しさを倍増させていた。たとえば短くなったフロント部分の両側で盛り上がるフェンダーは、その稜線がはっきりと見えるため、車幅を瞬時に掴める。
またミッドシップのウイークポイント、後方視界の悪さもルームミラーに組み込まれたマルチビューシステムがクリアしてくれる。まだある。段差を乗り越えるときなどに必要となるフロントリフターも装備されているが、路面とチンスポイラーの高さも約90mm確保されているために、あまり出番がない。さすがはカーエアコンやカーオーディオやクルーズコントロールなどの快適装備を初めて採用してきたアメリカ車ならではの骨太な伝統が、最新のコルベットにも生きていた。
気が付けば夏空のもと、約16秒で開閉するハードトップ(シート成形による複合材製ルーフ)を開け、自然と笑顔になっている。ミッドシップという大変革は、おおらかにして快適なアメリカ車の伝統を守りつつ、世界をリードするほどの速さとパフォーマンスを維持するためには最良の方法だったと気が付いた。アップルパイでもチーズバーガーでも、世界を魅了する美味さがあれば、立派なアメリカ代表なのである。
エッジの効いたデザインがシャープさをより際立たせている。
くさび形の効いた前傾姿勢とリアセクションはボリューム感たっぷり。デザインはミッドシップならでは。
ルーフを開け放ったサイドのデザイン。前後のオーバーハングも短めでスポーティ。
コンバーチブルは約48km/hまでならば走行中でもルーフの開閉操作が可能。
ドライバーを囲むようなコクピットはジェット機をイメージしたデザイン。
ハンドルに装備された物理的なスイッチ類は感覚的に操作できる。メーターの視認性も自然で良好。
コンペティションバケットシートはピタリと体にフィットする。
リアに備えたカメラの映像をルームミラーに映し出すマルチビューシステムは全グレードで標準装備。
運転席と助手席をわけてコントロールできるデュアルゾーンエアコンディショナーの操作スイッチが縦に並ぶ。
右がシフトスイッチ、左が奏功メードをセレクトするダイヤル。操作性がいい。
エンジンの後方にはゴルフバックが2セットはいるという荷室を装備。
フロントにも深さのある荷物スペースを用意している。
スティングレー(エイ)をかたどったエンブレが与えられている。
ブレンボの高性能ブレーキシステムやミシュランのスポーツタイヤなどが標準装備。
(価格)
¥15,500,000(コンバーチブル)
SPECIFICATIONS
ボディサイズ全長×全幅×全高:4,630×1,940×1,220mm
車重:1,670kg
駆動方式:MR
トランスミッション:8速AT
エンジン:V型8気筒ガソリン 6,153cc
最高出力:369kw(502PS)/6,450rpm
最大トルク:637Nm(65.0kgm)/5,150rpm
問い合わせ先:GMジャパン・カスタマーセンター 0120-711-276
TEXT : 佐藤篤司(AQ編集部)
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで“いかに乗り物のある生活を楽しむか”をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。
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みんなのコメント
結婚を機にフォードエクスプローラーにしましたが、ずーっとコルベットに戻りたいと思っています。
V8はいいですね 電気自動車になる前に急がねば・・・