2023年12月20日に第三者委員会からの報告書が公開され、国内全工場出荷停止、国交省の立ち入り検査まで発展しているダイハツ認証検査不正問題。この問題が4月、5月に発覚した際は(いくつかの認証試験で不正があったものの)再検査の結果、車両の法的な安全基準はクリアしていたとのことで、「これで終わり」だと思っていた。しかし今回、提出された報告書において、新たに64車種、174件もの不正が発覚した。なかでも「実験データの改ざん」が多かった。数字に責任を持つべきエンジニアが、なぜデータの改ざんをしてしまったのか。ダイハツの実験現場では何が起きていたのだろうか。某メーカーで長く実験部に所属していた自動車ジャーナリストの吉川賢一氏に、実情を聞いた。
文:吉川賢一
アイキャッチ画像:Adobe Stock@yu_photo
写真:DAIHATSU、TOYOTA、SUBARU
「わかる…が…しかし……」ダイハツ認証検査不正問題に元メーカー実験部員が語るデータ改ざんの「現場」と「事情」
■力業で日程に押し込むことは、筆者も日々経験してきた
2023年12月20日に公表された第三者委員会による報告書によると、認証試験の不正に至った経緯は「すべて上手くいく前提のスケジュール」、「工程進捗の死守が要求される風土」、「前工程のしわ寄せをすべt最終工程に」、「試験は一発勝負で、不合格は許されない雰囲気だった」等だったという。
ダイハツの実験現場を見たわけではないが、エンジニア経験のある筆者も、彼らがどんな状況だったのか想像がつき、胸が締めつけられる思いがする。おそらく製造開発業に携わる人の多くが「うちも同じだ…」と思ったのではないだろうか。
新型車開発プロジェクトにおいて、何より重視されるのが「開発日程」だ。車両コストやパフォーマンスも当然重要なのだが、販売開始日が決められてしまうと、「そこ」は絶対に動かすことはできない。
クルマに限ったことではないだろうが、開発目標やコンセプト立案、プロトタイプカー開発(設計及び実験確認)、生産試作車確認など、開発のなかだけでもたくさんの工程があり、その後も製造、流通、広告、販売と、各部署がどのタイミングで何をやるべきかが、日割りで厳格に決められている。
クルマの場合、発売が1ヵ月延びることで、その間に法規が変わって再開発をすることになり、再び数十億の開発費がかかる、といったことも考えられる。そのため、日程は何よりも重視されるものであり、世の中の常識を捻じ曲げてでも(たとえば、サプライヤさんの偉い人に、特急で対応してもらえるようメーカーの偉い人から連絡して断れない状況をつくるなど)、力業で日程に押し込むことは、筆者も日々経験してきた。
ダイハツの売れ筋モデルのひとつ、「タント カスタムRS」。人気車種であったが、2024年1月時点で出荷(生産・販売)停止に
■「鉛筆を舐める」は、どの現場でも少なからず行われている…が…
上記のような事情があって、実験部員が実験データに手を加える…というほどではないにしろ、車両性能や安全に支障が出ない範囲で、「データを選別する」ということは、他のメーカーでも大なり小なりはやっているだろう(繰り返しになるが、今回明らかになったダイハツほど酷い不正ではないにしろ)。
たとえば、衝突試験などの実験データは、担当エンジニアがダミー人形を用いて身体や頭部にかかる加速度を測定して行われるが、生のデータはノイズだらけ。その生データを見やすくするため、担当エンジニアがトリミング(不要な波形を切り取る)したり、ノイズフィルター(評価に不要な周波数成分を取り除く)をかけるなどをして、障害値という代表値を求める。
そのうえで、実験結果には必ずばらつきがある。少なくとも5回実施して上限下限の2例を除いて平均をとる等が必要だが、それをやるかやらないかは、その時の判断にゆだねられることもある。
また、たとえば目標値が「100未満」の実験において、実験結果が99ならばOKだが、101の場合をNGとするかも、担当エンジニアのセンスに託されることがある。
今回のダイハツの事例のように、最終工程へ開発遅れのしわ寄せが継承されてきた場合、しかも実験のチャンスが一度きりの場合ならば、数パーセントの外れは「見なしOK(※目標値未達だが実験誤差を加味して±10%の範囲なのでOK)」とする判断はあり得る。
しばしば業界では、「鉛筆をなめる(帳尻を合わす)」と表現するが、そうした判断をして無難に次工程へ流す選択は、恥ずかしながら筆者も経験がある(もちろん直接安全に関わる数値ではなく、かつ法律上許される範囲内ではあるが)。どの開発現場でも少なからず行われていることではないだろうか(※もちろん、今回の認証検査不正問題は、そうして出てきた「実験データ」を、認証検査にかけるため検査用紙へ書き写す際「意図的に異なる数字を転記した」というケースが多々あり、それはさすがに一線を大きく超えているとは思う。転記の際にこれをやられると、あらゆる実験数値の信頼性が崩れることになる。そのいっぽうで、報告書によると、たとえば記載担当者が上司に「数字が合いませんでした」と相談した際に「で?」などと返されたりすると、担当者は自力でとりようもない責任をとらされることになる。問題の根本は無理なスケジュールに「無理だ」と言えない体制そのもにある、とは、報告書にあるとおりだ。こんな「チキンレース」はどんな会社であれ抜本的に直さなくてはならない)。
ダイハツ「ロッキー」のOEM供給車である、トヨタ「ライズ」も、今回の不正が発覚したクルマだ
■今回明らかになった「悪質な不正」は
今回発覚した不正のなかには、「サイドインパクト試験において、エアバッグ作動を手動でしていた」という、自動車エンジニアならば絶対にやってはいけない不正事例もあった。
やむにやまれず行ったことであっても、乗員の命を守る装備であるエアバッグ作動タイミングを操作することは、自動車開発のエンジニアとして、絶対にあってはならないことだ。
「やむをえない」という判断で「数字をゆがめるタガ」がずるずると緩んでいくなかで、麻痺の程度が取り返しのつかない範囲まで広まっていってしまっていたのかもしれないが、担当エンジニアはもとより、担当部課長、以下すべての関係者が大いに反省すべきことだ。
だれも不正がしたくてエンジニアになっているわけではない。よりよい設計をしたいという志は、エンジニアならば誰もが持ち合わせていることだ。トヨタ傘下のダイハツのエンジニアともなれば、個々のエンジニアのモチベーションに加えて、業界のトップエンジニアになるための英才教育もされているはず。
実験結果を見て「こうすればもっとよくなる」を提案し、設計変更及び実験のサイクルを回して課題解決することができるのならば、エンジニア冥利に尽きる。
また顧客としても、スケジュール優先で性能ほどほどの商品よりも、多少伸びてでもきちんとしたクルマが欲しい、と思う人のほうが多いはずだ。いったい誰に向けてクルマをつくっていたのか、このあたりは今後しっかりと改革してほしいところだと考える。
豊田章男会長も以前の会見で、「皆が守っていかなければならないモデルチェンジの時期(日程)が、現場においてプレッシャーになっていたことも充分考えられると思います」としていた。2023年4月に最初に不正が発覚した際は、担当エンジニアによる告発がきっかけだった。担当エンジニアの口から暴露されて表ざたとなったことは、まだ救いといえるだろう。今回の一件で、ダイハツがどのように変わっていくのか、また他メーカーの「現場」でも、これが「他山の石」とできるかどうか、かつての自分を苦く思い出しながら、見守っていきたい。
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